歌謡曲で受験勉強? 話題の新刊「昭和歌謡 出る単 1008語」の著者、田中稲さんに会ってきた!

2018/8/20 11:00 吉村智樹 吉村智樹

▲新刊「昭和歌謡 出る単 1008語 歌詞を愛して、情緒を感じて」をお書きになったライターの田中稲さん。歌謡曲用語1008語を解説するのは「たいへんだった」のだそう


こんにちは。
関西在住のライター、吉村智樹です。


この連載では、僕が住む関西の耳寄りな情報をお伝えしてゆきます。
今回はその第34回目となります。





■試験に出る? 昭和歌謡によく登場する単語1008ワードを解説!


平成最後の夏を楽しんでいますか?
楽しんでいるという方にも、いないという方にも、お勧めの新刊があります。


それが「昭和歌謡 出る単 1008語 歌詞を愛して、情緒を感じて」


内容は書名のとおり、昭和歌謡をなんと「単語ごと」に抽出し、まるで受験用の参考書のように解説を記した、とても勉強になる一冊。



▲「昭和歌謡 出る単 1008語 歌詞を愛して、情緒を感じて」(誠文堂新光社)


ページをめくると……ほお。


言葉の圧縮ファイルをじわっと解凍したように、溢れ出る、溢れ出る、昭和歌謡をかたちづくってきた言葉のジェムストーンたち。


その数、なんと1008語!


たとえば「ア」の項目だけをひもといても「あたい」「あばずれ」「あんちくしょう」と、J-POPにはないヴィンテージな単語が目白押し。
しかも、「どの曲の歌詞にそれが登場しているのか」がわかるように、原典が明記されているのが便利。



▲「アッパレ」「アデュー」「アテンションプリーズ」など昭和歌謡に登場する単語を解説


これまで作詞家別の歌詞論はありました。
しかし、単語にまでズームアップした類書は過去にありません
この平成ラストイヤーに、昭和歌謡を新たな観点から読み解く、決定版といえる本が発売されたのです。


著者は大阪を拠点に活躍するライターの田中稲さん(48歳)。



▲「CREA WEB」「関西ウォーカー」などに連載をもつ人気ライターの田中稲さん


田中さんは「CREA WEB」「田中稲の勝手に再ブーム」を連載するなど、さまざまな媒体で健筆をふるう人気ライターです。


▼CREA WEB「田中稲の勝手に再ブーム」
http://crea.bunshun.jp/list/tanakaine


兵庫県の尼崎で生まれ、西宮で育ったという田中稲さん。
幼少期から現在まで、昭和歌謡とどのように歩んでこられたのか、その道のりをおうかがいしました。


あ、先に申しあげておきます。


今回、平成生まれの方にはチンプンカンプンな言語が飛び交いますが、試験に出ますので、頑張ってついてきてくださいね。


■ファンだった西城秀樹さんの逝去。「自分は昭和歌謡世代だ」と実感





――田中稲さんが初めて憶えた昭和歌謡の歌手は、どなたですか?


田中稲
「初めての記憶は天地真理さんです。5歳年上の姉が、テレビで歌っている天地真理さんを観ていたんです。確か歌っていたのは『ひとりじゃないの』『恋する夏の日』か、だったと思う。そして私は、姉がテレビを観ている姿を後ろから見ていたんです。それが最初の記憶です。だから私にとって昭和歌謡のスタートは『天地真理と姉の後頭部』なんです」


――「天地真理と姉の後頭部」って、なんだかそういう名前のグループみたいですね。最初の記憶が天地真理さんとテニスコート、ではなく、お姉さんの後頭部ですか。では、田中さん自身が初めてファンになった昭和歌謡の歌手は、どなたですか?


田中稲
西城秀樹さんです。実は西城秀樹さんを好きになったのも、姉の影響なんです。私、すごいお姉ちゃんっ子なんですよ。姉が西城秀樹さんに夢中で、私は姉がテンションがあがっている姿を見るのが好きでした。そして姉と一緒になって『ヒデキーッ!』と叫んでいるうちに、私もファンになりました」


――お姉さんの影響で西城秀樹さんのファンになるって、まんま「ちびまる子ちゃん」ですね。西城秀樹さん、残念ながら、お亡くなりになりましたね。


田中稲
「そうなんです。もう本当にショックで……。数日は立ち直れませんでした。そして、ここまで落ち込んでいる自分自身にも驚いてしまって。改めて『自分は昭和歌謡世代なんだな』と思いました」


■「自分にはないもの」を歌謡曲に求めた


――これまで、もっとも夢中になった昭和歌謡の歌手は、どなたですか?


田中稲
世良公則&ツイスト三原順子さん(現:自由民主党所属参議院議員の三原じゅん子さん)です。世良公則さんが激しいアクションで歌う姿を観て、大ファンになってしまって。『ザ・ベストテン』にもリクエストのハガキを出したほど(来たハガキの数でベストテンの順位が変動するため、ハガキを送ることは歌手を応援する方法としてとても有効だった)。三原順子さんは、臆病だった私にはまったくなかった不良っぽさに憧れて好きになりました。『3年B組金八先生』も、三原順子さんのことを知ってから、あとで観たんです」


――三原順子さんのファンになってから金八先生を後追いするって、かなり珍しいパターンですね。そして田中さんがファンになる方には、共通点があるような気がします。どこか背徳感があるというか、優等生ではない魅力がありますね。


田中稲
「そうなんです。共感よりも、『自分にはないもの』を歌謡曲に求めていたのかしら。どこか影があった中森明菜さんも大好きでしたね。反面、松本伊代さんの『TVの国からキラキラ』みたいに、どうかしているほどイッちゃってる世界も好き。みんな、自分とはかけ離れた人たちで、そこに惹かれたんですよね


――昭和歌謡って、光と影がある音楽ですよね。そこに惹かれるというのは、とてもよくわかります。



▲「時代的には、このあたりが好き」と指をさしたのが、さとう宗幸さんの「青葉城恋唄」。純然たる歌謡曲から、歌手自身が曲をつくるニュー・ニューミュージックへと移りゆく、昭和50年代に想い入れが強いようだ


■アラサーになって改めてわかった昭和歌謡の魅力


――田中さんが「昭和歌謡が好きだ」と自覚されたのは、いつですか?


田中稲
「実は、かなり遅いんです。29歳のとき、求人情報でたまたま知ったカラオケ雑誌のアルバイトがきっかけでした。そのアルバイトでは、カラオケ大会の取材へ行くことが多かったんです。出場者の皆さん、ものすごく陶酔して歌っていらっしゃって。まるでドラマの主人公であるかのように。そういう姿を見ていると私も感動してしまって。『昭和歌謡の力ってすごいな。なんでこんなに感動するんやろう』と考え始めたのが最初ですね。それまで昭和歌謡を特に意識することってなかったんですが、改めて聴きなおすようになりました。幸いバイト先にたくさんの音源があったので、勉強するのにぴったりの環境でした」


――アラサーになって昭和歌謡を改めて聴いて、認識は変わりましたか?


田中稲
「子どもの頃にはわからなかった、メロディのすごさ、アレンジのすごさ、歌詞のすごさ、そして歌手ご本人のすごさが、わかるようになりました。カラオケ大会に出場していた人たちが、あんなにうっとり歌うのも、曲が持つ力が強いからなんだなって。特に八代亜紀さん沢田研二さんは、見方がぜんっぜん変わりました。『こんなに素晴らしい曲を歌っておられたのか!』って、びっくりしました」


――わかります。昭和歌謡って、平成に入って改めて聴いた方が、いいところがわかるんですよね。


■1008もの歌謡曲用語解説に「逃げようかと思った」





――田中さんがこのたび上梓された「昭和歌謡 出る単 1008語: 歌詞を愛して、情緒を感じて」は、昭和歌謡の歌詞に頻出する単語を参考書のように並べて解説しているという構造がとても面白いと思いました。どういういきさつで生まれた本なのですか?


田中稲
「以前、雑誌『オール讀物』(文藝春秋)で3ページ、歌謡曲の用語辞典を書いたんです。歌謡曲によく使われる単語を30ワードくらいあげて。その仕事が楽しくって、いつか『一冊の本したい』とずっと思っていたんです。するとその企画に、編集とプロデュースを担当した著述家の石黒謙吾さんが関心を寄せてくださって、実現しました。ただ……」


――ただ?


田中稲
「はじめは『100個くらいかな』と思ってたんです。ところが石黒さんが『1008個でいきましょう』とおっしゃって。しかもそれを『一ヵ月で出して』と。さらにそのあと、はじめに出した1008個を、何度も何度も入れ替えて。正直『逃げよう』と思いました(笑)」


――そのご苦労が実って、とても面白い本になっていますね。「カサノバ」とか「コロン」とか「ジルバ」「置き手紙」「映画みたいな」とか、「確かに平成のJ-POPではこの単語は使わないな」と、懐かしく思いました。昭和歌謡ならではの、いい味を出している言葉ですね。


田中稲
「そうなんです。『小さなスナック』という単語が、複数の曲にあったり。実際に調べてみると、意外な言葉が多く使われているんです。たとえば『白い部屋』。ちょっとびっくりでしたね。しかも単なる風景描写ではなく、これからどうなるかわからない未来を『白い部屋』という言葉で表現している。ほかにも、揺らぐ気持ちを『小舟』で表したり、型にはまらない生き方をしている男性の名前が、なぜか『ジョニー』だったり。単語のなかにこめられた意味が広いし、深い。妬み嫉みといった負の感情も、美しい言葉に置き換えて表現されているところも多々見受けられました」


■昭和歌謡の歌詞には、ひとつの言葉に多くの意味がこめられている


――この本を執筆するうえで多くの歌詞と向き合われたかと思いますが、「歌詞から見える昭和歌謡の魅力」は、なんだと思いますか?


田中稲
「表現が遠回しなんです。『いじわるね』という言葉の向こう側に、『でも大好き』という、正反対の意味がある。そこがいじらしい」


――「言葉に正反対の意味がある」って、いまは伝わらないかもしれませんね。文章を額面通りに受け取られ、「含み」が届かない現代には、なくなってしまった文化なのかも。さて、1008という膨大な数の単語を解析されましたが、今後はどうされますか?


田中稲
「入稿をし終えたときは『もう無理! 限界!』と思ったんです。でも、まだまだやれます。列挙する数の関係で『グラス』『波止場』など入れられなかった言葉もあるし、もうちょっと解説したいなという気持ちがあります」


――いっそ年鑑でお願いします! がんばってください!


インタビュー中のキーワードが「レトロすぎてわからん!」という方も、きっとおられたかと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
おつかれさまでした。


「で、ところで、なんの試験に出るんですか?」


え? なんの試験か、ですって?


当然、歌謡曲で試験と言えば「恋人試験」(松本ちえこ)に決まっているじゃありませんか(すみません。最後の最後まで昭和歌謡ネタでした)。



「昭和歌謡 出る単 1008語: 歌詞を愛して、情緒を感じて」
著者: 田中稲
編集・プロデュース:石黒謙吾
出版社::誠文堂新光社
ISBN: 978-4-416-61890-5
定価: 本体1,500 円+税


(吉村智樹)
https://twitter.com/tomokiy