【聖地巡礼】フェルメールが生きたデルフト散策!

2020/6/29 20:20明菜明菜

こんにちは、オランダ大好き美術ブロガーの明菜です。

皆さんは、オランダ美術と聞いてイメージする絵画はありますか?実はこちらの《真珠の耳飾りの少女》は、オランダの画家ヨハネス・フェルメールが描いた作品です。


ヨハネス・フェルメール《真珠の耳飾りの少女》1665年頃 マウリッツハイス美術館(ハーグ)

透明感あふれる少女と黒い背景のコントラストが強い印象となり、一度見たら忘れられない絵画ではないでしょうか。この少女はよくクイズ番組で「何という絵画でしょうか?」「誰が描いた絵でしょうか?」と問題にされているので、多くの方がご存じだと思います。

ではこちらの風景画はどうでしょうか?


ヨハネス・フェルメール《デルフトの眺望》1660年-61年頃 マウリッツハイス美術館(ハーグ)

《デルフトの眺望》も同じ画家、フェルメールの作品です。デルフトはオランダにある街で、17世紀にはフェルメールが生まれ、暮らし、旅立った街。都会の喧騒から離れて時間がゆったりと流れるいい街です。


デルフトの街並み

この記事ではフェルメールが暮らした家を始め、デルフト観光の見どころやグルメ情報をお伝えしていきます。美術好きはフェルメール巡礼の参考に、そうでない方も写真が癒しになればと思います!(2019年9月に撮影)


空飛ぶ狐亭

宿泊とレストランを兼ねる『空飛ぶ狐亭』があるのは、フェルメールの生家があった場所。もともと空飛ぶ狐亭はフェルメールの父親が営んでいた居酒屋兼宿屋で、その後は別の用途で使われていたようですが、数年前に『空飛ぶ狐亭』になりました。

フェルメールが暮らした家は他にも。また、絵に描かれた場所にも行くことができます。


ヨハネス・フェルメール《小路》1658年頃 アムステルダム国立美術館

例えば、《小路》という作品。長らくどこで描かれたのか議論が続いていたのですが、2019年にアムステルダム大学の美術史教授が特定したとの報道がありました。その場所がこちら。



ご丁寧に絵の中の人物が描かれ、「ここですよ」アピールが凄い!実際にフェルメールのおばさんが住んでいた場所で、彼のアトリエも近くにあったらしいので、ゆかりのある場所なのは確かでしょう。

《デルフトの眺望》が描かれたのも、もちろんデルフトです!



絵と比べると目の高さがかなり違いますよね。私は地上で写真を撮りましたが、フェルメールはもっと高いところから見た景色を描いているのではないでしょうか。


ヨハネス・フェルメール《デルフトの眺望》1660年-61年頃 マウリッツハイス美術館(ハーグ)

フェルメールの絵画は30点強しか現存しておらず(しかも1枚は盗難され、まだ見つかっていない)、貴重であるとともに数が少ないからこその楽しみ方もあります。それができるのが『フェルメール・センター』です!


フェルメール・センターの複製展示

デルフトのフェルメール・センターでは、彼の全作品を原寸大で複製したパネルを見ることができます。概ね作品が制作された順となっています。


《牛乳を注ぐ女》の複製 フェルメール・センター

アムステルダム国立美術館にある有名な《牛乳を注ぐ女》の複製もあります。日本の国立西洋美術館で見られる《聖プラクセディス》の複製も。


《聖プラクセディス》の複製 フェルメール・センター

ここはフェルメールに関するあれこれを展示しており、絵具に使われた顔料や17世紀の食器も展示されていました。《牛乳を注ぐ女》っぽい壺もあります。


17世紀に使われていた壺

彼は『カメラ・オブスクラ』という現在のカメラの原型のようなものを使って絵の下書きなどをしていたのではないか、と言われているのですが、その『カメラ・オブスクラ』も展示されていました。フェルメール・センターの外の景色と通行人が映っています。


カメラ・オブスクラによる像

現代ではテレビやスマホの動画を見慣れているので、四角い画面に別の空間の映像が映っているくらいでは驚かないかもしれませんが、17世紀の人々は驚いたのではないでしょうか。見えている空間が別のスクリーンに投影されているなんて、考えてみたら不思議なことです。2つも同じ空間があるのですからね。

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