不在の中の存在を見る 塩田千春展:魂がふるえる

2019/6/24 20:35 虹

◆あなたを乗せた船は、超次元的な旅に出る

▲《どこへ向かって》 会場風景

展覧会の会場へ向かうと、突如頭上に現れる65艘もの白い船。
この先へと前進するかのような光景は、私たち鑑賞者がこの船に乗って「塩田千春が内包する世界」へ旅立つイメージを彷彿とさせます。

船の合間を縫うようにしてエスカレーターを上ると、壮大な旅のはじまりを迎えてくれるのは、こちらの小さな作品。幼い手の上に積み上げられた繊細な造形物の中には、実は「鍵」が納められています。

▲《手の中に》 会場風景:塩田の娘の手から鋳型をつくり、鋳造された作品。

これは塩田の制作の中で一貫して語られるテーマのひとつ「不在の中の存在」に通じるもの。目には見えないけれど確実に存在する鍵は、魂や生命を連想させます。

続く約25メートルの空間には、まるで毛細血管のように張り巡らされた「つながり」を意味する赤い糸。
船はそれぞれ離れているけれど、それでも実は繋がっている──そういった目には見えないあらゆる関係性が表現されたインスタレーションですが、飲み込まれるような没入感が凄まじい。この空間を圧倒的なメッセージで埋める力こそ、塩田千春の真骨頂と言えるでしょう。

▲《不確かな旅》会場風景


メディアやSNSに掲載されたこの部屋の写真を見て、本展に興味を持った方もいらっしゃると思います。ただ見るだけでも満足度の高い展示ではありますが、作家の今までのキャリアを踏まえた上で鑑賞することをおすすめします。

──と言っても、事前に予習をしなくても大丈夫。本展では塩田がこれまでどのような作品を生み出し、どのような展覧会を開催してきたのかを「クロノロジー」の章で紹介しています。この導入部分がとても大切で、ここを経ることによって塩田の作品から受け取るメッセージが、より濃密で強いものに変わるのです。

▲ずらりと書き連ねられた展覧会のタイトル。この中から特にエッセンスとなるものが会場にて紹介されている。

今までの展覧会出品作品を知ると、「不在の中の存在」と並行して、「皮膚」「記憶」「内側と外側」といったものも塩田が扱う重要なテーマであることが分かります。

▲《静けさの中で》会場風景

焼け焦げたピアノと、それをぐるりと囲む椅子たち。ピアノから昇る黒い糸は天井を伝って椅子を取り囲み、やがて部屋中を覆いつくします。
これは塩田が幼少期に体験した、隣家の火事に基づいたもの。一夜明けて黒焦げになったピアノを見て「もう音は出ないのだけれど、美しい音色を奏でそうな気がした」と思ったそうです。音を奏でられない楽器、目には見えない音という「不在の中の存在」、そして幼いころの「記憶」
こうした強烈且つ不安定な体験は、やがて「アイデンティティ」という拭い去れないものにも繋がっていきます。

▲《時空の反射》 会場風景


海外を拠点にすることで良くも悪くも直視する自らのルーツや、国という属性
また、闘病をすることによって生と死、その先にあるマクロの世界を見つめながらも、一方で自分の中に脈々と息づいてきたものへ向ける塩田のミクロな眼差しを通じて、鑑賞者に超次元的な視点が与えられてゆくのです。

▲《内と外》 会場風景:1996年にドイツに移住し、現在はベルリンを拠点とする塩田が見た東西ドイツのイメージ。ベルリンの壁崩壊から15年後の2004年頃より、窓を使った作品を制作。本展では約230枚の窓枠を用いたインスタレーションが展示されている。



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