小栗旬も心配な大河ドラマ後の仕事…『鎌倉殿の13人』和田義盛役の横田栄司が降板した舞台『欲望という名の電車』は多くの俳優が憧れた名作だった!

2022/11/4 17:00 龍女 龍女

1953年に日本版の『欲望という名の電車』を初めて上演したのは文学座であった。
初演からブランチを演じたのは文学座の看板俳優の杉村春子(1906~1997)である。
あまりに偉大な俳優で、説明してもしたりない。
映画俳優としても脇役として黄金時代の日本の代表する監督の作品に出演した。
映画主演作は3本ある。代表作は映画での遺作となった『午後の遺言状』(1995年)だ。
当コラムで2021年6月16日に取り上げた内野聖陽でも少し触れているので参考までにどうぞ。
1998年に創設された新人舞台俳優に贈られる『杉村春子賞』の由来になったと言えば、その偉大さが少しだけでもうかがえるだろう。

この時、スタンリーを演じたのは文学座の後輩であった北村和夫(1927~2007)である。
(息子の北村有起哉は、フリーランスの俳優。2001年にブランチを篠井英介が演じた舞台で父と同じスタンリーを演じた)

文学座の舞台は1954・55・64・66・69・75・80・85・87年と9回再演した。
ちなみに1969年にテネシー・ウィリアムズは来日して、杉村春子の楽屋を訪問している。

杉村春子は合計上演数593回もブランチを演じた。
杉村春子がこれだけブランチ役を続けてこられたのは、おそらくブランチの年齢設定とほぼ同じ世代で、しかもメソッド演技以前の型を中心にした技術をあらかた身につけていたからだ。
ブランチの心情にどっぷりつからずに、メンタルをやられることもなかったハズだ。


(杉村春子 イラストby龍女)

北村和夫はスタンリー役として殆どの舞台に参加したが、例外になった再演がある。
1980年の再演である。
この時のスタンレー役は江守徹(1944年1月25日生れ)で、
北村和夫はミッチ役を演じた。
この時、ブランチの妹ステラを演じたのが太地喜和子(1943~1992)である。
杉村春子は1987年の再演を最後にブランチを演じなくなった。
1963年の文学座分裂騒動以降に育った後輩が立派に育ったので、役を譲りたいと考えていたからである。
1985・87年の演出は江守徹である。

ブランチ役の候補は当然太地喜和子であった。
ブランチ同様酒好きでほら吹きだったという太地喜和子はいつかブランチを演じたいと熱望していた。
ところが悲劇が起こった。
太地喜和子は1992年の10月13日に舞台『唐人お吉』の巡業先の静岡県伊東市で、乗っていた車が桟橋から転落し溺死した。享年48であった。


(太地喜和子 イラストby龍女)

これによって、文学座で『欲望という名の電車』の上演はしばらく封印されることになったのである。
つまり、文学座に杉村春子の『欲望という名の電車』を観たことがある座員が殆ど現役を退いた今だからこそ、再演できる機会がやってきたというわけだった。

ちなみに筆者は杉村春子が亡くなった日のことは強烈に覚えている。
1997年の4月4日である。
大谷大学に入学したばかりの帰りの山陰線にのって、太秦駅までの道中の車内だった。
乗客が大阪スポーツを読んでいた。
紙面に杉村春子の訃報と、ダートの女帝ホクトベガがドバイワールドカップで安楽死したニュースが載っていたからである。


今回の35年ぶりの再演で、横田栄司はスタンリーを演じる予定だった。
しかし大河ドラマの疲れもあったのか、降板することになった。
実際、『欲望という名の電車』を観て、なるほど当初横田栄司が配役された理由がよく分かった。

彼が『鎌倉殿の13人』で演じた和田義盛は、義仲の妾だった女武者の巴御前(秋元才加)が惚れるようなおおらかさを持った武人である。
侍所の別当で、北条氏以外の武家でトップを務め、一族の棟梁三浦義村(山本耕史)を凌ぐ実力を持ったことで最後に裏切られ、壮絶な討ち死にをする。


(和田義盛と巴御前 イラストby龍女)

『欲望という名の電車』では、ブランチの妹ステラは、酷く暴力的な夫のスタンリーをついつい許してしまう。
スタンリー役を演じるには性的な魅力も含めた憎めない人柄が必要だ。
台詞だけでは通用しない強くてもろい男の魅力が伝わる人物だ。

また文学座で再演されることがあったら、是非、横田栄司のスタンリーが観てみたい。
そう思わせる素晴らしい内容の舞台劇であった。

ただし、演じるときはスタンリーそのものにならない方が良いのだろう。
かつて杉村春子がブランチを長年演じ続けてられた理由のように、メンタルそのものを役と同期してしまうと舞台俳優として持続して演じることは不可能である。
本当にアルコール依存症になってしまうと酒飲みの演技は出来ない。
俳優に大事なのは観察力である。
今時代はまた演技のアプローチ方法が変わりつつある。
メソッド演技に統計学を加味したイエール大学の演劇研究から導き出された演技法があるらしい。
つまり、ある仕草をするとどう見えるか?
高い確率でデータが導き出されているそうである。
一周回って型への再評価が行われることになるかもしれない。
俳優が健やかに役を演じる様が求められている。


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