『ドライブ・マイ・カー』の濱口竜介監督がアカデミー賞脚色賞を取れなかった3つの理由とは?

2022/3/31 22:00 龍女 龍女

②国際長編映画賞を獲れた理由

『ドライブ・マイ・カー』は、これまでアカデミー賞で認められた日本映画とは一線を画する。
細部は確かに日本映画らしいが、核となるテーマに日本的要素が一切ない。
主人公・家福悠介は妻を失った男。ドライバーの渡利みさき(三浦透子)は母を失った女。
喪失感を抱えながら仕事を続ける現実。
世界中の誰もが味わった感情である。

これまでの作品と共通した面もある。
そもそもアカデミー賞の主催は映画芸術アカデミーなので、娯楽色の強い映画よりもアート系が選ばれやすい。
最初に日本人で監督賞の候補になったのは、勅使河原宏(1927~2001)だ。
映画に詳しくない人は「?」と思うかもしれないが、映画監督どころか日本を代表する芸術家である。
中高年向けの芸能コラムである読者にわかりやすく言えば、
華道家・假屋崎省吾(1958年12月17日生れ)の師匠である。
生け花草月流の3代目家元である。
今では当たり前になった映画業界以外から監督になった異業種監督の元祖のような存在である。
対象になった作品は1964年の『砂の女』である。
これは国際長編映画賞の前身に当たる外国語映画賞にも候補になった。
2時間27分もある作品で、登場人物も主に男(岡田英次)と女(岸田今日子)のドラマである。
原作小説を書いたのは劇作家でもある安部公房(1924~1993)だ。
この小説がきっかけで世界的に有名になり、一時期ノーベル文学賞候補とも言われていた。
日本社会の閉鎖性をシュールレアリスムの手法で描いた作品だ。
筆者も一度観たが、是非、目が冴えている明るい時間帯に観賞することをすすめる。
とっつきにくく、途中で眠くなります。

日本人二人目の監督賞候補は、巨匠黒澤明(1910~1998)である。
1986年『乱』である。
シェイクスピアの四大悲劇のうち『リア王』を戦国時代の日本に置き換えた時代劇大作。
残念ながら、黒澤明作品は1970年代以降は完全にアート系だ。
絵で説明しようとする傾向が強くなった。

さて、『ドライブ・マイ・カー』が国際長編映画賞を受賞した瞬間、TV放送のナレーションで
「日本の作品は5度目の受賞となります」
と紹介されて「?」となった。

アカデミー賞の歴史を調べると、「外国語映画賞」が出来る前の「名誉賞」時代に3作品が選ばれていた。

『羅生門』(1952年。黒澤明監督)

『地獄門』(1955年。衣笠貞之助監督)
(『鎌倉殿の13人』の怪僧・文覚が遠藤盛遠と呼ばれていた若い頃の話)

『宮本武蔵』(1956年。稲垣浩監督)

外国語映画賞になってからは受賞したのは
『おくりびと』(2009年。滝田洋二郎監督)である。
日本の葬式の文化を描き、死を汚れとして忌み嫌う独特の宗教観がドラマを推進する。
日本ならではの映画となっていた。

しかし、『ドライブ・マイ・カー』には日本的要素よりも普遍性が際立つ。
原作の村上春樹は特に欧米文化に影響を受けた日本の小説家というイメージがある。
またコロナ禍で釜山が舞台になるはずだったロケ地が急遽広島に変更された。
「みじかな人を喪失した人々」
というテーマをより際立たせてわかりやすくなった。
つまり、広島は日本と欧米の戦争が引き起こした悲劇の現場である。
現在は美しい観光地でもある。
この二面性こそが映画のテーマと合致した名作たり得ている。


(国際長編映画賞を受賞した濱口竜介監督 イラストby龍女)

おそらく濱口竜介監督は再び監督賞の候補になる機会があるのではないか?
俳優の演技方法で衝撃を与えたという意味では

メソッド演技を世界中に広めた映画監督エリア・カザン(1909~2003)以来の大物であろう。
エリア・カザンは『紳士協定』(1947)、『波止場』(1954。主演はマーロン・ブランド)の2回監督賞を獲得している。
今回の授賞式を観て、メソッド演技は衰退するかもしれないと、筆者は考え始めた。
メソッド演技は、俳優の中にある暴力性を肯定し助長してきたと批判されてもおかしくない瀬戸際まで立たされているのではないか?

けっして、濱口竜介が始めた方法ではない。
忘れられていた演技法を復活させたのが、新鮮な驚きをもたらした
面白い映画は作れる筈だ。

個人的リクエストとしては、女性脚本家と組んでラブ・コメディを制作してほしい。


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