【衝撃の事実】太陽の塔を〇〇が焼いた!?……岡本太郎と「ファンシー絵みやげ」(1/3)

2018/10/12 12:00 山下メロ 山下メロ

■ 映画『太陽の塔』公開

大阪は万博記念公園にある、岡本太郎作の太陽の塔。長らく公開されていなかった内部が今年の3月より公開されました。そして、このたび9月29日にドキュメンタリー映画『太陽の塔』が封切られたのです。さらに注目が集まっていく太陽の塔について、新たな発見も含め再度見直していきましょう。



1970年3月15日から始まった日本万国博覧会(大阪万博)において、メインシンボルとして岡本太郎が設計した70mにもなる太陽の塔は、博覧会跡地が万博記念公園として整備された後も残り、観光名所の重要なランドマークとして立ち続けました。


↑太陽の塔。公開前で下の部分が工事中である。

太陽の塔には表に2つの顔、そして背面にもう1つ、そして内部の地下に第4の顔がありました。今回は散逸してしまったとされる第4の顔、地底の太陽を復元して公開されています。


↑こちらが背面の顔。過去を表している。

■ 大阪万博とファンシー絵みやげ

ファンシー絵みやげとは1980年代から1990年代にかけて日本中の観光地の土産店や施設の売店で売られていた子供向けの雑貨みやげです。動物は擬人化され、人物は二頭身にデフォルメされた漫画風のキャラクターイラストが特徴です。
大阪万博が1970年で、私が紹介してきたファンシー絵みやげは遅くとも登場が1980年代なので、最低でも10年ほどは開きがあり、当時のものは存在が確認されていません。

ファンシー絵みやげ全盛期における大阪の万博といえば1990年のEXPO’90国際花と緑の博覧会まで待たねばなりませんでした。この時代には万博のグッズでもすでにファンシー絵みやげと同じフォーマットで作られたものが大量に存在したのです。



しかし、跡地は万博記念公園として整備され、太陽の塔は今もなお立っていますもので、万博としてではない商品がその後に作られました。



こちらは万博記念公園に隣接して存在した遊園地・エキスポランドのファンシー絵みやげキーホルダー。デフォルメイラストの中に太陽の塔も描かれています。

また、このように、すでにある造形物をデフォルメしてイラスト化するという著作物改変ジャンルは存在します。



本来、表現手法そのものがアイデンティティであったりするため、大幅な改変はせずに、なるべくリアルに描かれることがほとんどですが、青森県の十和田湖にある乙女の像のように、彫像が有名で、かわいいイラスト化してしまいたくなる場合に、ごく稀に発生します。こちらはまた機会があれば紹介いたしましょう。



こちらはファンシー絵みやげではありませんが、同じく土産店をにぎわせたメタルキーホルダーです。表に万博とは大書されているものの、裏には「万博記念公園」と「エキスポランド」の文字があり、万博終了後に整備された施設で売られていたことが分かります。



岡本太郎の作品でもある太陽の塔を使ったファンシー絵みやげはほとんど見つかりませんが、ファンシー絵みやげを保護するべく日本中を東奔西走している中で、万博記念公園以外でも何度か関連したものに出会う機会がありましたので、そちらを紹介したく思います。

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