人々のふとした「隙」を見逃さずに撮った話題の写真集「隙ある風景」

2019/8/5 15:00 吉村智樹 吉村智樹


▲「言われてみれば、そうだよな」と、うなずくしかない。このように、人々の愛すべき「隙」にフォーカスした写真集「隙ある風景」が話題だ


ライターの吉村智樹です。


連載「特ダネさがし旅」
特ダネを探し求め、私が全国をめぐります。





■人々の「隙」にレンズを向けた写真集が話題


この夏、破格にトンデモない写真集が発売されました
それが「隙ある風景」



▲人々の「隙」に焦点を合わせた自費出版写真集「隙ある風景」(ケイタタ著/5.980円/税込)


この「隙ある風景」は、市井の人々が、ふと油断した瞬間、いわゆる「隙」をシャッターで切り取った写真集。








このようなストリートスナップが135枚。「人々の隙を撮る」というコンセプトだけでも奇特なのに、製本がさらに驚異。なんと使い古しの段ボールを切り抜いて表紙にするなど、一冊一冊が手作りなのです



▲著者であるケイタタさん本人が段ボールを切り取って表紙に



▲表紙は使い古しの段ボール。すなわち、同じ表紙のものはない。すべて一点ものだ



▲製本はハンドメイド。タイトルなどもマジックペンで手書き。気が遠くなる作業


ページをめくるたびに、街を行きかう人々の心拍音や呼吸音までもが聞こえてくるような写真群。
熱いほどの体温が使わる、気が遠くなるような作業のハンドメイド製本。


これら掟破りな写真集を自費出版したのが、コピーライターの「ケイタタ」こと日下慶太さん(42)。



▲街の「隙」にピントを合わせるコピーライター、ケイタタさん。


自分で撮影した写真に、短くも的確なコメントをつけ、人々の愛すべき「隙」をさらに輝かせています。


コピーライターが、なぜ写真集を上梓したのか。
なぜ、暮らしのなかでふとほころぶ「隙」を撮ろうと考えたのか。


ケイタタさんにお話をうかがいました。


■街を歩くときは常にアンテナを張る。もう音楽は聴けない


――まず掲載されている写真の量に圧倒されました。どこでお撮りになられたのですか。



ケイタタ
「東京と大阪で撮った写真が多いです。2008年から2011まで東京に住んでいて、現在は大阪に住んでおり、それぞれ通勤のときに撮っています。あとは仕事柄、地方のあちこちへ行けるので、その土地その土地で撮っています」


――僕も街の写真を撮るのがライフワークなのですが、とはいえケイタタさんのように「隙」を見つけられる眼力がありません。どのようにして人の「隙」を見つけて撮ることができるのですか。




ケイタタ
つねにアンテナを張っています。街を歩くときは観察に全神経を集中します。以前は音楽を聴きながら歩いていたんですが、いまは音楽を聴きながら歩くなんて無理ですね











――コピーライターの方って、もっとおしゃれなものをつくるイメージがあったのですが、ぜんぜんそうじゃないのがスゴイと感じました。




ケイタタ
広告って、隙がないんです。その反動で、『隙だらけなものをつくってみたい』、そんな気持ちになったんじゃないかな」





■ブログから生まれた「隙ある風景」


――撮影は何を使っているのですか。スマホですか。




ケイタタ
「コンパクトデジタルカメラです。カメラをさっと取り出せるように、ポケットにいつもキヤノンのパワーショットを入れています。スマホでは撮らないですね。ズームが効かないし。それにあくまで僕の個人的な感覚ですが、スマホで撮るのは『ずっこい』(ずるい)気がしてね。カメラで撮ることにはこだわっています」





――このたび上梓された写真集」は、もともとは同じ名前の写真ブログ「隙ある風景」( https://keitata.blogspot.com/ )への投稿を厳選したものなんですよね。ブログには何点の画像が掲載されているのですか。



ケイタタ
「およそ5000点です


――ご、5000点も! 人間ってそんなに隙があるんですね。写真ブログを始められた理由は。




ケイタタ
「東京コピーライターズクラブの最高新人賞をいただいたんですが、自分のなかでは、それはまぐれだという感覚があって。ずっと『自分はコピーライターのわりに文章がへたくそやな』と悩んでいて、言葉のトレーニングのために日記を書き始めたんです。でも、続かなくてね。それで『写真ブログやったら三日坊主にはならないのでは』と考えたんです。日常のなかで撮った写真に文章を添える形なら、続くのではないかと。それで、『フォトデイ』という、しょうもないタイトルのブログを始めたんです」


――はじめは「隙ある風景」ではなく「フォトデイ」だったのですか。




ケイタタ
「そうなんです。ブログは他人に見せる意識はなく、はじめは自分の訓練用にやっていたんです。なのでタイトルは適当につけました。すると、ちょこちょこ読んでくれる人が現れだし、『おもしろいね』と言ってくれる人が増えてきて。特に、人の“隙”を撮った画像は『人間のおもしろさ、愛らしさが写っている』と評判がよくてね。それで3か月くらい経ってからブログタイトルをフォトデイから『隙ある風景』に変えました。それが2008年ですね」








■カメラを持ち歩くと、街の風景が違って見える


――写真集や写真ブログ「隙ある風景」を拝見させていただき、まず「写真のうまさ」に驚かされます。シャッターチャンスを見逃さない動体視力とレンズを向ける素早さがとにかくスゴイ。なぜカメラがそんなにお上手なのですか。




ケイタタ
「もともと写真を撮るのが好きだったんです。カメラ歴は25年になります。海外を旅行するたびに撮っていたんですが、次第に海外を訪れないと撮らなくなってきて。『これではあかんな。日本国内で撮れるテーマはないかな』と考えるようになって」


――それで日本でもお撮りになるようになったのですか。海外でも、やっぱり街の人をお撮りになられていたのですか。




ケイタタ
「いやあ、はじめは景色でしたね。大学時代にユーラシア大陸を横断したんです。その時に、かなりたくさんの絶景を撮ったはずなんです。けれども帰国してみれば結局、自分のなかで気に入った写真は、ルーマニアで撮った酔っ払いのおじさんだったんです。それもあって『やっぱり、おもしろいのは、人やな』と確信したんですが、とはいえ『こういう写真は、日本では撮れないだろう』と自分のなかで線を引いていたんですね」


――「日本では撮れないだろう」という考えが変わったのは、どうして。




ケイタタ
「ブログを更新するためにカメラをつねに携帯するようになったからですね。カメラを持ち歩きはじめると、街の見方が変わるんです。まず気がついたのが、眠っている人の多さ。『日本の街って、こんなに寝てる人おるんや』『めっちゃ寝てるやん』って。そうやって街の人々の様子を観察するようになっていきました。そして『あ、日本でも撮れる』とひらめいたんです。自分の視点や考え方が変わるという点でも、ブログはお勧めですよ」





■「それぞれの人生を愛する」、それがこの写真集のテーマ





――読ませていただき、スナップ写真やストリート写真として極上ですし、時代の空気感も写っていて、平成時代の貴重な記録だと思いました。ご自身の作風に影響を与えた方はおられますか。




ケイタタ
「スナップ写真やストリート写真は、昔から好きでした。フランスのアンリ・カルティエ=ブレッソンや、日本なら森山大道の写真を好んで観ていました。ブレッソンのストリート写真って、パリの街の活気や人々の息遣い、時代の雰囲気まで写っていて、たとえ100年後に観た人でも感心させる力があるんです。僕も数十年後に、観た人に『当時の日本って、こんなんやったんや』と思ってほしいですね」


――ストリートスナップを撮影したり、写真ブログを更新したりする行為は、本業であるコピーライティングに役立っていますか。




ケイタタ
「役に立っていると思います。ブログをやっていると、視点や言葉のセンスが磨かれます。コピーや文章を書くのが、とても早くなりました。長文も苦にしなくなりました。『迷子のコピーライター』という本も出せましたし(日下慶太著/イースト・プレス)。ブログをやる前は、コピーがぜんぜん書けませんでしたから(苦笑)」

















――最後に、この写真集のテーマはなんでしょう。




ケイタタ
「こうして写真集として一冊にまとまって、読み返してみて、改めて『人っておもしろいな』と思うんです。『それぞれの人生を愛する』、それがこの写真集のテーマだし、僕のテーマだと考えています


ケイタタさんが敬愛する写真家アンリ・カルティエ=ブレッソンは生前、「ひとの写真を撮るのは恐ろしいことでもある。なにかしらの形で相手を侵害することになる。だから心遣いを欠いては、粗野なものになりかねない」と語っています。


粗野ではないストリートスナップとは、どういうものなのか。温かくも鋭いまなざしで撮られたケイタタさんの写真集「隙ある風景」は、この問いに対する、ひとつの回答ではないかと思うのです。


読めばあなたもきっと、人がよりいっそう隙に、いやスキになるはずですよ。



「隙ある風景」
ケイタタ著
5,980円(税込)


写真集「隙ある風景」入手方法
https://keitata.blogspot.com/2019/07/blog-post_23.html

*デジタル版は8月末に完成予定




吉村智樹
https://twitter.com/tomokiy


タイトルバナー/辻ヒロミ