【意外!?】今も売ってる昭和20年代のヒット商品まとめ

2015/7/31 23:59 服部淳 服部淳


どうも服部です。ここ「いまトピ」で昭和記事を書いていることもあり、昭和関連の書籍を図書館や古本屋、ネット書店などで頻繁に探したりするのですが、今回はそんな中見つけたこちらの1冊を取り上げたいと思います。



2000年に東京書籍より発行された「売れたものアルバム1946‐1999」という本です。中古ですが、Amazonで数冊在庫があるようです(執筆時点で)。

終戦の翌年である1946年(昭和21年)からこの本が発行される前年の1999年(平成11年)までの各年の「日本の10大事件」、「話題の商品」=ヒット商品、「ヒットソング」、「売れた本」が紹介されています(さらに、その年の流行語や人気だったラジオ・テレビ番組も)。どういうものが流行し、売れたのかというデータをまとめることで、その年の世相が見えてくるという、とても興味深い内容となっています。


中身はこんな感じです。サンプルは、1955年(昭和30年)の「日本の10大事件」と「話題の商品」のページです。写真や色味は一切ありませんが、ぎっしりとデータが見やすく詰まっています。

パラパラとページを捲り見ていると、「話題の商品」と「売れた本」が、特にその時代を反映しているなと感心します。それともうひとつ……、

昭和20年代のヒット商品に、今も変わらず売ってる商品が多いことに気づきました。

毎年、星の数ほどの商品が出ては消えていく中で、60~70年も売れ続けるなんて、すごい! いったいどんな商品なのか、1年ごとにピックアップしていきたいと思います。



1946年
・トリスウヰスキー(寿屋=現・サントリー)

密造酒が闇市ではびこっている時代に、現・サントリーの寿屋が送りだしたのが、トリスウヰスキーでした。当時は原酒率5%の三級ウイスキーでしたが、「とにかく安く酔える酒を」という販売方針が時代にマッチ、ヒット商品となりました。

・ピース(日本専売公社=現・JT)
きついタバコ(ニコチン、タール量が多い)として現在でも知られるピースは、戦後すぐに発売されました。1952年の話題の商品にも再び名を連ねますが、この時は「ラッキーストライク」のパッケージデザインも手掛けたアメリカの有名デザイナーにパッケージデザインを依頼したことが大きく話題になったそうです。デザイン料は、なんと当時の総理大臣の月給の14倍ほどだったとか。

第二次大戦終戦の翌年の1946年は、物資が少なく、まだ食べるために一生懸命な時代だっただけに、現代にも残る商品はあまりありませんでした。「文化天火」という余財のジュラルミン(軍用機製造のために確保されていたものでしょうか)で作ったパン焼き器が話題の商品に入っていますが、配給の穀物をパンにするための機具だったようです。さらにはヒロポン(覚醒剤)が話題の商品に入っているのが気になります。軍用物資として大量に生産された残りが、闇市で売りさばかれたのだとか。

1947年
・ねずみ取り器

復興もだいぶ進んできた戦後2年目の話題の商品は、ねずみ取り器。食料も少しずつ充実してきて、ネズミが増えたのでしょうか。これに関しては、現在でもまだ売っていることに驚きでした。

・オゾ(家庭常備薬)

参照本によると、「喰われる前にDDT、喰われてからはオゾが一番」という宣伝コピーでヒットしたのだそうです。DDTとはご存じ、占領軍がシラミ対策として日本人の頭髪に散布させた殺虫剤のことなので、シラミに刺された跡に塗ったのでしょう。ねずみ取りしかり、当時の衛生状態を物語る商品ですね。

1948年
・セロテープ(日絆薬品工業=現・ニチバン)
ばんそうこう類や軟膏(なんこう)など医療品を販売していた日絆薬品工業が前年(昭和22年)9月に発売したのが、今もおなじみセロテープでした。占領軍が手紙を閲覧する際に使う、再封するためのテープを同社に依頼したことがきっかけだったとか。

・ボールペン(セーラー万年筆)
この年、三越百貨店で国産ボールペン1号がセーラー万年筆より発売。1号商品は品質があまり良くなく、インキ漏れもよくしたそうです。

・ポマード(柳屋本店)

現在でもロッカー御用達(?)商品。画像は昭和20年代前半の映像(動画はページ下部)に映り込んでいた柳屋ポマードの広告。

1949年
・カルメ焼き器

熱した砂糖水に重曹を入れて膨らませた焼き菓子、カルメ焼き。現在でも縁日の屋台で見ることがありますね。配給される砂糖でカルメ焼きを作るのがこの年に流行になったようです。配給の品をお菓子作りに使うようになったというのは、生活に余裕が出てきたことの表れでもありましょう。

・能率手帳(日本能率協会)
※現商品名は「NOLTY」
現在もファンが多いこの手帳ですが、生産性向上のためとして、日本初の「時間目盛り」入り手帳「能率手帳」が誕生したのがこの年でした。

また、現在も売っている商品ではありませんが、この年に和江商事(現・ワコール)から「ブラパット」という商品が発売されています。「針金をらせん状に巻き、布をかぶせてバストの形を演出する『ブラパット』は大成功し」とワコールのホームページにも記載されています。これまで和装中心だった時には、女性は胸を押さえつけるようにしていたのが、洋装中心になると胸を大きく見せるように変化していったようです。ブラパットの写真はこちら(2つ目の写真をクリックで拡大)。

1950年
・マダムジュジュ(ジュジュ化粧品)

参照元によると、「25歳以下の方は使ってはいけません」というコピーで人気になった商品だそうです。そのポリシーは変わらず、現在の商品ページにも「肌あれを防ぎ、ハリとツヤを与えます。25歳からのクリームです。」と紹介してあります。

・パーカー万年筆(パーカー)

高級筆記具ブランド「パーカー」の万年筆も、この年の話題の商品となっています。G.H.Q.の最高司令官ダグラス・マッカーサーがパーカーの「デュオフォールド」という最高級品を愛用していたので、そのことで話題になったのかもしれません。昭和30年代の話になりますが、ブリキのおもちゃコレクターで知られる北原照久氏は自著「ぼくらの昭和キラメキタイム」で、コレクターになるきっかけとなった商品としてパーカーの万年筆を取り上げ、「それは『パーカー61』という舶来の万年筆で(中略)その値札に『一万五千円』とあった。当時の大学卒初任給が一万二、三千円だった(後略)」と書いています。庶民には憧れの逸品だったようです。

1951年
・明治ミルクチョコレート(明治製菓)
・森永ミルクキャラメル(森永製菓)

明治ミルクチョコレート(1926年《大正15年》発売)も森永ミルクキャラメル(1913年《大正2年》発売。キャラメル自体はそれ以前より販売していました)も戦前から販売されていた商品ですが、戦中・戦後の物資不足などで姿を消していました。が、戦後かけられていた乳製品の使用統制が1951年に撤廃され、自由販売できるようになると、菓子類に飢えていた国民の間で飛ぶように売れたそうです。両製品とも詳しい商品の歴史ページを用意しているので、興味があればぜひご覧ください。明治ミルクチョコレート森永ミルクキャラメル

・バヤリース オレンジ(朝日麦酒、現在はアサヒ飲料が販売)

おなじみバヤリースオレンジも、こんな時代に発売されていたのですね。

1952年
・ミルキー(不二家)
不二家のマスコット「ペコちゃん」で有名になったソフトキャンディー。1951年に発売開始となりました。現在では不二家全体のマスコットキャラである「ペコちゃん」ですが、当初はミルキー専属のキャラクターだったそうです。

・ホッチキス(マックス)
ホッチキスが日本に入ってきたのは明治36年と古く、なにがキッカケでこの年の話題の商品となったのかは不明です。昭和28年に購入されたマックスのホッチキスの画像が、同社の「ホッチキス物語(PDF)」で紹介されているので、興味のある方はどうぞ。ホッチキス物語

・魚肉ソーセージ(日本水産=現・ニッスイ)
※現在の商品名は「おさかなのソーセージ」
おやつやお酒のつまみにもピッタリな魚肉ソーセージは、1951年(昭和26年)に西南開発が「スモークミート」という商品名で発売。1952年より全国発売が開始されたのだそうです。その後すぐ、日本水産をはじめ各社が参入。

1953年
・マジックインキ(内田洋行、現在は寺西化学工業が販売)

日本では本来の意味である「魔法・手品」よりもよっぽど筆記用具としての意味合いが強くなっている「マジック」。その語源となったのが、この商品でした。販売元の寺西化学工業のホームページでは、発売当時の商品を見ることができます。マジックインキ誕生物語

・お茶づけ海苔(永谷園)

日本人ならきっと一度は食べたことがあるお茶づけの素「お茶づけ海苔」も、実は昭和20年代発売の商品でした。永谷園のホームページでは、現在のとほとんど変わらない発売当時の「お茶づけ海苔」の画像をみることができます。永谷園

・ももの花ハンドクリーム(オリヂナル薬粧=現・オリヂナル)

ひび・あかぎれ・肌荒れ防止のハンドクリームで、現在でも根強い人気商品です。「カオール」という口中香錠を販売していた会社が、1953年(昭和28年)に発売した商品でした。

・ヴェポラッブ(阪急共栄物産薬品部、現在は大正製薬が販売)
※現在の商品名は「ヴィックスヴェポラッブ」

鼻づまり、くしゃみ等のかぜに伴う諸症状を緩和する塗り薬です。お母さんが、男の子の胸に同薬を塗ってあげているCMを覚えている方もいるでしょうか。著者は、一度もその経験なくこれまで生きてきましたが、売られ続けているということは、効果があるんでしょうね。

・ヴィックスコフドロップ(阪急共栄物産薬品部、現在は大正製薬が販売)
※現在の商品名は「ヴィックスドロップ」
「エヘン虫」のCMでおなじみヴィックスドロップも、昭和20年代に発売されていました。ヴェポラッブと共に、アメリカの製薬会社・リチャードソン・ヴィックス社の製品で、当時は阪急電鉄系の物産会社、阪急共栄物産薬品部が販売していました。

1954年
・脱毛ワクス(ハリウッド化粧品)

ワックスを温め、皮膚に塗ってはがしつつ脱毛するという「脱毛ワクス」は、2年前の1952年に発売されています。この年、1954年には同社が「ハリウッドビューティサロン」を設立しているので、それが話題の原因になったのかもしれません。

・アリナミン(武田薬品工業)
元気の源、日本初のビタミンB1誘導体製剤である「アリナミン糖衣錠」がこの年の3月に発売されました。詳しい開発秘話は、武田薬品工業ホームページ内の「アリナミン歴史ミュージアム」で見ることができます。

・トイレボール(鎌田商会=現・白元)

公衆トイレの男性用便器で見掛けるアレも、昭和20年代の商品でした。こんな商品名だったんですね。防臭効果以外に、尿石付着防止の効果もあるようです。壁につるすタイプのものもあります。




最後は、近くのスーパーで買える物をそろえて集合写真。左から、ホッチキス(マックス)、ミルキー(不二家) 、中央列は上からセロテープ(ニチバン)、アリナミンV(武田薬品工業)、明治ミルクチョコレート(明治製菓)、森永ミルクキャラメル(森永製菓)、お茶づけ海苔(永谷園)。

どれも昔から見慣れた商品ばかりですが、激動の時代を駆け抜けてきた商品なんだと思うと、尊敬の眼差しになってしまうものです。お疲れさまです(敬礼)。

(服部淳@編集ライター、脚本家)



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