なぜか目的地に辿り着けないあなたに贈る「方向音痴って、なおるんですか?」

2021/6/16 22:00 吉村智樹 吉村智樹




「方向音痴」。多くの人が「地図通りに目的地に辿り着けない」「初めて降りる駅が恐い」、そんな悩みを抱えています。


おススメの新刊を紹介する、この連載。
第54冊目は、方向音痴を克服すべく、あらゆる手を尽くした体当たり記録『方向音痴って、なおるんですか?』です。





■いま「東西南北」どちらを向いているかを言えますか


試してみてください。
いまあなたが前を向いている方角は北ですか? それとも南ですか?


そう訊かれ「えー? そんなのわかるわけないじゃん」と思う人もいれば、かたや「わかるよ。方角がわからない人っているの?」「東西南北どころか、南東か、北北西かまでわかるよ」という人もいる。針路を把握する感覚は、人によってかように千差があるのです。


そして、とっさに東西南北が把握できない場合、あなたは方向音痴である可能性が高い。ライター、エッセイストの吉玉サキさんも「東西南北じゃなく左右で言ってもらえませんかね?」というタイプでした。目的地までのコースを東西南北ではなく前後左右で覚えようとするのは、方向音痴のひとつの典型なのです。





■方向音痴の本人が書いた画期的な克服本


そうして吉玉サキさんは方向音痴を克服すべく、遂に新刊『方向音痴って、なおるんですか?』(交通新聞社)を上梓しました。いま、この本が大いに話題となっています


これまで地図を読めるようになるノウハウが書かれた実用書は、あまた発売されていました。けれどもそれらは「読める側」の人が書いたもの。話題の新刊『方向音痴って、なおるんですか?』は、地図を読めない側の人が試行錯誤をしながら方向音痴に立ち向かう本。極めてまれなケースであり、すべての迷い人にとって待望の一冊が登場したわけです。そして「待望」したひとりが、かくいう僕でした。同じく背中に「方向音痴」と焼き印を捺された同族だからです。





■「右斜め前方にあるお店」に辿り着けない苦悩


とはいえ吉玉サキさんは、単なる方向音痴ではありません。吉玉さんはかつて北アルプスの山小屋で10年も働いていました。往時の日々を描いたエッセイ集『山小屋ガールの癒されない日々』(平凡社)で鮮烈なデビューを飾り、これをきっかけに一躍人気作家となったのです。自然界のなかで暮らしたがゆえに東西南北を認知する能力は、むしろ高かった。実際、吉玉さんは山で道に迷った経験は「ない」のだとか。


ところが、下山して東京で暮らすようになると、とたんに方角がわからなくなったのだそう。これが恐い。


たとえば「右斜め前方にあるお店」に辿り着けない。右斜め向こうにあるお店へ行こうとすれば、当然、どこかの角で右折をしなければならないですよね。けれども右折をすると、さっきまで「右斜め前方にあるお店」だったはずの目的地は左に存在する。存在しやがるんです。めんどくせえ。どこへ消えたんだ「右斜め前方にあるお店」!


書いているだけややこしいんですから、実際に歩くとなると、もうたいへん。頭を抱えてうずくまるしかなくなります。方向音痴族にとって「ナナメ」って鬼門なんです。東西南北がさっぱりわからなくなるし、前後左右でも認識できなくなる。「おら、東京さ無理だ」と膝から崩れ落ち、ふるさとのおっ母の味噌汁が恋しくなり、涙ながらに手紙をしたためるしかない。


吉玉さんはそんなふうにダンジョンのように入りくんだ都会でしばしば路頭に迷い、苦境にさらされます。Googleマップを現実の街と重ねながら状況を掴むことが難しい。ナビから「南へ」と指示されても、南が右か左かがわからない。目の前に十字路が現れると、足がすくんでしまう。そうして方向音痴に悩むのがつらく、次第に行動範囲が狭まってくる。そんな悪循環に陥ってしまう。





■方向音痴が人命にかかわる場合も


同じ方向音痴族からすると、吉玉さんがお書きになっている事例はすべて、うなずくばかり。「右足を出して左足を出すと、歩けます」くらいあたりまえで、それが日常。Googleマップで検索する目的地自体が間違っていたり、目印にしていたコンビニが思っていたのと違っていたり(改めて『セブンイレブンって多っ!』て驚かされます)。そんなの茶飯事。僕は関西在住なのでよく滋賀県へ取材しに行くのですが、電車を乗り間違え、何度「びわ湖の反対側」へ行ってしまったことか。取り返すまでに大げさではなく半日かかってしまいます。


徒歩でこの調子ですから、自動車なんてとんでもない。現在は運転能力に自信がないため自動車やバイクには乗っていませんが、かつてはどちらも所有していました。あの時期、まー、道に迷った迷った。乗っちゃいけない高架道路を直進してしまい、下道へ降りられないまま他県まで強引に連れ去られたり(自分で運転してるんですが)、街灯が乏しい夜の河川敷沿いの道路をきょろきょろ運転していてバイクごと土手へ転がり落ちたり。こうなると方向音痴は笑い事ではありません。人命にかかわります


しかし方向や方角を把握できる人からすれば「なんで迷うの?」「地図を見ればいいじゃない」「アプリ見ないの?」と、さっぱり理解ができない。そういう点で、相互理解を深めるための一冊にもなっています。





■専門家からアドバイスを受け方向音痴を克服


そうして吉玉さんは方向音痴に打ち克つべく、認知科学者、地図作家や研究者、地形の専門家らのもとを訪ねます。そこで得た知見を活用すべく、あがきながら都区内の街歩きにチャレンジ。努力の末、まるで霧が晴れるように、次第に立ち位置からの配向感覚をつかむようになるのです。


ここでの専門家や学者たちからのアドバイスの数々はもう! 目からウロコが5万枚落ちる有益なものばかり。なかでも頭の中で「地図の上に立ってみる」思考法は僕も実践して納得しました。ありがとうございます!


でも、思うんです。平成の頃「巨大迷路」って流行ったじゃないですか。あれ、迷わずにすんなり脱出できたとしたら、なにがおもしろいのかなって。著者の吉玉サキさんはこの本で方向音痴の克服を目指し、実際にかなり悩みを解消します。それでも吉玉さんは今後も「迷う」日々を楽しむのではないでしょうか。そう感じてしまうほど、道に迷う描写から、書いていて楽しい気持ちがビシビシ伝わってくるんです。


文章のうまさに舌を巻くこと請け合い。「迷い」の描写に迷いがない。笑って、ためになって、人生という名のくねくね曲がった道を歩いてゆく勇気ももらえる、オリエンテーリングのコンパスのような新刊でした。



方向音痴って、なおるんですか?
著者:吉玉サキ
価格1,540円(税込)
交通新聞社

「ウロウロ試行錯誤」の軌跡。
Web「さんたつ」の体当たり連載「グーグルマップを使っても迷子になってしまうあなたへ」が単行本になりました。
方向音痴の克服を目指して悪戦苦闘!
迷わないためのコツを伝授してもらったり、地図の読み方を学んでみたり、地形に注目する楽しさを教わったり、地名を起点に街を紐解いてみたり……教わって、歩いて、考える、試行錯誤の軌跡を綴るエッセイです。
https://www.kotsu.co.jp/products/details/611111.html



吉村智樹