数奇な運命をたどったドレスデンの至宝《システィナの聖母》

2019/9/12 12:00 yamasan yamasan
つまらなそうに上を見上げる天使たち。

(ドレスデン アルテ・マイスター絵画館のチケット)

さて、この二人の天使は何を見ているのでしょうか?

それは、雲の上に出現した幼いキリストを抱いた若き聖母マリアでした。

(アルテ・マイスター絵画館のパンフレットより)
この作品はドイツ・ドレスデンにあるアルテ・マイスター絵画館(ドレスデン国立古典絵画館)が所蔵するイタリア・ルネッサンス期の天才・ラファエロの名作《システィナの聖母》。
前回のコラムで紹介した選帝侯アウグスト1世「強王」の息子で、父と同じく絵画の収集に熱心だったフリードリヒ=アウグスト2世が特に気に入って購入したものでした。

ドレスデンの絵画コレクションを収集したアウグスト親子。アウグスト強王の後ろで少しすました顔をしているのが息子のフリードリヒ=アウグスト2世。こちらは前回紹介した「君主の行列」です。



前回のコラムはこちらです。
【ドレスデン】戦災からよみがえったバロックの街
https://ima.goo.ne.jp/column/article/7405.html

しかしながら、いくらザクセンの領主が気に入ったからといってすぐに入手できるものではありませんでした。なにしろ《システィナの聖母》は、イタリア北部にあるピアチェンツァの聖シスト修道院の祭壇画。修道院の側も簡単に「はいどうぞ」と言うわけにはいきませんでした。
売買交渉は難航しましたが、最終的には2万ドゥカーテン(※)と、複製画の制作費用をザクセン側が支払うことで売買が成立しました。
現在、ピアチェンツァの聖シスト修道院には複製画が飾られています。
(※)ドゥカーテンは当時の金貨。2万ドゥカーテンが現在の価格に換算するといくらになるか想像がつきませんが、今売りに出したら何百億円?

アウグスト橋を渡った新市街に誇らしげにそびる、ドレスデンの絵画コレクションの基礎を築いたアウグスト強王の黄金色に輝く騎馬像。


フリードリヒ=アウグスト2世が《システィナのマドンナ》を購入したのが1754年。その後も気に入った絵画を購入したかったのですが、1756年に七年戦争が勃発し、ザクセンも軍備にお金をかけなくてはならなくなりました。
七年戦争はプロイセンとオーストリアの長年の遺恨から始まった戦争でしたが、二つの強国の間にはさまれたザクセンも戦場になり、プロイセンの砲撃で市街地の多くが破壊されました。

七年戦争は1763年に終わり、軍備の支出で国庫がカラになっても美術品を収集しようとしたフリードリヒ=アウグスト2世が同年亡くなり、アート大好きなアウグスト親子の美術品収集は幕を閉じます。親子二代で収集した価値のある美術品はおよそ4000点にものぼりました。
(そのうち約1000点は1769年にロシアに売却され、エルミタージュ美術館に移されました。)

ツヴィンガー宮殿内にあるアルテ・マイスター絵画館には、アウグスト親子が特に好んだルネサンス期のイタリア絵画、それにデューラーやクラーナハ、レンブラントにフェルメール、ムリリョ、プッサンはじめ、16~17世紀のオランダ、ドイツ、スペイン、フランスを代表する画家の作品が展示されています。


1768年には、当時ライプツィヒ大学に留学していたゲーテがドレスデンを訪れ、滞在していた数日間、絵画館に通って「貴重な体験」をしたのですが、聖母教会の円天井の上から七年戦争の戦禍の跡が生々しく残っていたドレスデン市街を見て心を痛め、暗い気分でライプツィヒに戻りました。(ゲーテ『詩と真実(第二部)』(岩波文庫)P186-188)



プロイセン軍の砲撃でも被害を受けなかった聖母教会ですが、前回のコラムで紹介したとおり第二次世界大戦末期のドレスデン空襲では大きな被害を受けました。

二度目のドレスデンの戦禍も乗り越えた《システィナの聖母》ですが、第二次世界大戦後もさらに苦難の道が続きました。
《システィナの聖母》を始めとしたドレスデンの絵画コレクションは戦利品としてソ連軍に接収されてしまったのです。

しかしながら、幸いなことに1955年にはフェルメールの《窓辺で手紙を読む女》やジョルジョーネの《眠れるヴィーナス》ほかとともにドレスデンに無事戻され、ふたたび「ドレスデンの至宝」となりました。

アルテ・マイスター絵画館のパンフレットの表紙には《システィナの聖母》と並んでフェルメールの《窓辺で手紙を読む女》の写真が掲載されています。ドイツでも大人気のフェルメールはラファエロと並ぶ同館の二枚看板なのです。


以前ドレスデンに行ったとき、フェルメールの《窓辺で手紙を読む女》を見ていたら、地元の若い女の子二人が「これを見たかったの!」と話しながら近づいてきてしばらく眺めていました。手に持つものは手紙からスマホに変わっても、思いを寄せた人からくる便りを待つ乙女の気持ちは変わらないのでしょう。

(昨年そごう美術館で開催された「フェルメール光の王国展2018」で撮影したリ・クリエイト作品)

イタリア→ドイツ→ソ連→ドイツと長い旅を続けた《システィナの聖母》ですが、めでたく戻ってくる絵画ばかりではありません。
盗難に遭ったり、戦争や政治に翻弄されたりして失われた美術品も多くありました。
こういった失われた美術品をテーマにした書籍が発売されました。
《システィナの聖母》のことも出てきます。
実話なのにまるでサスペンス小説を読んでいるような面白さ。アートファンにおススメの一冊です。

『失われたアートの謎を解く』(ちくま新書)青い日記帳(監修)