【20歳の群像】第4回 プーチン

2014/3/28 10:30 ドリー(秋田俊太郎) ドリー(秋田俊太郎)



本コラムの作者ドリーさんは、村上春樹氏の「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」Amazonレビューにおいて、日本記録である23000票以上の「参考になった」を集め、大きな話題になりました。

この連載「20歳の群像」では、過去の偉人が20歳の頃に何をしていたのか?
ドリーさんならではの視点と語り口で迫ります!(いまトピ編集部)





プーチン、自らを語る

いよいよ春にさしかかって、外も穏やかであったかい日がつづいてきましたね。

こういう季節のときに、ふと考えてしまうのは、やはりプーチンのことである。プーチンのことをあらためて問い直したい。そういう季節だと思う。例のグルジア紛争で今最も旬というか、ホットなプーチン。

この企画も4回目に突入し、この季節に乗じてプーチンをとりあげることは今しかないと思ったのだ。プーチンといえば・・・思い返せば、「柔道」・・・とか「怖い」というイメージがすぐ浮かぶけど、いまいちボンヤリしてるのが日本人の総意だと思う。


にもかかわらず日本人はけっこうプーチンが好きだ。
ロシアよりプーチンの知名度のほうがでかいんじゃないかっていうぐらいプーチンの存在感は光ってる。いや、好きだというわりにプーチンのことをよく知っているわけではない。プーチンというキャラクターが好きなんだと思う。

ネットにおけるプーチンのネタ的あつかいはホッとするといっていいほどいいぐあいに常習していて、ほどほどに人気があるし(いや知らないが、けっこう見かけるからあるんだと思う)それもすべてプーチンという「キャラ化」がパターンとしてあって、「怖いプーチン」という大前提があるなかで、イルカとじゃれあうプーチンを見ては、「可愛いな」とか、そういうことを思ったり、裸で猟銃を持つプーチンを見ては、ほっこりしたりと、とにかくプーチンのあんなとこ、こんなとこ、を見るのが日本人はけっこう好きだ。なんで好きなのかはよくわからないが。


「オレたちが求めるプーチン」は元スパイという経歴もあり、「切れ者のプーチン」であったり「時に暗殺もいとわない独裁者」みたいなダークなイメージも加味され、もうどんどんキャラ的なケレン味が度合いを増していっているように思える。

たしかにキャラ立ちはすごい。メドヴェージェフとかいう、あんなカツあげされそうなとっちゃん坊やとはわけが違う。

しかし日本におけるプーチンいじりはあきらかにデフォルメされた「プーチン像」をまとい、その実像を覆い隠してるように思う。
このことに関し、ボクも長らくこれは違うんじゃないか、と思ってきた。そこで今回、いやぁ違うんだ、プーチンは実はそんなやつじゃないんだ、プーチンって意外にこんなやつなんだ、っというのを伝えたがために此度ここに筆をとったわけなのだが、ちょっと困ったことがおきたのである。


何が困ったのかというと、プーチン自伝を読んでみたら、そこにいたのは本当にただの「プーチン」だったのだ。要は日本人が「プーチンってこんなやつだろう」と生半可な知識で思ったプーチンがそのまま当ってた、みたいな。オレ達が求める、デフォルメされた「プーチン像」をまごうかた無き 体現したかのようなプーチンがそこにはいたのだ。

あまりにプーチンすぎて、正直困った。まるで「これがプーチンだろ?」とこちらのプーチン像を先取りするプーチンがいたのである。


たとえば子供時代。貧乏な家庭で育ったプーチン少年。少しだけ内気だったのだが、ある時期、ボクシングをはじめ、サンボや、柔道を習い始め、もういきなり武闘派プーチンとして頭角をあらわしはじめる。

そこからスパイ小説を読み、「スパイってかっこええ」と思うプーチン少年。プーチンの源流は、「スパイ憧れ」なのである。ここだけ妄想気質のオタクでちょっと好感が持てるが、プーチンの場合は体育的なこともそつなくこなせてしまうから、まさにプーチンなのである。

よーしおいらスパイになるぞ、と決意したプーチン少年。なんと中一のときに、いきなりKGBの支社(ソ連のスパイ組織)に出向き「スパイってどうやってなれるんですか」と聞いちゃうのである。これもジョブズのときと同じく成功者に共通する「ズバ抜けた積極性」ってやつである。

ところが担当者から「いやぁうちはスパイ組織だから、自分から「スパイなりたいです!」みたいなやつは痛いからとらないよ。もしなりたいなら法学部いきなさい」といわれ、スパイをめざし法学部をこころざすプーチン。

そのまま猛勉強し、大学に合格。このとき20歳。「20歳のときにどれだけのことをしていたか」というと。奨学金だけは生活ができなかったので、建設現場でアルバイトをしながら、大学生活をエンジョイしつつ、ここでも文武両刀というか、プーチン最強伝説というか、市の柔道大会で優勝したり、二年後には柔道の師範になっていたりするのである。

からんできたチンピラを一瞬でけちらしたり、プーチン武勇伝はとどまることをしらない。そんでもって恋愛とかもしててよ。「大学時代、あなたも恋愛をしましたか?」とかインタビュアーが聞くと「しないものがいるかい?」とか答えちゃってんの。もうなにこいつ。

それでキャンパスライフをそつなくこなしながら「スパイになるぞ、今になってやるぞ・・・」と闘魂をたぎらせるプーチン青年なのである。


しかし前述した通り、スパイは自分からスパイになりたいです!というやつをとらないので、プーチン青年は、ずーっと向こうから声をかけられるのを「待つ」っていうしんどい状態。待てど暮らせど何もおきず、四年たっても何も起こらないので、仕方なく「ダメだ・・・もう弁護士にでもなろうかな」と思うのだが、そのとき、一人のナゾの男がそばにやってきて「きみの就職について話がある。具体的なことは言えないがね」とスパイ丸出しな感じで近づいてくるのである。

「うわ、ついにきた!」と思うプーチン青年。「まぁ具体的なことは何もいえないが、われわれが指定する配属先で働いてもらいたい」といわれ、プーチン青年「ああ、これは確実にスパイや、会話のノリがもうスパイや」と思うのである。そこで何も具体的なことがわからないまま「はい!」と即決するのであった。

スパイのノリを敏感に察知したプーチン。暗黙の了解で、「スパイになったことは誰にも言うなよ」というノリも理解する。のかと思いきや、翌日「おれ!おれ!スパイになった!スパイ!」と友達に思いっきり自慢しちゃうのである。

ここだけプーチン、バカっぽいのである。


ここからプーチンの新米スパイ修行が始まるわけなのであるが、スパイの仕事は反政府的な活動を未然に察知し、阻止するというものなので、その活動に躍起になるプーチン青年。このとき29歳。

出世して東ドイツに派遣され、ドイツの内情をリサーチするスパイとして暗躍するが、東ドイツがベルリンの壁崩壊で共産主義がなくなり、プーチンあせる。
なぜならドイツの情報を(同じ共産主義である)ソ連に送る意味がなくなったから、KGBのスパイとしての仕事がまったく意味のないものとなったのだ。


プーチン「あぁ、もうなんかKGBでスパイとかめちゃカッコいいとか思ってたけど、もうなんかこの仕事、未来ないよな・・・」とスパイをやめ、何か新しいことがしたいと思い立ち、博士論文をかくために大学で働き始める。

その縁で、ある政治家アナトリー・アレクサンドロヴィッチ・サプチャク(言いにくい)のアシストをしてくれないかと知人に頼まれ、そのアナトリー・アレクサンドロヴィッチ・サプチャクに自己紹介するとそいつから今度はスタニスラフ・ペドロヴィッチ・メルクリエフっていう、これもまためんどくせぇ名前のやつを紹介され、政治の世界に入っていくプーチンなのであった。


ここからプーチンワールド全開というか、ある国が「ロシアを占領者」といったら、会場をそそくさと出て行ったり、もう「怒りんぼプーチン」がこのときから炸裂して、プーチンは怖いぞというキャラ認識が各方面に伝わっていくのである。

アシストしてた政治家が選挙に負けて、一時期、無職になってたりするのだが、そのときのキャラが功をそうしてか「きみいいね」と政治家から大統領府の広報局長としてまねかれる。

そっから怒涛のごとく出世して、大統領候補となるのだが、これはいわゆる「上層部からのおまえ一回大統領になって痛い目みろや」というちょっとした上のいやがらせだとプーチンは思い、「よっしゃ、おまえら見とけよ。オレを大統領にして恥じかかせたいんやろうけど、その間に、この国の悪党ども全員ぶっつぶしてやらあ」と武戦派プーチンがここでもいきまき、チェチェンの反乱軍と喧嘩したり、もうプーチン感まる出しなんである。

プーチンがこんなプーチン全開でいいのかよって。この経歴を見ても、もう隙がないほどにプーチンで、プーチン過ぎてもうくやしいぐらい。

ちょっとぐらいプーチンのプーチンらしくないすげぇダセぇとこないのかって血眼になって探したら、一箇所だけ、ものすごいダサいとこあって、インタビュアーから「プーチンさんっていつも冷静ですよね」って聞かれて、「ああボクはいつも冷静だよ。冷静すぎて怖いぐらいだ」ってプーチンがいうんだけど、東ドイツのベルリンが崩壊したとき、プーチンの友達が「あんなあせりまくってたプーチンは見たことない」っていってて「おまえ冷静やないやんけ」ってほんと、心底思ったぐらい。

もうなんなのプーチンって。



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