【あの二人が帰ってきた!】特別展「ボストン美術館展 芸術×力」は見どころいっぱい

2022/8/5 20:30 yamasan yamasan

いまトピアート部のyamasanです。

今回はコロナ禍の影響で2年延期になり、このたびめでたく開催されることになった東京都美術館 特別展「ボストン美術館展 芸術×力(げいじゅつとちから)」をご紹介したいと思います。

あの二人が帰ってきた!

今回の展覧会の注目はなんといっても10年ぶりに里帰りを果たした《吉備大臣入唐絵巻》

東シナ海の荒波を超えて二回も唐に渡り、二回とも日本に無事帰ってきた吉備真備のことですから、太平洋を渡ってアメリカから必ず帰ってきてくれると信じていましたが、こうやって実物を目の前にすると喜びもひとしお。
全四巻が全期間通じて一挙公開されるという感動の展示風景です。


《吉備大臣入唐絵巻》平安時代後期-鎌倉時代初期、12世紀末 ボストン美術館 展示風景

唐に渡った吉備大臣が、皇帝の使者たちから難題を投げかけられ、鬼となった阿倍仲麻呂の助けを受けて関門を突破するというユニークなストーリー展開や、絵巻に描かれた「ゆるキャラ」の吉備大臣や阿倍仲麻呂はすでにSNS上で話題になっていますが、この絵巻の面白さは何と言っても、吉備真備と再会した阿倍仲麻呂が、実際には生きていたのに霊となって鬼の姿で現れる設定になっているところです。

こちらは吉備大臣が「飛行自在の術」を使って阿倍仲麻呂と空を飛んで宮殿に向かう場面。

《吉備大臣入唐絵巻》(部分)平安時代後期-鎌倉時代初期、12世紀末 ボストン美術館 

史実では、吉備真備が阿倍仲麻呂とともに初めて唐に渡ったのは717(養老元)年。
吉備真備は735(天平7)年に帰国しますが、時の皇帝・玄宗に気に入られた阿倍仲麻呂は唐に残り朝廷に仕え、753(天平勝宝5)年にようやく玄宗から帰国の許可を得て、その前の年に吉備真備らとともに入唐していた藤原清河の船に乗って帰国の途につきました。
しかし、船は難破して現在のベトナムに漂着、阿倍仲麻呂は再び長安に戻り朝廷に仕え、そこで生涯を終えました。
一方の吉備真備は翌年、日本に無事帰国し、その後、阿倍仲麻呂が亡くなったあとの唐に渡ることはありませんでした。


復原された遣唐使船(筆者撮影)

復原された遣唐使船は、奈良の平城宮跡歴史公園に展示されています。平城宮跡歴史公園は以前のコラムで紹介しているので、こちらをご覧ください。

【進化する世界遺産】1300年前の都にタイムスリップ!
https://ima.goo.ne.jp/column/article/8680.html


阿倍仲麻呂は、超難関で知られた中国の官吏登用試験の科挙に合格するほどの秀才で、唐代を代表する詩人、李白、王維らの文人たちと交わり、詩歌にもすぐれていたので、後世になってスーパーマンのように人間を超越した存在というイメージがふくらんだのでしょうか。
生きている阿倍仲麻呂だったら空を飛んだりはできないので、現代の私たちがこれだけ楽しめる絵巻を見られるのは、こんな奇抜な発想を思いついた人たちのおかげかもしれません。


中国・西安市内の興慶宮公園にある阿倍仲麻呂紀念碑(筆者撮影)

手前には李白が阿倍仲麻呂の死を悼んで詠った詩が刻まれています。
反対側には、仲麻呂の有名な和歌「天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも」が漢字で刻まれています。

吉備真備や阿倍仲麻呂が滞在した長安(現在の西安)の様子はこちらのコラムで紹介しています。

あの「ゆるキャラ絵巻」が帰ってくる!
https://ima.goo.ne.jp/column/article/7876.html

「あの二人」のゆるキャラグッズもありますので、お帰りにはぜひミュージアムショップにもお立ち寄りください。



「芸術×力」の「力」とは何か?


《吉備大臣入唐絵巻》は、10年前に東京国立博物館で開催された特別展「ボストン美術館 日本美術の至宝」展で来日した時に拝見しました。 この時にはタイトルどおり、長谷川等伯の《龍虎図屏風》ほか日本美術の名品の数々が里帰りを果たしました。

続いて、2017年に東京都美術館で開催れた「ボストン美術館の至宝展-東西の名品、珠玉のコレクション」は、2点揃って来日したゴッホのルーラン夫妻の肖像画をはじめとした西洋絵画、龍の名手・陳容の《九龍図巻》などの中国絵画、英一蝶の巨大な涅槃図などの日本絵画が展示された、まさに東西の名品が競演する展覧会でした。

そして、今回のテーマは「芸術×力(げいじゅつとちから)」

さて「力」とは何だろうと考えながら展示室に入ると、最初に目に入ってくるのは、絶頂期にあった皇帝ナポレオン1世の巨大な肖像画。
そしてその隣は、絶対王政下に強権政治を行ったイングランド王・チャールズ1世の娘、メアリー王女の肖像画。


右 ロベール・ルフェーヴルと工房《戴冠式の正装をしたナポレオン1世の肖像》1812年、左 アンソニー・ヴァン・ダイク《メアリー王女、チャールズ1世の娘》1637年頃 どちらもボストン美術館

この肖像画はどちらも、時の権力者が自分たちの力を世に知らしめるものでした。
特別展タイトル「芸術×力」の「力」とは権力のことで、今回の展覧会は、権力者たちが所有し、自分たちの力を誇示した芸術など、芸術と権力との関係がテーマだったのです。

しかしながら、栄枯盛衰は世の常。

失脚したナポレオン1世が最後はセントヘレナ島へ流され、そこで生涯を終えたのはご存じのとおり。
一方、メアリー王女の父、チャールズ1世は、強権政治が引き金となっておこったピューリタン革命で処刑されてしまいました。

続いては中国・清朝の皇帝・乾隆帝の《龍袍》(下の写真手前)。

《龍袍》清、乾隆帝時代、1736-1796年 ボストン美術館

明黄色は、皇帝、皇后はじめ最も位の高い者たちだけが着ることを許された色。そして龍の爪の数は皇帝を表す5本。 まさに絶大な権力をもった皇帝のための所有物でした。

しかし、清朝の栄華も永遠には続きませんでした。

文化を奨励し、清の最大版図を築き上げた乾隆帝も、晩年には政治腐敗が進み、祖父・康熙帝の皇帝在位61年に並ぶのを避けるため在位60年で子の嘉慶帝に譲位した後に白蓮教徒の乱(1796-1804)が起こるなど清朝は衰退に向かいました。

権力者たちにとって、権力争いは避けて通ることはできないものですが、権力争いの場面が描かれた作品も展示されています。

それは、《吉備大臣入唐絵巻》とともに10年ぶりに来日した《平治物語絵巻 三条殿夜討巻》。


《平治物語絵巻 三条殿夜討巻》鎌倉時代、13世紀後半 ボストン美術館 展示風景

《平治物語絵巻》は、保元の乱のあと実権を握った平清盛らと、それに対抗する源義朝らが争った平治の乱の出来事を描いたもので、この《平治物語絵巻 三条殿夜討巻》では義朝の勢力が三条殿を襲い、後白河院を幽閉した迫力の場面が描写されています。


《平治物語絵巻 三条殿夜討巻》(部分)鎌倉時代、13世紀後半 ボストン美術館

ところが、義朝らは清盛の反撃を受けて敗退、その後、清盛は太政大臣に就き、平家全盛の時代を迎え、一方の義朝は東国に逃れるうちに誅殺され、義朝の子、頼朝は伊豆に配流されました。
しかし、その後の平家と頼朝の運命の逆転は大河ドラマ「鎌倉殿の13人」でご覧のとおりです。
頼朝の夢枕に出てきて平家打倒の挙兵を促した後白河法皇のインパクトも強烈でした。

権力者たちと美術作品の関係をひも解いていくと「諸行無常の響」が聞こえてきそうになりましたが、「力」から芸術作品を見ていくことは今回の特別展の大きな面白さの一つですし、「力」をキーワードにセレクトされた日本や海外のさまざまな作品を見ながら海外や国内のミュージアムめぐりをしている気分を味わえることも大きな楽しみの一つです。

こちらはドイツ・ルネサンス期を代表する画家、デューラーの木版画。
木版画の傑作《ヨハネ黙示録》に代表されるように、登場する人物や動物たちの大ぶりなしぐさや細部まで描き込むデューラーの版画は特に好きなのですが、この《マクシミリアン1世の凱旋車》もデューラーらしい濃厚で綿密に描かれた作品です。


アルブレヒト・デューラー《マクシミリアン1世の凱旋車》ドイツ、1518-1522年 ボストン美術館

そしてこの作品には芸術家が芸術の庇護者との関係をつなぎとめるための努力のあともうかがえるのです。
神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世の庇護を受けたデューラーは、皇帝のためにこの作品をはじめ精力的に多くの作品を制作して、100フロリーンの年金を認められました。工房の棟梁として多くの弟子たちを抱えていたデューラーは、自らや家族だけでなく、彼らを養うためにも安定的な収入が必要だったのです。

ところが、マクシミリアン1世が亡くなるとすぐに年金支給は停止されてしまいました。そこでデューラーは新皇帝カルロス5世に年金支給を請願するためにネーデルラントに旅立たなくてはならなかったのです(デューラー『ネーデルラント旅日記』岩波文庫)。工房の棟梁ともなるとその苦労は大変なものだったのでしょう。

デューラーと同時代にドイツで活躍したクラーナハ(父)や、エル・グレコの宗教画も展示されています。

右から ルカス・クラーナハ(父)《十字架にかけられた二人の盗人のいるキリスト哀悼》1515年、ニッコロ・ディ・ブオナッコルソ《玉座の聖母子と聖司教、洗礼者聖ヨハネ、四天使》1380年頃、エル・グレコ(ドメニコス・テオトコプーロス)《祈る聖ドミニクス》1605年頃 いずれもボストン美術館

この一角だけを見ると、ヨーロッパのミュージアムめぐりをしているような気分になります。そして、少し先に進むと経典や大日如来像が展示されているので、一瞬にして仏教美術の展覧会に場所を移したような気分もにもなって、興味は尽きません。

《大日如来坐像》平安時代、長治2年(1105) ボストン美術館

コロナ禍の影響で、まだまだ気軽に旅行ができる状況ではありませんが、ぜひ東京都美術館で一足早く世界のミュージアムめぐりの旅をお楽しみください!

特別展「ボストン美術館展 芸術×力」開催概要

開催期間 2022年7月23日(土)~10月2日(日)
開室時間 9:30~17:30、金曜日は20:00まで(入室は閉室の30分前まで)
休室日 月曜日、9月20日(火)
※ただし、8月22日(月)、29日(月)、9月12日(月)、19日(月・祝)、26日(月)は開室
会場 東京都美術館
観覧料(税込) 一般 2,000円、大学生・専門学校生 1,300円、65歳以上 1,400円、高校生以下無料
※本展は展示室内の混雑を避けるため、日時指定予約制です(当日券あり。ご来場時に予定枚数が終了している場合あり)。
入場方法等の詳細は展覧会公式HPをご覧ください⇒特別展「ボストン美術館展 芸術×力」
   
※会場内は撮影不可です。掲載した写真は、内覧会で美術館の特別の許可を得て撮影したものです。

※巡回展の予定はありません。