阿部寛はバブル世代の高倉健?最新主演映画『異動辞令は音楽隊!』は不器用な大男が困る姿がたまらない!?

2022/8/25 22:00 龍女 龍女

阿部寛は、1986年に創刊された集英社の雑誌『MEN'S NON-NO』のモデルとしてデビューした。
当時、小学校の高学年女子だった筆者は当然男性ファッション誌なんて読んでなかった。
夏休みに観ていたお昼の『笑っていいとも』に、阿部寛がゲストで出ていたはずだ。
前半の『テレフォンショッキング』ではなく、後半のコーナーで正確なタイトルは覚えていないが1987年頃だった。
てっきり、専属モデルかと思っていたが、違ったようだ。
それで、TVにも出演できたようだ。
筆者が存在を比較的早く知っていた理由に納得した。
俳優デビューしたのはその直後だった。
名作少女漫画の実写化だった。

『はいからさんが通る』(1987年12月12日公開、東映)のヒロイン花村紅緒(南野陽子)の相手役の伊集院忍を演じた。
伊集院忍とは、鹿児島出身の華族である伊集院伯爵の孫で母親がドイツ人と言う設定である。
陸軍少尉という職業軍人である。
キャラに寄せないヘアメイクで、原作通りに金髪にしなかったので、原作ファンで観なかった人もいるらしい。
阿部寛本人は、南野陽子のファンという事で出演したようだ。
まだまだ演技は下手でどこかなめていた部分もあったようだ。
しかし、デビュー作というのは、その後の方向性の要素が沢山含まれている。

俳優デビューは華やかであったが、演技の基礎を習っていない素人同然の俳優だったのでバブルがはじけると共に仕事は減った。
不動産による投資失敗で借金を背負うというバブル世代あるあるも経験した。
この低迷期に古武術を習い始めた事は、同じ投資でも上手く行く。
時代劇を演じるときの所作に役に立ったからだ。

ようやく演技に向き合うようになった阿部寛に、転機が訪れる。
まずは、NHKのドラマ『チロルの挽歌』(1992年4月11日・18日)では役名がない建設現場の社員役で出演した。
これは、高倉健・大原麗子(1946~2009)主演のドラマである。
あの時期に多かった地方のリゾート開発をともなう人間関係を扱った山田太一脚本の前後編の単発ドラマであった。
1シーンしか高倉健とは共演できなかったが、貴重な財産となったようだ。

更なる転機となったのは、つかこうへいの代表作
『熱海殺人事件』の別ヴァージョン、『モンテカルロ・イリュージョン』の主演であった。
劇作家で演出家のつかこうへい(1948~2010)は、独特の演出法で知られる。
芝居の流れは大まかに書くが、台詞は稽古中の俳優の様子をみて変える。
その独特の演出法は「口立て」と言われて、同じ舞台でも初日と千秋楽は台詞は変化していったそうだ。
筆者は舞台演出中のつかこうへいを映したドキュメンタリーをTVで観た記憶がある。
残念ながら演出した舞台を観た事はないが、彼が自らの舞台を脚色した映画『蒲田行進曲』(1982年10月9日公開)は繰り返して観たい。

つかこうへいはそれまでアイドル的な扱いをされていたタレントを本格的な俳優に覚醒させる事に定評がある演出家である。
これまで当コラムで取り上げた俳優では、内田有紀や小池栄子などがいる。
阿部寛はその中でも最も華のある俳優であると言っても過言ではない。

阿部寛は現在も決して演技が上手いタイプの俳優では無いが、自分の個性を生かした役柄を得られる様になった。
演じる事の喜びを得られた出逢いを果たした意味では実に幸運であった。


(1998年のつかこうへい イラストby龍女)

TV出演もまた増えてきたが、舞台を中心に実力を上げてきた90年代が終わろうとする時、ようやくTVでも人気のシリーズの主役として活躍の場を与えられた。

映像の世界でも阿部寛の個性が生かせる場が出てきたのである。

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