【幻の「原三溪美術館」】横浜に里帰りした伝説の大コレクション

2019/7/23 20:00 yamasan yamasan

緑や水に恵まれ、室町時代の三重塔をはじめ由緒ある歴史的建造物も移築されていて、四季折々の花やイベントで訪れる人を楽しませてくれる三溪園。



横浜・本牧の地にあるこの三溪園の創設者として知られる原三溪(本名 富太郎 慶応4(1868)年~昭和14(1939)年)がかつて収集した美術コレクションの展覧会が現在、横浜美術館で開催されています。

横浜美術館開館30周年記念 生誕150年・没後80年記念
原三溪の美術 伝説の大コレクション

場 所   横浜美術館(横浜市西区みなとみらい)
会 期   7月13日(土)~9月1日(日)
開館時間 10:00-18:00、毎週金・土は20:00まで
      (入館は閉館の30分前まで)
休館日   毎週木曜日
入館料  一般 1,600円ほか
三溪園との相互割引や関連イベントなどもありますので、詳細は横浜美術館公式サイトをご覧ください。また、会期中展示替えがあります。詳細は公式サイトの「展示替リスト」でご確認ください。


※展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は美術館より許可をいただいて撮影したものです。

生糸貿易で財をなした実業家・原三溪は、同時に古美術コレクター、茶人、近代日本画家を庇護したパトロンでもありましたが、大正12(1923)年に発生した関東大震災後は、私財をなげうって壊滅的な打撃を受けた横浜の復興に尽力、美術品収集を控えるようになり、没後、各地に散逸します。

展示会場入口


このたび横浜美術館の開館30周年を記念して開催される「原三溪の美術 伝説の大コレクション」展は、原三溪の手から離れて全国各地の美術館・博物館やコレクターの所蔵する質量ともに充実した美術作品の里帰り展なのです。

展示はプロローグ以下、5章構成になっています。
プロローグ
第1章 三溪前史-岐阜の富太郎
第2章 コレクター三溪
第3章 茶人三溪
第4章 アーティスト三溪
第5章 パトロン三溪

展示作品は全期間通じて150件、関連資料を含めると200件近く、そのうち国宝6件、重要文化財25件、盛りだくさんで見ごたえのあるの展覧会なので、見どころを2つに絞って紹介していきます。

見どころ1 幻の「原三溪美術館」を再現!


原三溪は、10年ほどかけて自らのコレクションを紹介した豪華な名品選『三溪帖』の刊行を企図しましたが、出版目前に関東大震災ですべてが焼失するという不幸に見舞われました。

現在では、三溪自らの手による作品解説などが書かれた『三溪帖』草稿(三溪園)他が残され(下の写真)、さらに大正6年から昭和14年まで原三溪が席主となった茶会の日付、客、道具立て、懐石の内容、床の飾りなどが列記された『一槌庵茶会記』(三溪園)、明治26年から昭和4年にかけての美術品の売買の記録である全5冊の買入覚(三溪園)といった資料からは三溪のコレクション遍歴や美術史観が読みとれます。


「関東大震災がなければ実現していたかもしれない、幻の『三溪美術館』を再現したものです。」と今回の展覧会を担当された横浜美術館の柏木副館長。
展覧会のチラシやポスターになっている国宝《孔雀明王像》(東京国立博物館)も「三溪美術館」の主要作品になっていたかもしれません。
(《孔雀明王像》は7月13日~8月7日のみの展示です。)
こちらは1階ロビーの撮影コーナー。「三溪美術館」に思いをはせてぜひ記念に一枚!


三溪は、古画や墨跡、仏像、さらには中国絵画、そして三溪が「創作の盛時」ととらえた安土桃山時代から江戸時代の絵画も多く収集しています。 その範囲は、狩野派、琳派、円山四条派、肉筆浮世絵、文人画と幅広いものでした。

下の写真はいずれも尾形光琳の作品で、右から《蕨図》、《紅葉流水図(竜田川図)》(五島美術館)、双幅の《伊勢物語図 武蔵野・河内越》(MOA美術館)。
《蕨図》と《紅葉流水図(竜田川図)》は7月24日までの展示ですが、《伊勢物語図 武蔵野・河内越》は全期間展示です。


続いて円山応挙。
下の写真右から三幅の《中寿老左右鴛鴦鴨》(北野美術館)、《虹図》(MIHO MUSEUM)、《美人》。
こちらはいずれも全期間展示ですが、これだけ多くの作品が一堂に会する機会はもうないかもしれないので、見逃すわけにはいきません。


そして、数多くある三溪コレクションの中で筆者の特におススメの作品2点を紹介します。
1つは、中国南宋(1127~1279)の画家・毛益(生没年不明)の作と伝えられる《蜀葵遊猫図》(重要文化財 大和文華館)。
小さい作品ですが、丁寧に描かれた花卉、もふもふ感たっぷりの猫の毛並みをぜひじっくりご覧になってください。画面左のじゃれあっている猫もとても愛らしいです。
こちらの作品は8月7日までの展示で、8月9日からは同じく伝毛益の《萱草遊狗図》(重要文化財 大和文華館)が展示されます。猫と狗。ぜひ両方見たいですね。


今回の展覧会では、大和文華館所蔵作品が全部で9点展示されます。
原三溪コレクションと大和文華館のご縁については、ギャラリートークを担当された横浜美術館主任学芸員の内山さんにエピソードをご紹介いただきました。

西洋美術の研究者で、のちに奈良にある大和文華館の初代館長に就任した矢代幸雄(明治23(1890)年~昭和50(1975)年)は、原三溪と交流していた縁から、三溪コレクションの重要性をよく知っていました。戦後、大和文華館の設立にあたり、三溪コレクションの散逸を望まなかった矢代は、大和文華館の「コレクションの核」として特に重要な作品14点をまとめて購入したのです。

原三溪は雪舟の作品も収集していました。
こちらは「伝」雪舟ですが、三溪は特にこの作品を愛し、亡くなる2日前に枕元に置いて鑑賞したというエピソードが伝えられています。
重要文化財・伝雪舟等楊《四季山水図巻》(重要文化財 京都国立博物館)。8月9日から巻替えがあります。


また、8月2日から8月21日までは雪舟等楊《四季山水図(秋)》(重要文化財 東京国立博物館)も展示されます。


見どころ2 近代日本画の発展に大きく寄与した原三溪


三溪は、明治期の日本美術に指導的役割を果たしてきた美術史家・岡倉天心の仲介によって、天心らが創設した日本美術院の画家を中心に援助を始めました。
こちらは、明治39(1906)年に岡倉天心とともに北茨城・五浦(いづら)に移った横山大観らの作品。
右から菱田春草《賢首菩薩》(重要文化財 東京国立近代美術館 8月14日まで展示)、横山大観《游刃有余地》、下村観山《白狐》(右隻)(いずれも東京国立博物館 7月24日まで展示)。

展示替え後もこちらの展示室には菱田春草ほかの作品が展示されます。

三溪は、横山大観らの作品を購入するだけでなく、生活費や研究費の支給など幅広い援助を行いました。下村観山には横浜・本牧の自らの所有地を提供して住まわせ、支援しました。
下村観山は三溪のもっともお気に入りの画家だったのでしょう。私も、今回は展示されませんが横浜美術館所蔵の《小倉山》はじめ、これでもかというくらい細部にこだわり、丁寧に描く観山の作品は大のお気に入りなのです。
こちらは下村観山《大原御幸》(東京国立近代美術館 8月7日まで展示)。細部までぜひじっくりご覧になってください。



三溪は、若い日本画家たちの育成にも力を注ぎました。
横山大観、下村観山らの次の世代にあたる安田靫彦、小林古径、前田青邨、今村紫紅らを三溪園にあった三溪の自宅に招いて、三溪コレクションを鑑賞しながら日本美術について夜を徹して議論したのです。

右から、安田靫彦《五合庵の春》(東京国立博物館 8月7日まで展示)、前田青邨《湯治場》(東京国立博物館 7月24日まで展示)、小茂田青樹《横浜海岸通り》(横浜美術館 7月31日まで展示)。

展示替え後もこちらの展示室には安田靫彦、小林古径、前田青邨、今村紫紅、速水御舟の作品が展示されます。

三溪は関東大震災を境にこのような近代日本画家たちへの支援を自粛しますが、ここに名を連ねている画家たちを見ると、三溪がその後の近代日本画に大きな影響を与えたことがわかります。

関東大震災を境にはかなくも終焉した原三溪の夢。
展示室内を歩いていると、三溪とともに幻の「三溪美術館」にいるような錯覚にとらわれ、この展覧会がいつまでも続いてほしいと願いたくなります。
しかし、この夢のような展覧会も関東大震災が発生した9月1日に終わりを迎えます。夢が終わる前にぜひ訪れていただきたい展覧会です。

展示会場を出ると「原三溪の美術」展特設ショップがオープンしています。展覧会関連グッズも充実。幻の『三溪帖』の再現ともいえる展覧会図録(税込3,024円)は、図版もきれいで解説も詳しいのでおススメです。


北茨城・五浦や三溪園と近代日本画については、昨年書いたコラムで紹介しています。観光案内も兼ねているので、ぜひこちらもご覧になってください。

日本美術の聖地・五浦へ

初夏のヨコハマ、おススメ散策&美術展ガイド~近代日本画の足跡を訪ねて五浦から横浜へ~
横浜美術館開館30周年記念について

2019年は横浜美術館が誕生してから30年。今年、横浜美術館では、すでに閉幕した「Meet the Collection ーアートと人と、美術館」(4月13日~6月23日)、今回の「原三溪の美術 伝説のコレクション」展をはじめ3つの企画展が開催されます。
そして、「Meet the Collection ーアートと人と、美術館」も、一部展示内容を変えてコレクション展として、「原三溪の美術」展と同じ9月1日まで展示されていますので、ぜひこちらもお立ち寄りください。企画展観覧当日に限り、企画展の観覧券でコレクション展もご覧いただくことができます。


9月21日から2020年1月13日までは「オランジュリー美術館コレクション ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」が開催されます。今年も横浜美術館から目が離せません。