【奇跡の6週間】1200年の時を超えた心揺さぶられる展覧会に行ってきた。

2019/2/3 08:00 yamasan yamasan

1月16日(水)に開幕して2月24日(日)までわずか6週間。東京国立博物館平成館で、貴重な中国の書が内外から集まった「奇跡の展覧会」が開催されています。

特別展「顔真卿-王羲之を超えた名筆-」



何が「奇跡」かというと・・・

奇跡その1
台北 國立故宮博物院から顔真卿(709-785)の肉筆、激情の書「祭姪文稿」が唐時代から1200年余りの時を超えて初来日!


顔真卿筆「祭姪文稿」唐時代・乾元元年(758) 台北 國立故宮博物院蔵

台北 國立故宮博物院からは同じく「黄絹本蘭亭序」(褚遂良摸、原跡:王羲之筆)、懐素筆の「自叙帖」「小草千字文(千金帖)」も来日しています。そのうち「自叙帖」は初来日。


奇跡その2
 王羲之(303-361)をはじめとした貴重な拓本4点が香港中文大学文物館から初来日!

現在は香港中文大学文物館に寄贈されている香港の収蔵家・利榮森(1915-2007)の北山堂コレクションの拓本と、国内所蔵の拓本の「夢の競演」が実現しています。
こちらは王羲之の書のコーナー。香港と国内所蔵の書の逸品の競演です。



奇跡その3
 拓本の大コレクター・李宗瀚(1769-1831)が門外不出と定めた「李氏の四宝」が勢ぞろい!

「李氏の四宝」は、どれもがもとの石碑は失われ、拓本もこの1点しかないという貴重な「弧本」ばかり。



展示作品177件のうち(展示替えあり)、東京国立博物館はもちろん、台東区立書道博物館から約50件、三井記念美術館から約30件はじめ国内所蔵の貴重な書の作品も大集結。こんな機会はもう二度とないかもしれません。

こんなにすごい奇跡の展覧会ですが、普段は書になじみのない方にも親しみやすくなるような工夫も随所になされているので、そういった工夫にふれつつ、見どころをご紹介していきたいと思います。

※掲載した写真は、内覧会で特別の許可を得て撮影したものです。

1 中国の書の悠久の流れをたどろう!

展示は6章構成になっていて、顔真卿が活躍した唐時代の書だけなく、紀元前13世紀の殷時代の甲骨文に始まって、王羲之が活躍した東晋時代から顔真卿の唐時代、その後の宋、元、明、清の書が展示されていて、3000年以上にわたる中国の書の悠久の流れをたどることができます。また、第4章では唐時代の書の日本への影響も見ることができます。
  第1章 書体の変遷
  第2章 唐時代の書 安史の乱まで
  第3章 唐時代の書 顔真卿の活躍
  第4章 日本における唐時代の書の受容
  第5章 宋時代における顔真卿の評価
  第6章 後世への影響

展示は、甲骨文に始まって、篆書、隷書、そして、書くのに時間がかからない書体としてつくられた草書、行書、さらには現時点では漢字の最終形の楷書まで進んでいきます。

甲骨文 殷時代 前13世紀 台東区立書道博物館蔵



2 書家のキャラクターやキャッチコピーにも注目!

解説パネルには王羲之や顔真卿はじめ書家のキャラクターが描かれていて、こういう人だったのかなと想像しながら作品を楽しむことができます。


顔真卿は正面を向いているバージョンだけでなく、右手に筆を持って上に掲げているバージョンと左手に筆を持って上に掲げているバージョンがあるのに気がつきました。みなさまもいろいろな顔真卿のキャラクターを探してみてはいかがでしょうか。

こちらは顔真卿の曲がったことが嫌いな性格がよく表れている作品「争坐位稿」。
キャッチコピーも「黙っちゃいられない顔真卿」


テーマごとに壁の色も変化していきます。
第1章は薄いグレーに始まり濃いブルーに移りました。
第2章に入って緑の壁のコーナーは初唐三大家の一人、欧陽詢。

ここでの注目は、九成宮醴泉銘の拓本と九成宮の様子を描いた《九成宮図巻》(大阪市立美術館蔵)。
九成宮は唐の都・長安郊外の皇帝たちの避暑地にあった離宮で、唐の第2代皇帝太宗(在位 626-649)が九成宮を散策中に甘い水が湧き出るのを発見して、これを瑞兆として建立したのが九成宮醴泉銘です。

こちらは九成宮醴泉銘の拓本。ここでも香港と国内の逸品の競演が見られます。


そして九成宮の風景はこちら。

九成宮図巻 仇英款 明時代 16~17世紀 大阪市立美術館蔵

明時代の代表的な画家・仇英の系統らしく見事な青緑山水で、細かいところまでよく描かれた作品です。
ぜひ画面中段にご注目ください。そこに家臣たちが皇帝に白い盃を捧げる場面が描かれています。白い盃に入っているのは醴泉でしょうか。

3 クライマックスはドラマチック!

甲骨文から文字の歴史をたどって唐時代までだんだんと盛り上がってきた展覧会も、黄色い壁の唐時代の皇帝たちの書のコーナーに移って一気にクライマックスを迎えます。

展示室内を進んでいくと突如現れる巨大な拓本!

紀泰山銘 唐玄宗筆 唐時代・開元14年(726) 東京国立博物館蔵

これが唐の第6代皇帝玄宗(在位 712-756)が自ら撰文した隷書の大作「紀泰山銘」(東京国立博物館蔵)。
高さ12m、幅7mもあります。左の人影と比べるとその大きさがわかります。
山東省泰山の崖に刻された銘文は現存していて、その様子は左右の解説パネルで見ることができます。

ここだけは撮影可です!ぜひ記念に一枚!

唐の黄金時代を築いた玄宗らしい堂々とした銘文ですが、治世の晩年は楊貴妃を溺愛して安史の乱(755-763)を招き、国内に大混乱を巻き起こしました。
そこで出てきたのが、書家でもあり、官僚でもあった顔真卿。
顔真卿は義勇軍を率いて全力をあげて闘い、安史の乱の平定に尽力しましたが、顔真卿の一族にも多くの犠牲者が出ました。

「祭姪文稿」は若くして亡くなった従兄の末子・顔季明(姪とは甥のこと)の死を悼んで顔真卿が書いた弔辞の草稿で、その文面はまさに「慟哭の書」と言えるほど激情にあふれています。心を揺さぶられる作品とはまさにこの「祭姪文稿」のことではないでしょうか。

巨大な拓本に驚いた余韻を残しながら進んでいくと、何か胸騒ぎがするようなレイアウトの部屋が見えてきます。
ここに展示されているのが顔真卿「祭姪文稿」。

最初はつとめて冷静を装っていますが、途中から書きぶりが乱れ始め、最後の方は涙でかすんだのではないか、と思えるくらい行も乱れてきます。

祭姪文稿(部分) 顔真卿筆 唐時代 乾元元年(758) 台北 國立故宮博物院蔵

夜間開館(金、土は午後9時まで)をねらって先週末(1月19日㈯)に再訪したのですが、会場に入った6時過ぎには「祭姪文稿」は80分待ちとのことで、待ちの列は第1会場からもあふれて、第2会場入口まで迫っていました。
しかし、8時半前には列も短くなり、「祭姪文稿」を見終わったのが8時55分。待ち時間およそ25分。列に並んでいる間、壁に架かっている「祭姪文稿」の見どころ解説を見たりしていたので、それほど長くは感じませんでした。
作品を見る前の予習として解説パネル「祭姪文稿ここに注目!」は必見です。


4 まだまだ続く注目の書!

第2会場に移ります。 第1会場の最後の方から続く顔真卿のコーナー。ここには安史の乱後の顔真卿の生涯をたどる作品が続きます。


剛直な性格の顔真卿は、周囲とぶつかり、繰り返し左遷されます。左遷されたからこそ後世に残る書を書く時間がとれたことになったのですから、人生、何が幸いするかわかりません。
しかし最後にはその剛直さが災いとなりました。
顔真卿のことをよく思わない宰相の策略と知りながら、75歳になって反乱軍鎮圧のため敵地に赴き、77歳で壮烈な最期をとげたのです。

こちらは上海博物館でも大人気だった顔真卿「自書告身帖」(台東区立書道博物館蔵)。
告身とは転勤の辞令のこと。自分の辞令を顔真卿が自分で書いたものです。


続いて「祭姪文稿」と同じく、台北 國立故宮博物院から初来日の懐素筆「自叙帖」。
懐素は、お酒を飲んで筆を持ち、自由に書いていく「狂草」を得意としたお坊さん。


好き放題に書いているようでも全体としては絶妙なバランスがとれているという不思議な書。一番右の行は「玄奥」と書かれているのですが、「奥」の字がこんなにのびのびと書けたらいいな、と思いながら見ていました。

自叙帖(部分) 懐素筆 唐時代・大暦12年(777) 台北 國立故宮博物院蔵

日本の書も頑張っています。第4章は国宝、重要文化財がずらり。
ここでは唐でもその書が絶賛された空海の作品を紹介しましょう。

空海筆 金剛般若経開題残巻(部分) 平安時代・9世紀 京都国立博物館蔵

顔真卿の後世への影響もすごいです。
展覧会の主役が十分務まる蘇軾(蘇東坡)や董其昌も今回は脇役に甘んじています。
左が蘇軾筆「行書李白仙詩巻」(大阪市立美術館蔵)作品。


董其昌の書は、先ほど紹介した懐素の「自序帖」を臨書したもので、董其昌の文字も紙の上で思う存分暴れてます。

董其昌筆 臨懐素自序帖巻 明時代 17世紀 東京国立博物館蔵

書の名品がずらりと並ぶ中、ひっそりと展示されていますが、本当はすごいのが北宋の画家・李公麟の作品。
李公麟は白描画を復興したことで知られ、この《五馬図巻》(東京国立博物館蔵)は李公麟の代表作なのです。

五馬図巻 李公麟筆 北宋時代 11世紀 東京国立博物館蔵

さて、特別展「顔真卿-王羲之を超えた名筆-」はいかがだったでしょうか。
本当に「奇跡の展覧会」です。ぜひその場でご覧になっていただいて、書の背景にあるドラマ、それぞれの書家の性格、書そのものが持つパワーなど書の楽しさを感じ取っていただければと思います。

顔真卿展の開催概要はこちらです。
特別展「顔真卿-王羲之を超えた名筆-」
会場  東京国立博物館 平成館
会期  1月16日(水)~2月24日(日)
開館時間 9:30~17:00※金・土は21:00まで開館 (入館は閉館の30分前まで) 
休館日  月曜日 ※ただし2月11日(月・祝)は開館、翌2月12日(火)は休館
観覧料  一般 1600円(1300円)他 (カッコ内は20名以上の団体料金)


前回のコラムでは、上海博物館で開催中の「董其昌書画芸術大展」の様子と、東京国立博物館と台東区立書道博物館の連携企画「王羲之書法の残影-唐時代への道程(みちのり)-」を紹介していますので、ぜひこちらもご覧になってください。

地味だけど本当はすごい3つの展覧会。

王羲之展の開催概要はこちらです。
「王羲之書法の残影-唐時代への道程(みちのり)-」
東京国立博物館 東洋館8室
会 期  1月2日(水)~3月3日(日)
開館時間 9:30~17:00※金・土は21:00まで開館 (入館は閉館の30分前まで)
休館日 月曜日(ただし1月14日、2月11日は開館)
    1月15日(火)、2月12日(火)は休館
観覧料 一般 620円(520円)他(カッコ内は20名以上の団体料金)

台東区立書道博物館
会期    1月4日(金)~3月3日(日)
開館時間 9:30~16:30(入館は閉館の30分前まで)
休館日 月曜日(ただし1月14日、2月11日は開館)
    1月15日(火)、2月12日(火)は休館
観覧料 一般・大学生 500円(300円)他(カッコ内は20名以上の団体料金)

会期中、東京国立博物館で書道博物館の、書道博物館で東京国立博物館の観覧券の半券を提示すれば、それぞれ団体料金で観覧できます(各種割引の併用は不可)。