NHK朝ドラ『おちょやん』で杉咲花の相手役を演じた成田凌が似た題材の作品に採用され続けている理由とは?

2021/5/19 22:00 龍女 龍女

③『おちょやん』の天海一平


「乙女の真心を踏みにじったドタヌキ」
(劇中劇『お家はんと直どん』の台詞の一部)
成田凌が演じた喜劇役者の天海一平、2代目天海天海のモデルは、2代目渋谷天外(1906~1983)である。

改めて渋谷天外と元妻の浪花千栄子(1907~1973)の評伝を読んで、『おちょやん』は比較的実話に近いのに驚いた。
1916年に楽天会の座長であった父の初代渋谷天外が33歳で急死した。
楽天会は解散し、ちやほやされた子役から一気にドサ回りの俳優になって苦労した少年時代を過ごした。
俳優で、脚本家としての筆名は館直志であった。

日本の喜劇は、元々俄と言われる江戸時代からの即興芝居から発達した。
2代目渋谷天外は、近代化して翻訳劇を上演した新劇に近い本格的な芝居に進化させた。
物語の流れの中で面白い台詞を生み出す作風の持ち主であり、あまり即興を好まなかったそうだ。
しかし、喜劇は特に俳優の当て書きで成立している部分が大きい。
同じ芝居でも再演するたびに直したようである。
書いた脚本の本数は556編と多い。
未だに上演されているのは『桂春団治』。
種本になった長谷川幸延の小説を最初に脚色した。

実際ともちろん違う点もある。
ドラマに登場する芝居茶屋の岡安のモデルは岡富であるが、実際は千栄子が幼い頃に年季奉公していた芝居茶屋ではない。
女中として働いた場所は何カ所もあるため、作劇上一つにまとめたに過ぎない。



従って、天海一平とヒロインの竹井千代が幼なじみなのもフィクションである。
しかし、大人になって渋谷天外が岡富の二階、浪花千栄子が一階に暮らしていた時期に出逢っているので、この設定を採用したのだろう。
千代の憧れの女優として登場する高城百合子(井川遥)のモデルは、岡田嘉子(1902~1992)である。
おそらくこれも知り合ったのは大人になってからで、渋谷天外の方の知り合いであった事が推測される。
百合子と結婚する、千代の初恋の人、元助監督小暮真治(若葉竜也)はおそらくモデルは杉本良吉(1907~1939)であろう。
これも面識はあるが初恋の設定はフィクションだ。

メインとなる戦前の鶴亀家庭劇から戦後の鶴亀新喜劇の経緯は、実際の松竹家庭劇から松竹新喜劇に至る経緯にほぼ準じている。

松竹株式会社は、白井松次郎(1877~1951)・大谷竹次郎(1877~1969)の双子が創業した演劇の興業会社に始まる。
『おちょやん』に登場する大山鶴蔵のモデルは松次郎の方である。
演じる4代目中村鴈治郎(1959年2月6日生)は、初代の鴈治郎(1860~1935)が松竹に贔屓にされて上方歌舞伎を盛り上げてもらってきた歴史があり、縁の配役となっている。
他にも、渋谷天外の実子である3代目渋谷天外(1954年12月1日生)が鶴亀撮影所の守衛・守屋役で出演していたり、小ネタ探しには枚挙にいとまがない。


さてこうして成田凌が関わった作品に共通しているのは、様々な表現形態は存在するが観客に笑いを提供するエンターテイメントと言うことである。

そういった作品群に成田凌が採用されているのは、彼が非常に芸達者な俳優だからだ。
喜劇を演じることは最も難しい。
泣きは普遍的な感情なので、悲しい状況をつくるのはたやすい。
しゃべりで高度に知的なレベルを要求する。 子供も喜ぶような動きの大げさなものもある。
表現手段に幅がある。
果たして、成田凌は次にどんな笑いに関する作品に出ることになるのか?
楽しみはつきない。


参考文献
喜劇の帝王 渋谷天外伝(小学館文庫)
浪花千栄子 昭和日本を笑顔にしたナニワのおかあちゃん大女優 (角川文庫)


※最新記事の公開は筆者のFacebookTwitterにてお知らせします。
(「いいね!」か「フォロー」いただくと通知が届きます)
  1. 1
  2. 2
  3. 3
  4. 4