【約55年前】銀座キャバレーのネオン看板や街頭紙芝居の様子などを捉えた映像が面白い

2016/3/11 17:30 服部淳 服部淳


どうも服部です。昭和の動画を紐解いていくシリーズ、今回は「travelfilmarchive」という、過去の海外紹介番組を扱っているYouTubeチャンネルから、昭和30年代の日本を映したカラー映像を取り上げます。


「PANAM(パンアメリカン航空=通称パンナム)」が提供する映像のようです。ご存じない方に説明すると、1980年初頭まで米国最大手だった航空会社で、日米間も運航していました。

1959年(昭和34年)から日曜朝に放送していた紀行番組「兼高かおる世界の旅」の提供や、「ひょーしょーじょー」という独特の読み上げで人気を博した大相撲の幕内優勝力士に贈られる「パンアメリカン航空賞」、「アメリカ横断ウルトラクイズ」の初期の使用航空会社と、ニューヨークの決勝の舞台となったのがパンアメリカンの本社ビルの屋上だったことなどで覚えている方もいるのでは。


番組タイトルは「NEW HORIZONS JAPAN」で、映像内に登場する内容から、1959年(昭和34年)ごろ撮影されたものだと思われます。早速見ていきましょう。
※動画はページ下部にあります。




上空から捉えた映像から始まります。時代的に超高層ビルの登場(最初に超高層ビルと呼ばれた「霞が関ビル」が完成したのは1968年《昭和43年》)はまだですが、見たところ10階建て以上はありそうなビルが立ち並んでいます。


パンナム機が羽田に到着。栄華を極めたパンナムも、1970年代から経営不振に陥り、1985年(昭和60年)に日本線を撤退、1991年(平成3年)には破産しています。


都電やタクシーなどで混雑した道路の様子を捉えています。映像にはナレーションが入っていますがドイツ語です。番組タイトルやスタッフのクレジット表記は英語になっているので、アメリカの番組のドイツ語吹き替え版なのでしょうか。


高所から撮影された歩行者。ナレーションは「高価である和服は、特別な状況のみに着るようになっています」と説明。


ただ、お年寄りには和装の人もいるようです。


横断歩道を渡る、ねんねこ半纏で赤ちゃんをおんぶする女性と学生服姿の男性。当時は大学生も学生服着用が普通でした。


こちらは靴磨きの女性を捉えています。「過去とは違って、民主化した日本では女性も自立いってます」とナレーション。背後には都電の姿も。


「日本の学生たちは、新たに自由を手に入れました」という説明と共に映るおみこしのシーン。「鍛冶三」と見える団扇から、「神田祭」でしょうか。「神田祭」は5月中旬に開催されますが、前後に映る人たちが5月の格好ではないようなので、別で撮影したものを差し込んでいるのかもしれません。


明治神宮でしょうか、神社が映ります。


七五三詣が行われているようです。すごい賑わいです。




総務省の報道資料(PDF)によると、1960年(昭和35年)の子供(14歳以下)の数は2807万人。2013年は1639万人だったので、現在に比べ倍近くの子供の人口があったのですね。


場面は変わって、子供たちが何かに群がっています。




紙芝居を上演しているところでした。


子供たちの熱中した表情。テレビの登場以降、紙芝居は廃れ始めていたとはいえ、まだまだ人気のようです。


前髪を切りそろえ、側頭部と後頭部を短く刈った、見事なまでの坊ちゃん刈りです。


映像は、銀座四丁目の数寄屋橋交差点と、このシリーズ記事ですっかりおなじみの「不二家数寄屋橋店」を捉えます。


1981年(昭和56年)まで有楽町駅前にあった「日本劇場」、通称「日劇」です。建物上部には「日本誕生」「絶賛上映中」と書いてあります。三船敏郎主演の1959年(昭和34年)10月25日公開の映画です。


続いても映画のポスターが映されます。1958年4月22日公開の「アパッチの狼火」に……、


「浅草 宝塚地下劇場」の看板の下には、「大運河」(1959年6月20日公開)、「黄昏に帰れ」(1959年7月28日)、「フォート・ブロックの決斗」(1959年5月16日公開)の3つの映画の宣伝が出ています。

公開が一番遅い1959年(昭和34年)10月25日公開の「日本誕生」が絶賛公開中と表記されていた日劇と、先ほどの七五三の映像が同じ撮影班によって撮られていたとすれば、1959年の11月が撮影時期ということになるでしょうか。


ここからは、夜の銀座のネオンサインが取り上げられます。画像左手に見える青文字の「フランス キャラメル」は、先ほども登場した「不二家数寄屋橋店」のもの。画像右上の「チョコレート」のサインは、「銀座の地球儀」として知られた「森永」の地球儀ネオン塔のものです。


「疲れにポポン」の広告。現在も販売されている塩野義製薬の総合ビタミン剤です。


「東芝」も派手派手なネオン広告を出していました。


大型キャバレー店だった「QUEEN BEE」。ここからは、1960年代から1970年代にかけて全盛を迎えた「キャバレー」などのネオンサインが次々と映されていきます。


「NIGHT SKY」「飛行」、


「クラブ オペラ」に……、


トリを飾るのは、以前の記事でも紹介した、高級キャバレーの「モンテカルロ」です。




華やかなネオンから離れ、寺社仏閣を紹介していきます。




宮島・嚴島神社の高舞台での「舞楽」の様子。このあたり、映像がすこぶる奇麗です。


日本の武道として、剣道も紹介されています。


続いては、自動でふすまが開いて、日本の家庭の食事風景が登場です(その演出は必要だったのでしょうか)。




ご飯をよそってくれる優しそうなお母さんと、お弁当付けてほおばる子供。微笑ましい光景ですね(「お弁当付けて」という表現は、若い世代に伝わるのかな?)。








茶道、漆工芸、織物、川で行われる染め物の水洗いの工程と、引き続き日本文化の紹介されていきます。


そして、(このシリーズ記事で取り上げた)海外メディアが日本を紹介する番組では定番の「真珠」の登場です(世界で初めて真珠養殖に成功したのが「ミキモト」の創業者、御木本幸吉だったことから)。




海女さんが素潜りで貝(アコヤガイ)を獲り、殻を開いて真珠を探す行程が収められています。






最後は、桜のお花見、華厳の滝、富士山と、日本の文化・観光のダイジェストが紹介されて映像は終了します。引き続き、歴史の1ページを紐解いていければと思います。

(服部淳@編集ライター、脚本家) ‐ 服部淳の記事一覧



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