【昭和30年代の日本をカラーで】見ると、ノスタルジー感が半端なかった

2015/4/10 23:59 服部淳 服部淳

どうも服部です。昭和の動画を紐解いていくシリーズ、今回は意外と数が少ない昭和30年代のカラー映像を取り上げました。


「Japan」というタイトルの、アメリカの政府機関「US National Archives(アメリカ国立公文書記録管理局)」が公開している映像です。今から約55年前の1959年(昭和34年)に発表されたものだそうです。


映像は栃木県の日光から始まります。かの有名な「金谷ホテル」です。この映像全体としては、アメリカ人に向けた日本の観光地案内といった内容です。


以前紹介した「『これ本当に日本?』と驚く昭和30年代の日常まとめ1」に始まる昭和30年代の日常をまとめたシリーズでは、当時の日本は現代とこんなにも違っていたのかという観点で扱ってきました。ですが、カラー映像で映された観光地だけ切り取ってみると、上の画像(日光東照宮)のようにパッと見で現代との違いが分からないということに気付きました。


子供たちの集合写真にしても、女性がお化粧をしていないと、あまり時代差を感じないものなのですね。ということで、映像時間も約40分と長いこともあり、この記事では現代の日本人が楽しめるような場面だけ切り取って紹介していきたいと思います。早速見ていきましょう。
※動画はページ下部にあります。


日光の主要観光地の紹介の後は、取材陣は中禅寺湖へと移ります。湖畔に並ぶ「森永キャラメル」はじめ、派手に広告が入ったベンチが時代を感じさせます。




日光を離れ、修学旅行の生徒たちが乗った電車です。空調機器など付いていないので、みな窓を開けています。


ここからは京都の映像に変わります。修学旅行らしき学生たちの姿ばかりです。お土産屋さんの看板の電話番号は4ケタ。


金閣寺(鹿苑寺)には当時から外国人観光客の姿も。金閣寺は、1950年(昭和25年)に放火により焼失、1955年(昭和30年)に再建されので、再建後4年目くらいのころです。


京都の街なかかと思われます。奥はオート三輪のトラック、手前はトヨタのRSD型「クラウン」でしょうか。

1955 Toyopet Crown 04.jpg
"1955 Toyopet Crown 04" by Mytho88 - 投稿者自身による作品. Licensed under CC 表示-継承 3.0 via ウィキメディア・コモンズ.




お漬け物屋さんの店頭に、


飲み屋街の昼の様子のようです。


説明がなくても、取材陣が奈良へ移動したのが分かります。3頭の鹿にモテまくりの女性の図。


ここからは東京に移ります。「日本劇場(通称:日劇)」です。有楽町駅前に1981年(昭和56年)まであった劇場で、現在のこの場所には「有楽町マリオン」があります。

垂れ幕には「チエミの青春の歌声」と書いてあるようです。1958年(昭和33年)のゴールデンウイーク(4月29日~5月5日)に開催された、当時日劇の看板娘だった江利チエミと宝田明によるステージの告知みたいです。


現在も同場所にある「不二家」の数寄屋橋店です。画像左手には都電の姿も見られます。


こちらは銀座の不二越ビル屋上にあり「銀座の地球儀」として知られた「森永」の広告です。1953年(昭和28年)に設置、1983年(昭和58年)に撤去されるまで30年間、銀座のランドマークとして親しまれていました。


地下鉄サインの背後には「山一証券」と思われる看板も見えます。


銀座の百貨店屋上だそうです。観客たちが注目する舞台では……、


腹話術をやっているようです。昭和の時代のデパートの屋上といえば、子供たちが大好きな娯楽の場でした。


道を行く郵便局の車です。車の形式こそ時代を感じますが、色やマークなどは今もそのままな感じです。


背後の車さえいなければ、いつの時代やら判断は難しそうです。


この画像にしても、20年前といわれたら信じてしまいそうです(実際は約55年前)。


レストランのメニューケース。お寿司屋さんのようですが、盛り付けが洋風。




このような路地や繁華街が、時代を感じるうえで重要なファクターとなります。


こちらは路上の靴修理屋さん。現在でいうところの「MISTER MINIT」ですね。


こちらは初代「クラウン」でしょうか。なんというクラウン率。

Toyota-crown-1st-generation01.jpg
"Toyota-crown-1st-generation01" by Taisyo - photo taken by Taisyo. Licensed under CC 表示-継承 3.0 via ウィキメディア・コモンズ.




八百屋さんのおかみさんらしきが笑顔のサービス。


こちらはタンゴが流れる喫茶店、「白馬車」というお店です。


ここからは浅草の仲見世と浅草寺が映し出されます。画質もきれいなので、長々と貼り付けてみます。




















ここからしばし東京を離れて農村風景などが続きます。牛を使った農作業です。


田植えも機械に頼らず手作業です。


茶畑の人々はシャイでなかなか撮影させてくれないようです。


今度は海女さんです。世界で初めて半円真珠の養殖に成功した「ミキモト」所属の海女さんのようです。


現在でもこの実演は見学ができるようです。




名古屋を経て、鎌倉の大仏です。セーラー服姿の学生さんたちが大量に押し寄せてきているようです。


外国人老夫婦と日本人との記念撮影。とっても微笑ましい光景です。


こちらは撮影している側。写真左の少年以外は、お腹の前あたりで構える二眼レフカメラを使っているようです。


ここから大相撲のシーンが続きます。どのあたりの番付の対戦か分かりかねますが、体型は現代の力士よりもスマートに見えます。


相撲に続いては、浅草にあった国際劇場(1982年・昭和57年閉館。現在は浅草ビューホテルが建つ)での演劇シーンのようです。「松竹」の直営劇場で、踊っているのは松竹歌劇団かと思われます。


最後は、同劇場でのキューピーちゃんと火星人(?)の人形劇。なかなかシュールです。

いかがでしたか? 現代と似て見えるところも多いながら、やはり55年も昔の時代。もう見ることができない建物や風習、交通機関などが垣間見られ、とても興味深い映像だったと思います。引き続き、歴史の1ページを紐解いていければと思います。

(服部淳@編集ライター、脚本家)



【動画】「Japan Today 」


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