小室哲哉を終わらせた?ニューアルバム『BADモード』が発売された24年後の宇多田ヒカルは、どこに行こうとしている?

2022/2/24 22:00 龍女 龍女

デビュー作には、2作目以降の作家が着想にする題材の断片がちりばめられている。
これはどのジャンルの創作作業にも言えることだ。
何故なら、デビュー作には生れてから長い期間の人生で凝縮された何かが込められる。
対して、デビュー作以降は製作期間が短い。
ためておいた引き出しの中身から一つの段をとりだして細部を描写していくしかやりようがない。

では、『First Love』から最新作の『BADモード』ではどんな題材を広げて描かれてるだろう?


『First Love』の曲目(間奏とボーナストラックは除く)を挙げて、説明してみよう。

①Automatic
②Movin' on without you
③In My Room
④First Love
⑤甘いワナ 〜Paint It, Black
⑥time will tell
⑦Never Let Go
⑧B&C
⑨Another Chance
⑩Give Me A Reason

『BADモード』のジャケット写真からうかがえる、First Loveの曲目の中から拡大された要素は③の『In My Room』で扱った題材、
自宅の中で感じた鬱屈した気持ち
を歌詞に綴っている。
密室で展開される日常を綴った歌詞がアルバム全曲ではないが、アルバムの基調になっている点がコロナ禍の世相にたまたまあったのだ。
今回は39歳のシングルマザーらしい日常が綴られている。
コロナ禍で制作されたアルバムだ。
写真は殆どロンドンの自宅で撮影されたモノを使用している。
メインとなったジャケット写真では、スウェットのパーカのセットアップを着て壁にもたれかけている宇多田ヒカル本人。
もう一人は2015年に生れた息子の後ろ姿が映っている。
今回組んだプロデューサー、小袋成彬とFloating PointsとA.G. CookとSkrillexとPoo Bearともリモートで制作を進めていったそうだ。

宇多田ヒカルは両親の影響で、幼少期から音楽スタジオを我が家のように使用していた。
近年は、自分の部屋にPC機材をおいて音楽を制作するDTM(デスクトップミュージック)は当たり前になっている。
すでに宇多田ヒカルはそう言われる前から近い形で制作していた。
①『Automatic』の歌詞は日常的にPCを使っていないと出てこない内容である。

現在の宇多田ヒカルは決して最先端の存在ではない。
むしろ宇多田ヒカルが変えてしまった、音楽状況がある。
後輩のミュージシャンはそれを享受して活躍している。

宇多田ヒカルは音楽業界の厳しさを、母・藤圭子をはじめとする多くの先輩方から学んできた。
反面教師という側面もあってか、自分をすり減らす前にその時々で休養を繰り返してきた。
お陰で、24年も生き延びてきたと言える。

本当に働き続けたいなら、時には休むことも教えてくれている。


(『BADモード』のオフショット イラストby龍女)

宇多田ヒカルはどこへ行こうとしているのか?
彼女の日常そのものが世界と繋がっているので、それを観察してありのままに描写しているだけだ。
筆者が惹かれ、リアルだと感じたものがある。
彼女にみえた世界を光景あるいは心象風景を描写した歌詞を音楽にのせていく。
どことは、実は今一人の人間が立っている日常にある。
ここだ。
まだ誰も知らない世界ではない。知っているはずなのに気づいていない。
創作の源泉は彼女の個人的体験なのに、まるで聞き手である筆者が経験したかのような錯覚を起こさせる。
細部を聴けばまったく経験したことがないにもかかわらず妙に共感できる何かを浮かび上がらせる。
宇多田ヒカルは、希有な才能の持ち主なのである。

参考文献:近田春夫考えるヒットe-3 マスターピースを探せ【文春e-Books】
宇野維正1998年の宇多田ヒカル(新潮新書)


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