骸骨を愛でる美女?ミュシャのミューズ「サラ・ベルナール」の奇妙な私生活
2017年3月8日(水)から6月5日(月)まで、国立新美術館(東京・六本木)で、アール・ヌーヴォーを代表するグラフィックデザイナーの 『ミュシャ展』 が開催され、話題になっています。
前回の記事、 「画家ミュシャのミューズ“サラ・ベルナール”は女優で超高級娼婦?色気溢れる写真と激動の生涯」 では、そんなミュシャを発掘し、自らの舞台『ジスモンダ』のポスターを描かせることによってスターダムに押し上げたサラ・ベルナールの波乱万丈な“女優人生”について紹介しました。
Mucha's poster for “Gismonda” starring the great French actress, Sarah Bernhardt made the artist famous. Published in 1894. #art #design pic.twitter.com/Rhn5tWeTZb
— mintgran (@MintGranita) 2017年2月4日
今回は、そんな彼女のちょっと変わったプライベートの噂について掘り下げて、“聖なる怪物”と呼ばれたミステリアスな人物像を浮かび上がらせてみたいと思います。
■正統派美人ではなかった? それでもナンバーワン女優で有り続けた個性
1844年のパリで、高級娼婦(クルティザンヌ)の娘として生まれたサラは、1923年に78歳の生涯を閉じる直前まで舞台に立ち続け、その妖艶さ失わなかった怪物級の女優ですが、実は若い頃から肺が弱く病弱で、死と隣り合わせの危うい日々を過ごしていたと言われています。
その反面、“生”や“性”がほとばしるような妖艶で情熱的な演技は不世出の名女優と呼ばれるほどで、1915年には足の怪我が悪化し右足を切断するも、ひとたび舞台に立つと娘のような華やかなオーラを醸し出す、ある意味人間離れした気力を持つ人物でもありました。
Happy Birthday Sarah Bernhardt (* 22. Oktober 1844 in Paris; † 26. März 1923; eigentlich Marie Henriette Rosine Bernardt)! pic.twitter.com/Jn1d3I872E
— Fräulein Anne (@PapillonNoir73) 2016年10月22日
もともと、19世紀当時の基準としても、現代の女優のカテゴリの中でも、いわゆる“正統派美人”ではありません。
折れそうに華奢で病弱な体に怪物が憑依したかのような激しい気性。そんな性格によく似合う燃えるように赤い縮れ毛に対し、儚げな青白い顔。
角度によっては一重瞼にも見える重い瞼の下で爛々と輝く生命力あふれる瞳と、黄金や銀の鈴にも例えられた美しい声。そんなギャップに、ミュシャのみならず数々の芸術家が惹きつけられました。作家のマルセル・プルーストも彼女に魅せられ、作品の中に彼女をモデルとした人物を登場させた1人です。
悪戯な妖精のような個性で民衆を魅了したサラ・ベルナール。その奇妙な魅力は、1990年代にケイト・モスが巻き起こした“ヘロイン・シック”、“ウェイフ”と呼ばれる、不健康美を称えるムーブメントをも思い起こさせます。
■お好みのインテリアは本物の骸骨と柩
体が弱く“死を意識し続ける生活”が、サラのカリスマ性にどう影響を与えたのかは定かではありませんが、舞台の上で生命の輝きを表現する一方で、舞台袖には医師が待機していたこともあると言われる彼女は、”死”を思わせる奇妙なインテリアを好んでいました。
Sarah Bernhardt by Alphonse Mucha (1896) #art nouveau (modern) #art pic.twitter.com/GECoe3Rsy8
— Learn Art History (@LearnArtHistory) 2017年1月20日
彼女の机の上には、ヴィクトル・ユゴーが詩を彫った本物の人間の骸骨が置かれており、床には自分の体ピッタリにオーダーした柩が転がっていてしばしば柩に横たわっていた……。当時の雑誌の取材記事によると、猫や犬の骸骨や、鉄の鎖に繋がれた人間の骸骨がぶら下がっていたという記述もあるようです。
「メメントモリ」(死を忘れるな)という言葉が流行した、ヨーロッパのルネサンス・バロック期の絵画のモチーフには度々しゃれこうべが登場しましたが、絵画や写真ではなく、「本物を部屋に常に置いておく」、となると、女性の趣味としては相当特殊であると言わざる得ません。
大蛇や虎を可愛がり、興業の際にワニを贈られて喜んだ19世紀の“聖なる怪物”は、オカルト的な趣味でもパリの話題をさらっていました。
■女優だけでなくプロデューサーでもあったサラ
生活の端々に、芸術家にありがちな奇行が見られたサラですが、その演技は、まるで多数の精霊が憑依する憑坐ように、10の時代の役を演じれば、10の違った個性を発揮する天才的なものだったと語り継がれています。
Sarah Bernhardt
— Beba Kron (@BebaKron) 2016年10月22日
(22. X 1844 – 2. III 1923)
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Sarah Bernhardt
in“La Tosca”
By
Alphonse Mucha
1899.
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- pic.twitter.com/nTeFIPFQs4
フランスの批評家・作家の、ジュール・ルメートルには「サラの演技はすなわち女そのものである」と評され、一方で、男役も見事にこなす。
そんな彼女は、強烈な個性で芸術家を魅了するだけでなく、芸術そのものを愛し、無名のアーティストを見出す才能にも長けた人物でした。ミュシャのみならず、駆け出しの劇作家のエドモンド・ロスタンの才能をも見出し、戯曲『遠国の姫君』を自ら舞台化するなど、プロデューサー的一面も持ち合わせていたと言われています。
アルフォンス・ミュシャは後に、彼が無名の画家から売れっ子になったきっかけのポスター『ジズモンダ』は、印刷所の経営者にダメ出しをされボツになりかけていた……、しかし彼の絵を一目見たサラが涙を流すほど気に入り、採用された、と語っています。
上記のような逸話を聞くと、ミュシャが描いたサラ・ベルナールのポスター連作の、夢見るような淡い色彩美と圧倒的な迫力……相反する個性が混在する魅力を、よりいっそう堪能できそうですね。
参考
※ ミュシャのすべて (角川新書)(堺 アルフォンス・ミュシャ館 - 堺市立文化館 著)
※サラ・ベルナールを見た: パリの世紀末、 ベル・エポックの 伝説的女優の目撃録(菊池 幽芳, 柳澤 健, 近代演劇研究会)
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(星野小春)