鎖国の時代に「U.S.A.」!?……ジョン万次郎と「ファンシー絵みやげ」 (1/4)

2018/11/16 12:00 山下メロ 山下メロ

■ ジョン万次郎を探す旅

今年はDA PUMPの楽曲「U.S.A.」が人気を博しましたが、鎖国していた江戸時代の日本から抗えない理由で渡米し、ゴールドラッシュまで体験したという、まさにアメリカンドリームを先取りした日本人がいました。それが今回のテーマであるジョン万次郎です。



ジョン万次郎について簡単に説明しましょう。江戸時代の土佐国(現在の高知県)、漁師の家に生まれた万次郎は、少年時代から働き、14歳のときに漁船で遭難します。漂流して流れ着いた小笠原諸島の無人島で仲間と半年ほど生き延びたあとアメリカの捕鯨船に救助されます。鎖国中の日本には戻れず、寄港地のハワイで仲間と別れ、なんと船長であるホイットフィールドの養子となりアメリカ本土で暮らし、学校に入って勉強したのです。


↑ 海の駅あしずり(ジョン万次郎資料館含む)にある少年時代の万次郎像。仲間と遭難中の情景とされる

およそ10年後に日本に戻り、アメリカを肌で感じてきた万次郎は開国を迫られていた幕府に召し抱えられ、中濱という姓を得、ペリーとの交渉や条約締結の裏で暗躍しました。そしてアメリカで学んできたことや体験してきたことを広く伝えるために教師となったのです。幕末の土佐藩から、坂本龍馬をはじめ数々の志士が現れた背景にはジョン万次郎の影響が強くあったのです。


↑ 足摺岬に立つジョン万次郎の銅像。救助された船の名前「ジョン・ハウランド号」からジョン・マンと呼ばれていた。

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