僕のしょうもない人生を紹介します

2020/12/24 14:30拓磨拓磨


大西拓磨です。21歳、ニートです。



このたび、縁あって、ここで何か書いていい権利をいただき(、そこから半年が経ち)ました。

とりあえず、僕のここまでの人生をザバーと紹介して最初の記事と代えようと思います。



はぁ...



1999-2011

両親の反対を押し切って、99年横浜に生まれました。父と母が毎日のように喧嘩している間、僕はどちらの膝にも座れるのが楽しかった思い出です。
内気ながら足が速かったので放課後は男1女6で遊んでたし、うち2人に告白されました。(ここで自殺しておけばよかった)




これは小学生時代の痕跡として唯一残っている、船の絵と




その間取りです。



2012-2014

中学受験をさせられ3分の1が東大に行く中高一貫男子校に入りましたが、勉強は嫌いだったので遊んでいました。




雪だるまに土下座させたりとか、




ポテトを悟空にしたりして。




あとずっとパズドラやってた。無課金で属性一面+297を達成したのは僕が史上初でした。




ところで家が荒廃してきました。知らないうちに両親は離婚していて、残された母親が家事を全くしなくなり、妹は泣き叫び、猫が3匹死にました。
僕も鬱病になって学校に行けなくなったので、家出して下宿に住まわせてもらいました。(恵まれていたと思います)




下宿の共用便所の写真でも載せておきます。やたら手すりが多かったので




全部にトイレットペーパーをつけときました。



2015-2016

通っていた中高は一人暮らしを認めていなかったので、中学卒業で抜け(事実上の中退)、県立高校に入りました。
男子校だった反動で高校を女子率だけで選んだら、偏差値が半分ぐらいだったので誰とも話が合わなくて、また鬱病になりました。




右端でわかりやすく孤立してるのが僕です。




当時クラスの人間関係をマッピングしたらこんな感じでした。僕は出席番号6番




美術部に入って勝手にトリビュートアートを描いたりしたものですが、実際はこの絵のように輪に入れてはおらず、部室の外で泣いていました。
なんていうか、一人暮らし始めて初めて自我みたいなのが芽生えたのはいいんですけど、周りの男子はみんな彼女がいるのに自分には友達も家族もいなくて、寂しくて、本当にずっと死にたかったです。




女の子が気になっても、話しかけられなかったので絵を描いて発散していました。




そういえばこのうちの1人は最寄駅が一緒だったので死ぬ思いで一緒に登校しようと言ったことがありましたが丁重に断られ、




その後1ヶ月向こうのLINEのひとことが「気持ち悪い」になってました。




ハラスメントだったなと反省しています。




折り紙でも女子高生を作っていました。ちゃんと一枚の正方形(一辺1.4m)を切らずに折るだけで出来ているんですけど




こんな感じで折ってね




あとは美術の授業で全員参加だった全国きものデザインコンクール。マジになって高校生一位の賞とったけど別に誰も褒めてくれず、そのうち教室にも入れなくなったので授業中は誰もいない体育館のバランスボールで遊んだり、学校中の落ちたら死ぬとこに座ったり、朝早く登校して学年中の机に一つずつ個包装のキャラメルを入れて帰ったり、




朝早く登校して教室中の椅子と椅子を背もたれ同士で立てて帰ったり、




休日に登校して廊下に紙コップを1000個並べて帰ったりしてました。




校内模試で3回とも学年一位だったのも誰かに自慢したかったので、3回分の成績表をブーメランにして




廊下に投げて高校も2年で中退しました。


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拓磨

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