【終戦翌年の日本】カメラが捉えた人でごった返す駅のホームが凄い

2015/12/19 16:23 服部淳 服部淳

どうも服部です。昭和の動画を紐解いていくシリーズ、今回は昭和21年に撮影された日本の交通事情を紹介する動画を取り上げました。米国空軍が日本各地の戦争被害を撮影したフィルムに含まれていた、交通に関する映像を寄せ集めて編集したものだと思われます。

「Japanese Transportation & Equipment, 04/14/1946 - 06/01/1946 (1946年4月14日~6月1日、日本の輸送機関と機器=著者訳) 」とタイトル付けされた「US National Archives(アメリカ国立公文書記録管理局)」が投稿した音声なしのカラー映像です。早速見ていきましょう。
※動画はページ下部にあります。




人でごった返す駅のホームから始まります。撮影内容のメモによると、山口県の岩国駅のようです。岩国には製油所など、軍事に関わる施設があったことから、9回にわたり空襲を受けていて、終戦前日の1945年(昭和20年)8月14日には駅周辺が無差別絨毯爆撃空襲され、駅施設は破壊・消失していました。


線路をまたぐ跨線橋は、終戦後設置されたものでしょうか。


撮影メモには、「復員兵で埋め尽くされ」と書いてありますが、一般のお客さんも多数いるようです。


カメラマンは反対側のホームに停車していた列車から撮影していたようで、その列車が動き出します。車窓からホーム全体を舐めるように撮影しているのですが、静止画にするとブレてしまうので、このシリーズで初めてGIFアニメにして切り出してみました(酔いやすいのでご注意ください)。

推測ですが、何十分どころか何時間も待たされているといったところでしょうか。頻繁に列車が来るようなら、ホームから足を投げ出して座ってられないですよね。


ここでカチンコが入ります。見えづらいですが、「LOCATION MAIZURU」と書いてあります。京都府の舞鶴での撮影のようです。


川に架かる橋が映されます。撮影メモによると「舞鶴の西を流れる由良川」のようです。


橋脚が木でできていることを伝えたいのでしょう。


同じ橋をトラックが通っていきます。撮影者同様に、大丈夫なの?と心配になります。トラックが過ぎ去るのを待つ大八車の姿も。


ちなみにこの橋は、1909年(明治42年)に架設され、「板橋」と呼ばれていた現在の「大川橋」のようです。
画像引用元:京都府建設交通部道路交通課「 一般国道175号 大川橋(pdf)」

丹後の地名・地理・歴史資料集」というサイトでは、昭和の初めに板橋の上に土が盛られ、板橋から「土橋」になったと書かれています。


こちらは、撮影メモに「典型的な日本の田舎道」と記されている光景です。


流されてしまったままの橋を捉えています。「上の場面よりも下流に架かっていた橋」としか説明はありません。このシーンはやけに長々と映されます。何か重要な場面だったのでしょうか。




舞鶴駅だそうです。買い出しの帰りなのでしょうか、大荷物を持った人もちらほら。ワイシャツにネクタイを締めて歩いている人は、現代に紛れても違和感がなさそう。


とっても絵になる、女学生と思われる三人組。


続いてのガチンコは場所は京都、(1946年)5月16日です。撮影は、映画監督兼カメラマンの三村明氏(海外名:ハリー三村)。名前の後ろに(TOHO)(東宝=著者注)と付記されています。


1978年(昭和53年)9月30日限りで全廃された「京都市電」の線路を修理している場面です。


この米軍撮影フィルムではよく見られる演出なのでしょうか、中央やや右の男性(頭に手ぬぐいを巻いたような人)のカメラ目線が気になります。


次はカチンコが4月26日、場所は神戸です。こちらも三村明氏が撮影しています。


人力車らしきを引いた男性が通過するのが目に止ります。


とはいえ、米軍が注視したのは、米俵のようなものを荷下ろししているシーンのようです。人力も輸送機関だと言いたいのでしょうか。


ここからしばらくは、鉄道車庫での整備の様子などが映し出されます。まずは給水のシーン。水を熱してできる蒸気の圧力が動力になるわけですから、ガソリンのようなものです。


こちらは車輪を整備しているようです。


石炭を投入しています。


機関車の前面のふたを開けています。


「デゴイチ」の愛称で親しまれた「D51形蒸気機関車」が、車庫の方に向かって走っていきます。その先で転車台(ターンテーブル)にて方向を変えられるのですが、これまた静止画では伝わりにくいのでGIFアニメにして切り出しました。




こちらは職員たちのようですが、少年ですね。


真っ黒になった手で顔を触ってしまっては……。


向かい合う2人の男性を捉えると、2人はその存在に気づき、カメラを見ます。撮影メモによると、こちらも職員のようです。


1本のマッチで2人分のタバコに火をつけていました。当時、マッチは配給統制されていて、しかも原材料の不足から深刻なマッチ不足の状態にあったようです。1本たりと無駄にできません。
参照:一般社団法人燐寸工業会「マッチの歴史




陸橋の上から撮影しているのは、「D52形蒸気機関車」のようです。


コンテナや木材など、数えられただけで40両ほど連結をしていました。そして、最後尾にもまた蒸気機関車が。


場面は変わって、駅のホームのようです。撮影内容のメモによると、「品川駅に入ってくる電車と乗降する客たち(著者訳)」と書いてあります。後方の景色と見比べると、高架にあるようです(画像中央よりやや左には、電信柱の架線部分が見えます)。


電車が入ってきました。ドアの左側の壁が破損しているように見えます。


運転席の窓の上には、ひさしが付いています。書籍「東急電車物語/宮田道一著(多摩川新聞社)」によると、「当時(昭和初期=著者注)は路線の周囲に建物等が少なかったため、日差しも強く(中略)運転士窓にはひさしが設けられ、このスタイルは他社にも影響を及ぼしている。しかし、周囲に住宅等が林立するようになると、その必要性もなくなり、取り外された」と書いてあります。なるほど、ひさしの有無で、住宅事情の変化が語れるとは面白いですね。

車両前面には、行き先が書かれた白い方向板が掛けられていますが、はっきり読み取ることができません。


電車が止ると、どうやら反対側の扉が開き、お客さんが下りていきます。線路は行き止まりになっているので、終点の駅です。【品川駅】【高架】【終点】という3つのキーワードからして、京浜急行の品川駅でしょうか(京浜急行が都営浅草線に乗り入れるのは、1968年《昭和43年》のこと)。


再び、蒸気機関車の走行シーンが収められ、


唐突に東京都電が挟み込まれます。1923年(大正12年)~1924年にかけて製造された木造の3000形の車両です。歩道橋の上からの撮影でしょうか。


都電に続いて自転車をこぐ男性も。


最後は撮影メモによると東京の近郊列車の車窓からの撮影とのこと。駅を通過していくようです。


電車とすれ違うと、橋の下をくぐりますが、橋の角度、線路の多さなどから、品川駅手前の八ツ山橋ではないでしょうか。同橋は、1985年(昭和60年)に4代目の橋に架け替えられているため、現在はアーチはありません。


こちらが「品川WEB写真館」に掲載されている先代の八ツ山橋の写真です。1955年(昭和30年)7月5日撮影とのことで、映像より9年後の姿となります。「WELCOME TO TOKYO」という表示が施されていますが、なぜこの場所で?という感じもします。




ということは、こちらは国電・品川駅でしょうか。



引き続き、歴史の1ページを紐解いていければと思います。

(服部淳@編集ライター、脚本家)



【動画】「Japanese Transportation & Equipment, 04/14/1946 - 06/01/1946 」


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