あの美術館の学芸員が明かす!【展覧会の裏側狂騒曲】

2019/9/30 12:00 虹

◆【アーティゾン美術館】美術館を作りながら展覧会を作る



▲2020年1月に開館となる「アーティゾン美術館」の島本学芸員。美術館の名前の由来は、「古今東西の美術がひとつの地平に立ち現れるイメージ→Art on the Horizon より

トップバッターはアーティゾン美術館島本英明学芸員
10月1日にプレスリリースが出るのでネタバレしない程度に……と控えめな語り口でしたが「美術館を作りながら展覧会を作る」という、ある意味もっとも「展覧会ができるまで」に則した内容のお話しでした。
1952年、株式会社ブリヂストンの創業者である石橋正二郎が、コレクションを秘蔵するのではなく、一般に公開したいとの意思で設立したのがブリヂストン美術館のはじまり。
時は流れ2015年、ビルの建て替えとともに長期休館となりました。そして来る2020年1月、名称も新たにアーティゾン美術館として開館することになったのです。


▲新収蔵品の一部。左よりメアリー・カサット、ジーノ・セヴェリーニ、アルベルト・ジャコメッティ。どのようなかたちで展示されるのか楽しみです

杮落しは、新収蔵品も含めたコレクション展が予定されています。
「来館者に新しい美術館の誕生に立ち会ってもらいたい」という思いのもと、「すべての展示室を使う」「コレクションの変容を示す」「美術館としてのコンセプトを表現する」という基本コンセプトを軸に、一体どんな展覧会が開催されるのか期待が高まりますね。
開館が待ち遠しい方は、ぜひプレオープンプログラムに参加してみてください。館内ツアーや新収蔵品にまつわるレクチャーなど、気になるイベントが企画されています!

アーティゾン美術館
2020年1月 東京・京橋に誕生!
アーティゾン美術館 ホームページ



◆【東京ステーションギャラリー】早めの交渉は万難を排す!

東京駅の構内にある赤いレンガの美術館といえば、東京ステーションギャラリー
知られざる作家を積極的に紹介してくれたりと、とてもありがたい存在です。日本の近代美術を扱った企画も充実しており、現在は岸田劉生展を開催中。
というわけで、劉生展を担当された田中晴⼦学芸員が登壇! 展覧会開催までのスケジュールがとても分かりやすく、そしてスリリングに紹介されました。


▲東京ステーションギャラリー 田中晴⼦学芸員。現在開催中の「岸田劉生展」を担当

展覧会は2016年の1月から企画されていたのですね。
近代美術の花形的存在の劉生、没後90年ということで、他館で記念展が開催されないかチェックしたところ特になし! 競合がなければ借用交渉もしやすそうです。
劉生に思い入れのある名古屋市美術館の学芸員が名乗りを上げたこともあり、巡回先も決定
一見して順風満帆に見えていたのですが、2017年3月、遺族への挨拶を済ませたところで、前述の名古屋市美術館の担当者が他館へ異動してしまいます!
「えっ! この方が借用交渉を進めてくれていたものもあったのに……⁉」
青ざめる田中学芸員。幸い異動後も展覧会に携わることが決定したり、後任の方が引き継ぐことになったりと難を逃れます。
しかし一難去ってまた一難、なんと翌年になって他館でも岸田劉生展が開催されることが発表されたのです!
「予定していた作品を借りることはできるのだろうか……⁉」
またしても青ざめる田中学芸員。しかし早くから出品交渉していたことが功を奏し、打撃は受けずに済んだとのこと。 けれどこれで終わりではありません。展覧会には図録の作成という非常に大きな仕事が残っています。展覧会はもう間近、しかし「(この時)まだ出品交渉をしている」──‼‼ 作品が決定しないと図録も出品目録も作れません……!


▲7月14日……! 展覧会は8月31日に開幕です。図録の色校正などを考えると「せめて作品解説だけでも先に仕上げるように」の文字に編集者の焦りが伺えます……

そんなこんなでドキドキしつつも、無事に図録は校了し、結果的には当初80点出品の予定が、前後期合わせて148件172点と充実の内容に! 内覧会も無事に終わり、晴れて開幕となりました。
いやはや、私はこのトークを聴く直前に岸田劉生展へ行ったので、ものすごく手に汗握る内容でした。やはり現在開催中の展覧会の話は臨場感が半端ないですね……。

東京ステーションギャラリー
没後90年記念 岸田劉生展




◆【出光美術館】展示もする! 作品も守る! 両方やらなくっちゃあならないってのが学芸員のつらいところだな

プライスコレクションを購入したことでも話題となった出光美術館は、展覧会の大半を所蔵品で構成するという特徴を持っています。
現在開催中の「奥の細道330年 芭蕉」も然り、有名な「ふる池や 蛙飛こむ 水の音」をはじめ、多くの芭蕉自筆の句が所蔵品というから驚きですよね。
しかし展覧会をコレクションで構成するということは、テーマが被ってしまうこともしばしば。過去の展覧会で蓄積された調査を大切に、いかに切り口を変えて趣向を凝らすか──そこが担当学芸員の腕の見せ所となるわけです。

今回は芭蕉の筆跡に焦点を絞った内容ですが、先行研究が山ほどある上に筆跡の多様さ、真偽の判定の難しさなど、ハードルがとても高かったそう。僅かひと月後に書かれたものであっても「別人の字……?」と戸惑ってしまうほど、異なる筆跡を持つ作品もあるのだとか。
実際芭蕉の字を真似て書かれた作品も多いらしく、芭蕉の名前が入った現存する作品の半分くらいは真跡ではないかも? とのことでした。そういった様々なトラップを潜り抜けてやっと構成した展覧会の図面は、実は何度も書き直して出来上がったものだったのです!


▲いかにして図面がボツになりまくったかを熱く語る金子学芸員

東京ステーションギャラリーの田中学芸員のトークの中に「早めの借用交渉が功を奏した」という話が何度か出てきましたが、こちらはなんとリストアップした作品がほかの展覧会に渡ってしまったという事態に(泣)。
「結構前から貸してくださいと言っていたのですが、やはり口約束というのはだめですね……(書類を交わしたもの勝ち)」と肩を落とす金子学芸員。そのほか自館の次の展覧会の担当となっている学芸員と作品の取り合いになったり(そして負けたり)と、合計20回は図面を引き直したとのことでした。


▲出品予定だった蕪村の作品は、三井記念美術館の「素朴絵」展へ行っていたのですね(笑)

ここで「同じ館なのに、なぜ作品が取り合いになるの?」と思う方もいらっしゃるかもしれません。実はここ、とても大切なポイントなのです!
美術館は作品を広く公開するという役割を持つと同時に、次世代に作品を遺すという使命も持っています。
しかし陶磁器などに比べて紙の作品は光に弱く、展示期間が限られています。よって連続して長期出品することはできず、館の中でも出品交渉が発生してしまうというわけです。


▲こうしてみると、書画はやきものの約半分の期間しか展示できないことがわかります

「ジョジョの奇妙な冒険」に出てくるブローノ・ブチャラティ風に言うならば、まさに「良い展覧会を開催する。作品も守る。両方やらなくっちゃあならないってのが学芸員のつらいところだな」ですね。
さて、作品の取り合いが起こるということはわかりましたが、借りられるはずだった作品が急遽借りられなくなってしまうかも⁉ ということも起きないわけではないのです。
この日最も会場がざわめいたのが、三菱一号館美術館の阿佐美学芸員のお話し。
あの優雅な展示室に起こったかもしれない事件とは?

出光美術館
奥の細道330年 芭蕉




◆【三菱一号館美術館】開催まであと2週間!「展示作品の半分がイタリアから来ない⁉」
▲マリアノ・フォルチュニ展 会場風景

まばゆいドレスと美しい布たち。しかしファッション以外にも多大な功績を残したのがマリアノ・フォルチュニです。
一見、優雅で穏やかに見える「マリアノ・フォルチュニ展」の会場。しかしここでは開催直前に「借りられる予定だった作品が来ないかも⁉」という、世にも恐ろしい事件が起きていたのです!

本展は4年前から企画されており、出品作品の約半分をヴェネツィアの「マリアノ・フォルチュニ美術館」から借用して構成されています。
早くから綿密にスケジュールが立てられてはいたものの、作品が繊細なために展示方法に苦心したり、額装したくても予算が足りずに展示を諦めた作品もあったそう。


▲三菱一号館美術館 阿佐美淑子学芸員。写真は4年前、フォルチュニ美術館での打ち合わせの様子

そういったあらゆるハードルを乗り越え、さあ展覧会も目前、あとは図録が無事に納品されれば大丈夫──といったタイミングで発覚した「借用予定の作品がヴェネツィアから来ないかも」というアクシデント。この瞬間会場がざわついたのは言うまでもありません。

現在、北海道立近代美術館で開催されている「カラヴァッジョ展」でも、出品予定だった作品が来日していないという問題が起きました。なんでも担当するイタリア文化財・文化活動省内部の意見対立が原因だそうですが、こちらはなんと「イタリアの搬出担当者がバカンス中で、まだ許可書にサインをしていない」という驚きの理由。最悪の場合、展覧会が開催できないかもしれない……まさに肝の冷える思いですよね。
結果はご覧のとおり。バカンス中に出勤日のあった担当者にサインを依頼して、作品は無事日本へ。晴れて開催の運びとなりました。


▲そう考えるとあの会場は奇跡の塊だったのですね……。アクシデントは、いつ、どんな形でやってくるかわかりません

実はこういったこと、時折あるらしいのです。
展覧会会場にて、予定されていた作品が諸般の事情により出品不可となったという注意書きを見かけたり、図録には掲載されているのに会場に作品が来ていなかったり。そんなことを目の当たりにしたことはないでしょうか?
様々な事情がありますが、その一つに誤って別の作品が送られてくる、いわゆる「誤送」があるそうです。そのほか、来たはいいが展示できる状態ではないものなど、予測不可能なアクシデントもあるとのこと。優雅で穏やかな展示室からは想像もできないほど、蓋を開けるまで何が起こるか分からないのが「展覧会」なんですね。

三菱一号館美術館
マリアノ・フォルチュニ 織りなすデザイン展




◆【三井記念美術館】展覧会に完成はない! 開催後に判明した物語

▲三井記念美術館 小林祐子学芸員

ラストは三井記念美術館小林祐子学芸員。あの超絶技巧ブームの火付け役となった方です。
2014年に開催された展覧会「超絶技巧! 明治工芸の粋」は、明治工芸に施された超人的な技巧を紹介し、再評価した画期的な展覧会。なんと三井記念美術館の特別展歴代2位の入館者数だったそうです。
この展覧会で大きく注目された象牙の彫刻家・安藤緑山は、それまでほとんどの媒体で紹介されたことがなく、「謎の牙彫師」とされてきました。
僅かに残っている資料を頼りに何とか人物像を探るも、情報が足りない。けれど作品は超絶なものですから、続編となる展覧会「驚異の超絶技巧! 明治工芸から現代アートへ」でも作品がポスターに起用されることに。

そんなある日、三井記念美術館に一通の手紙が届きます。
驚くなかれ、その差出人こそ安藤緑山の遺族だったのです!
はがきには「ふと目にしたポスターに祖父の名前が書いてあって驚いた」「“謎”というわけではないです」という旨が書いてあり、小林学芸員は大急ぎでご遺族に会いに行ったのだとか。
そして解明されたのが以下のとおり!




▲とても貴重な安藤緑山のポートレート!

ストイックすぎる作品や弟子をとらなかったことから「気難しい職人気質」だと思われていた人物像も、実はとても穏やかで温和な方だったということがわかりました。写真を見ると、それも納得ですね。

このように、展覧会が終わってから謎が解明されることも多いそう。まさに「展覧会に完成はない!」
展覧会はひとつの到達点ではあるけれど、完成ではない。準備段階、開催中、開催後に新たな課題や新知見が出現することで、研究がさらに深化し、次の展覧会に活かされる。これは小林学芸員の言葉ですが、こうして脈々と文化に対する探究心はずっと繋がっていくのですね。

三井記念美術館
こちらは現在開催中の茶の湯の名碗「高麗茶碗」



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