『ドライブ・マイ・カー』に登場する岡田将生演じる若手俳優に見覚えある!イケメン俳優が30代で引退に追い込まれやすい理由とは?

2022/3/24 22:00 龍女 龍女

②急にオファーが少なくなった

スター俳優をめざすイケメン俳優には登竜門になる映像作品のジャンルが大きく分けて三つある。

ヒーローモノ
学園モノ
ホラー

特に学園モノは若手俳優のアンサンブル演技がみられるので、実力が顕著に表れる。
オーディションでは、大手芸能事務所に所属する若手俳優数人が受けることになる。
合格しても他事務所から来る才能ある俳優が一人でもいると、自分の実力の程度は分かるはずだ。
稽古では自分は出来たと思っていても、本番となると実力を発揮できるか?
メンタルの問題も生じてくる。
スポーツほど優劣はハッキリとは出ない。
何度も受けているうちに配役が決まりやすい人とそうじゃない人の格差が出てしまう。

岡田将生の経歴を基に具体例を挙げてみよう。
彼が出演した学園モノで最も有名なのは
『花ざかりの君たちへ〜イケメン♂パラダイス〜』(2007年)である。
共演者で今も活躍している俳優もいるが、実は今は引退した人たちも沢山いる。
男性ではないが、主人公を演じた堀北真希(1988年10月6日生れ)は2017年2月28日付で山本耕史との結婚を機に引退。
五十嵐隼士(1986年8月7日生れ)は 2013年に引退した。

第2段階がNHKのドラマ出演である。
NHKは放送局の中ではギャラは安いので、若手を抜擢しないと制作予算内に納められない懐事情もある。
岡田将生の場合は、幸運なことに大河ドラマ『平清盛』(2012年)源頼朝役に抜擢された。
朝ドラは後に『なつぞら』(2019年前期)でヒロイン(広瀬すず)の兄役を演じている。
多くのイケメン俳優は、朝ドラ→大河ドラマの順で出世するケースが多い。

特に高槻耕史のようなイケメンとされる人は、若さがモノをいう。
見た目の問題だけでのりきれる年齢を過ぎた場合。
中身が空っぽな俳優と判断されると仕事がなくなってしまう。

そこで大事になってくるのは、撮影中などの待ち時間でどうやって時間を潰すか?になる。
映像作品で主な俳優活動をしている人の場合、本番の撮影はあまり時間がかからない。
それよりもセッティングなどの準備が多く時間を要するので、待ち時間を過ごすことも仕事の一部である。
その中で共演者と雑談に興じて仲良くなる方法もある。
しかし話題のきっかけとして趣味がないとより仲良くなるのは難しい。
飲酒やギャンブルなど、趣味がそれだけの場合、俳優としてのスキルを磨く努力が水の泡になってしまう。
売れている俳優にも飲酒・ギャンブルが趣味の人はいる。
しかし他の趣味の話題を酒のつまみにして、紐付けをしている人は長持ちしている。

俳優はどういう役がオファーされるか分からない。
何でも出来ることが求められるが、なんでもだと迷ってしまう。
できるだけ自分が興味がありそうなことだけでも、休日に継続してやっておくとそれがいつかオファーされる役柄に繋がってくるかもしれない。
また演技の仕事でなくても、趣味が新しい仕事の一部になることは
二回前のコラム
春なので『パン祭り』!笑福亭鶴瓶、的場浩司、木南晴夏、ぼる塾の田辺…芸能界で一番の「パン好き」は誰だ!
でも具体例を書いている。

学園モノのように若手を安く使える群像劇は、年齢が上がると同じ俳優のギャラが上がり予算的に企画されづらくなる。
俳優としてのオファーは20代後半から30代前半にかけて急に無くなってくる。

例えば、クイズ・ヘキサゴンで秀才の俳優として出演していた崎本大海(1986年8月23日生れ)は俳優業よりも、サイトを立ち上げて資産運用アドバイザーとしての活動を重きにするようになった。

『花ざかりの君たちへ〜イケメン♂パラダイス〜』から飛躍し『メイちゃんの執事』(2009年)で主人公を演じた水嶋ヒロ(1984年4月13日生れ)も、歌手・絢香との結婚前後を機に、俳優以外の活動(小説・実業)に軸足を移している。

実は30歳をとうに過ぎたスター俳優も決してオファーが多くなるわけでは無い。
イメージがついているので、オファーを受ける時点で仕事が厳選されているし、しかも俳優本人がやりたい役が依頼されるわけでもない。
そこで主役級が行う対策として増えてくるのが、主演俳優本人が制作に関わることである。
『ドライブ・マイ・カー』の家福悠介は自分がしたい戯曲を演じたくて演出に廻った主演俳優である。
映画界でも大スターは自分がやりたい役を企画から立てる。
演出・監督や資金集めの大きな引きになる制作総指揮を務めるケースが増えてくるのもそうした動機である。

『ドライブ・マイ・カー』の主役である西島秀俊(1971年3月29日生れ)は俳優として一旦売れても仕事がなかった。
それは 30歳を前にした1998年から2000年の時期である。
大手事務所を辞めて、小さな事務所に移り、好きな映画に仕事を絞ったので出演本数はかなり減った。
彼は映画が好きだが金がなかったので、映画館へおにぎりを持って鑑賞していた。
今の彼自体は演劇祭ではなく映画祭の常連である。

高槻耕史は、順調にドラマの主役級を続けていたなら、家福悠介の地位に近づいていた可能性がある。
しかしそこまではいけなかった。


(『ドライブ・マイ・カー』の駐車場のシーン イラストby龍女)


そこで、30前後でイケメン俳優が引退・活動休止に追い込まれる決定打が最後の理由になってくる。

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