片想いしたあの人たちに感謝の気持ちを込めて『クラスメイトの女子、全員好きでした』

2021/7/6 11:00 吉村智樹 吉村智樹




おススメの新刊を紹介する、この連載。
第57冊目は、破竹の勢いで単行本をリリースしまくる超人気作家、爪切男(つめきりお)さんの最新恋愛エッセイ集『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)です。





■在宅リモート社会化が進み、恋愛シーンは「緊急事態」


「新型コロナワクチン」接種が全国ではじまりました。なかには早々に2度目の注射を終えた方もいらっしゃる様子。ワクチンの接種で新型コロナウイルス禍が沈静化し、新規感染拡大が一日も早く収束するよう、祈るばかりです。


「ステイホーム」「緊急事態宣言」「3密回避」など歓迎せざる新語が続々と誕生したなか、心配な点が一つありました。それが「恋愛」。密になってはならない環境下で、あなたは新しい恋、できていますか?


学校や会社はオンライン化、リモート化。異性とマッチする機会は激減しているはず。恋愛なんてたいてい「濃厚接触」込みで成立しますからね。けれどもPCR検査をしていない相手とキスするのも抵抗があるでしょう。それ以前に、マスクで顔が覆われた状態では、ひと目惚れから恋愛に発展するケースそのものが少ないだろうし。「少子化」につながる、けっこう大きな問題ではないかと思います。


新しい恋が芽生えるチャンスが失われている昨今、思いだすのは過去「好きだった」人たち。小学校・中学校・高校と同じクラスだった彼は、彼女はいま、どこでどうしているのだろう。そんなふうに記憶が呼び覚まされる日はありませんか。寄る辺ない気持ちになった深夜にふと、卒業アルバムを開いてみたり、人名で検索をかけてSNSを覗き見したりした経験、誰しもあるんじゃないでしょうか。





■新しい恋愛がしにくい昨今、ふと振り返る「過去の片想い」


そんなちょい後ろ向きな気持ちになったあなたを許す、やわらかな新刊が『クラスメイトの女子、全員好きでした』。作者の爪切男さんが小学校から高校生までのあいだに片想いした女子たちの記憶を綴ったエッセイ集です。


「いま人気急上昇中の若手男性作家は爪切男さんだ」と断言して、なんら大げさではないでしょう。私小説『死にたい夜にかぎって』が賀来賢人主演で実写ドラマ化され、話題に。さらにこのたび「春の爪祭り」と題し、『もはや僕は人間じゃない』(中央公論新社)、『働きアリに花束を』(扶桑社)と毎月新刊をリリース。どん尻に控えし最終兵器が『クラスメイトの女子、全員好きでした』。トリをとるにふさわしい貫禄の一冊です。





それにしても一人の作家を三社が共同で推すなんて、ほかにいないですよ。最近それを成し遂げた人は、故・筒美京平氏(の自選傑作集)ですからね。爪切男さんがいかに時代の寵児かが、わかっていただけるでしょう。


■不器用に生きる女子の人間らしさを好きになってしまう少年


『クラスメイトの女子、全員好きでした』に登場する女子たちはマドンナばかりではありません。鼻くそを食べてしまう、すぐに嘔吐してしまう、床の油敷きの際にワックスに足を奪われ前のめりでひっくり返ってしまう、男子の金的を蹴りあげてしまう、水飲み場の蛇口を丸くわえしてしまう、思いっきり餅を投げつけてくる、幽霊が見える(と言い張る)などなど、いろんな事情があって平均的少女像になれない女子たちのほころびに爪さんは思慕を寄せてしまうのです。


爪さんもまた不器用。話しかけるきっかけをつかむため、一緒に鼻くそを食べたり、ワックスの海へ飛び込んだり、「殴れ」と迫ってみたり。女子も男子も人間未満の未完成な時期。ヒトになるため、手探りで、なんとかコミュニケーションをとろうと努めます。


爪さん、小学校からずっと成績が悪くなく、運動神経もクラスの上位。家の貧しさから、他人をおもんぱかるやさしさも持ち合わせていました。けれども見た目がちょっとファニーだったために(爪切男で画像検索してみてください。愛らしいお姿が現れます)、誰ともおつきおあいに進展するには至らなかったようです。どんなに人間の美質を並べたところで、ただしイケメンに限るが現実ですから。


爪さんの、実話がベースであろう私小説やエッセイの数々は、やさしい筆致ながら、生渇きのかさぶたをそっとはがすようなかすかな危険性があります。ますます傷のなおりは遅くなるのに、痛がゆくて背徳的な一瞬の快感が欲しくて、むしってしまう。『クラスメイトの女子、全員好きでした』に書かれたエッセイの数々は、かさぶたをはがしたときにしか現れない、再び会うことができない、小さな小さな少女たちの姿でした。





■クラスメイトの女子、全員を愛せる羨ましさ


私は爪切男さんが羨ましい。フォルム的には同族でありながら、自分には『クラスメイトの女子、全員好きでした』におさめられた20本の掌編に近しい甘酸っぱい経験は、ただの一度もありません。女子たちにとって私は「生理的に無理」な存在でした。クラスメイトの女子に話しかけたとき、彼女たちが私に見せる態度は「無視」か、「目を合わせない」か、「無視して目も合わせないか」の3択しかパターンしかありませんでしたから。


小学生の頃こそ少々ショックでしたが、次第に「はいはいBパターンね」と、なんとも思わなくなりました。こちらから近づかなければ双方ともに不快にならないわけで、「クラスにいてすみません」という気持ちで女子のパーソナルゾーンに立ち入ることなく6・3・3の12年をやり過ごしました。


そんなだから「嫌われる勇気」という本がベストセラーになったとき、タイトルの意味がわからなくて首をかしげたものです。嫌われるなんてたやすいことに、なんの勇気がいるんだって。


おっと、私の話が長くなってしまいました。


こんなふうに冷静さを欠き、書籍との客観的な距離が取れなくなるほど、誰にとっても他人事ではない一冊なんです。読むというより「接種」される感じで細胞にしみいってきます。


人が恋しくなったら、ぜひ読んでみてください。「私はあなたのことが本当に好きでした」と何度も繰り返しながら、爪さんがそばに寄り添ってくれますよ。


★ ★ ★


追記


最後に、この新刊の版元である集英社さん、私はあなたが好きです。
集英社の単行本って、他社より安いんですよね。
たいていが「これ、ほかの版元ならプラス300円するよな」と思える価格。


安価な理由が『鬼滅の刃』と『呪術廻戦』が好調なおかげであるのならば、私は『鬼滅の刃』と『呪術廻戦』が大好きです。




クラスメイトの女子、全員好きでした
1,210円(税込)
著者:爪 切男
集英社

爪さんの人生は、いたってまともじゃない。どんな自分になったって、笑って生きていける気がしました。この一冊は、私の温かい居場所です。
――アイナ・ジ・エンド(BiSH)

小学校から高校までいつもクラスメイトの女子に恋をしていた。
主演・賀来賢人、ヒロイン山本舞香でドラマ化もされたデビュー作「死にたい夜にかぎって」の前日譚ともいえる、全20篇のセンチメンタル・スクールエッセイ。
きっと誰もが“心の卒業アルバム”を開きたくなる、せつなくておもしろくてやさしくて泣ける作品。

【目次】
<小学校編> 
傘をささない僕らのスタンド・バイ・ミー/恋の隠し味はしそと塩昆布/この世で一番「赤」が似合う女の子/宇宙で一番美しかった嘔吐/ワックスの海を滑る僕らの学級委員長/恋の呪文はネルネルネルネ/金的に始まり金的に終わる恋/学校のマドンナは水飲み場の妖怪/ベルマークの数だけキスをして/幼なじみの罪とヤマボウシは蜜の味/僕とおっぱいの三年戦争

<中学・高校編> 
幼なじみの愛しき殺意/君の青ヒゲと俺の無精ヒゲ/空を飛ぶほどアイ・ラブ・ユー/アリの巣・イン・ザ・恋のワンダーランド/放課後のジャイアントスイング・プリンセス/私だけの歌姫はクラスで一番地味な女の子/霊能力美少女と肝試し大会とSMAPと/一九九五年のカヒミ・カリィ・シンドローム/噓つき独眼竜 VS 恋するミイラ男
https://books.shueisha.co.jp/items/contents.html?isbn=978-4-08-788056-4



吉村智樹