【西園寺C子の日々】「別れるのが怖いから誰とも付き合いたくない」思わせぶりでスパイシーな男の話

2018/4/19 20:00 西園寺C子 西園寺C子





西園寺C子。(さいおんじしいこ)
30歳。女。独身。
なぜか"変わった人や事件"に遭遇する事が多い人生を歩んでいます。

本連載では、私を取り巻く珍事や性癖などについて書いてみることになりました。
どうぞよろしくお願いします。








過去に私は一度だけ、「男の取り合い」のようなことをした事がある。
その思わせぶりな男について、書いていきたいと思う。



■加瀬亮似のA君のことが好きなMちゃん■

高校2年生の時に同じクラスだったA君は、基本的にいつも一人。

誰かに話しかけられると愛想よく答えていたが、自分から輪の中に入ろうとはしないタイプだった。







別のクラスで私と同じ部活(軽音部)に所属していたMちゃんから、「A君のことが好きだ」という話を聞いた。

Mちゃんいわく、A君は「加瀬亮似で実はイケメン」との事。

A君は細くて背が高く、ひょろっとしていたし、今でいう「塩顔」で、なるほど確かに雰囲気は似ているかもしれない。

自分の容姿に対するコンプレックスがねじれて、「イケメンは怖い」と思い込んでいた私は、その話に興味を持つこともなかった。


でも、心の片隅にほんの少しくらいはMちゃんの恋が成就するようにと思っていたのだろう。

いつのまにか私はA君と話をするようになった。



そんなことを繰り返すうち、何が引き金になったのかはわからないが、A君が私を気に入り、メールをしたり、休み時間の度に私の席まで来るようになってしまった。

押しに弱いタイプの私は、A君のことが気になり始めていた。

同時進行でA君はMちゃんとも距離を縮めていたようで、MちゃんからA君の話を度々聞くことがあった。

A君から「好き」と言われたこと。

でもA君はMちゃんと付き合う気はないという事。

なんとなく気まずく、Mちゃんには「A君のことが気になっている」という事実を打ち明けられなかった。



A君とはどんどん親しくなっていった。

休み時間の度に私の席まで来るのは相変わらずだったが、それだけにとどまらず、休み時間中にわたしの手を握ったり、手を握ったまま私の顔を覗き込んで話をしたりとかなり大胆な行動をするA君。

距離が近くなっていたのは周りの目から見ても明らかだった。







私は他人の口からMちゃんにその事が伝わる前に、「A君のことを好きになってしまった」と打ち明けた。

そして、好きになってしまった事を謝った。

Mちゃんは「そっか…」とうつむいたまま返事をした。





■Mちゃんへの苛立ち■

Mちゃんは目立ちたいタイプで、応援団の副団長になりたがったり、音楽祭でソロをやりたがったり、部活で行われていた大会にも、ボーカルとして出場したがっていた。

それ自体は良いことなのだが、Mちゃんには一点「ややこしい」ところがあった。

これらすべてを自分の意思ではなく「皆からお願いされて仕方なくやっている」という流れに持っていこうとするところだ。

頭がいいのか、Mちゃんは周りの人間をおとしめることで、自分の地位を上げて見せる節があった。

私の親友Sは、その格好の餌食となって、たびたび私の前で泣いていた。



Mちゃんに対する苛立ちが日に日に高まっていく。

もちろん正義感が1 0 0%ではないし、A君をMちゃんより後に好きになったのは私だ。

しかし、親友の一件もあり、Mちゃんは私の中で必然的に「そこそこ嫌な奴」という位置づけになった。

本人にもA君を好きということは伝えたし、「私の恋はGOしても良いのではないか」と思い始めていた。



A君からの連絡は絶えることがなかった。

「一緒に遊びに行こう」と誘われたり、メールで「好き」と言われることもあった。

しかし"Mちゃんにも好きと言っていた"という事を知っているため、あまり喜べなかった。





■A君の部屋へ…■





そんな中、A君から家に遊びに来ないかと誘われた。

学校帰りに、彼の家におじゃました。

両親は仕事に出ているようで家におらず、A君の部屋に案内された。



家に入るなり、A君はブレザーを脱ぎすてた。



(おや・・・?????)



その瞬間、鼻の奥がツーンとした。







A君はそのままスタスタと冷蔵庫まで行き、大きめのボウルを取って戻ってきた。

そのままボウルの中のものを貪るように食べ始めたA君。

(どういうこと…?好きな女の子初めて自宅に呼んでまずすることソレ?)

と思いながらも、「何食べてるん?」と聞くと、「スイートポテト。自分で作った」と返された。

「そ、そうか…」

A君は大きなスプーンでスイートポテトをすくい続ける。



スイートポテトを食べ尽くしたA君は、ベッドに横になった。

そして、ポンポン、とベッドを叩き、「こっち、来てよ」と言った。

正直、セクシーな気分では全くなかった。

場をうまく収める方法が見つからず、とりあえずA君の隣に横になってみた。



(ん...???)



再び鼻の奥がツーンとし、ただならぬ違和感を感じた。




A君はベッドで私に抱きつきながら、自分のことをぽつりぽつりと話し出した。

部活はやってないけど、毎日バイトしているという事。

バイトはマンションのすぐ近くの回転寿司店で、時給は850円。

お金を使う事がないので、100万円くらい貯まったという事。

10万円を以前同級生に貸したが、返ってこず人間不信に陥っている事。

付き合ったらいつか別れが来るのがさみしいから、誰とも付き合いたくないという事。

それでも私と仲良くなれてうれしい、という事。



帰り際、A君から「俺はお金ならあるから。お金に困ったらいつでも言って。そのために働いてるから」と言われた。

(いや、「使う事がない」から貯まったってさっき言うてたやん?)

と思ったが、とりあえず「あ、ありがとう…」となんとなく気の抜けた返事をして、A君の家を後にした。





■スパイシーなA君…■

帰り道、私はA君の家で感じた”違和感”について考えていた。

A君が制服のブレザーを脱いだ瞬間。
ベッドでA君の横に寝た瞬間。







シーチキン10缶分のにおいをまとめたような…
それでいて強烈にスパイシーな…

なんとも言えない匂いがわたしの鼻を執拗に突き刺していた。

その匂いは間違いなくA君から発せられたものだったのだ。



デリケートな問題であることは高校生の自分でも理解はしていた。

だが、「好きな人」から突然発せられた「刺激的な匂い」に正直動揺を隠すことはできなかった。

さらに途中から、A君の匂いはシーチキンから、タンドリーチキンにパワーアップしていた。



A君の匂いに触発され、敏感になった私の鼻。

帰り道、身の回りの様々な物の匂いを嗅ぎまくって帰った。

くんくん匂いを嗅ぎながら帰る途中、ふと立ち止まり考えた。



「好きってなんだろう…」



A君のことよりも明らかに匂いを嗅ぐことに夢中になっていた私。

A君のことを好きだと思っていた自分の気持ちがなんだかよくわからなくなってしまったのだ。



そんな私の気持ちの変化にA君が気づくはずもなかった。

その後も、A君は変わらず学校やメールで"好き"と頻繁に言ってきたり、休み時間に私の席まで来て上目遣いで私の目を見つめながら手を握ってきたりと、相変わらずにゃんにゃん甘えてくる感じだった。

それなのに、Mちゃんと帰っているのを偶然見かける事もあった。



正直な気持ちとして、ちょっと嫌いな女の子と天秤にかけられるのは、なかなか屈辱的な気分だった。

そして、あの日のA君のスパイシーな匂いのことも、やっぱり頭から離れなかった。



しばらくどっちつかずな関係が続いていたが、突然、線が切れたように私はA君とのことがどうでもよくなってしまった。

そして、「もう付き合わなくていいし、この関係もおしまいでいいです」とメールを送った。

A君から電話がかかってきて

「なんでそんなこと言うん…???これからもずっと一緒にいようよ」

と言われたが、「Mちゃんと一緒にいればいい」「私にはA君の考えていることがよく分からない」と突っぱねた。

そのあとA君は15分くらい無言になってしまったので、電話代が勿体無いと思い、やや強引に

「切るね?」

と言って、電話を切った。



翌日の授業中、皆が下を向いてノートに黒板の内容を写している時、後ろを振り返ったA君と目が合った。

A君の目は赤くなっていて、泣いているように見えた。

涙をためた目で、ずっと睨まれている。

私はどうしていいか分からず、気まずくなって、目をそらした。



その後はなぜか、MちゃんとA君が一緒にいるところも見かけなくなった。

相変わらず私とMちゃんは仲が悪いままであった。



A君とは話をしないまま、私には初めての彼氏ができ、そのまま高校を卒業してしまった。

A君はいまどこでどうしているのだろうか。

高校生で時給850円にもかかわらず100万円も貯金が貯まっていたA君。

現在はきっと相当な貯蓄額になっている事だろう。


つらい恋を経験した今なら、あの頃「別れるのが怖いから誰とも付き合いたくない」と言っていた、A君の気持ちが少しわかる。

しかし、冷静に考えるとそれはただの「都合のよい関係」だ。

結局A君とは真剣に付き合うことはなかったが、それで正しかったのだ。

A君の貯蓄額がどれだけ高額になっていようとも、それはゆるぎない事実。


大人になった今も、タンドリーチキンの匂いを嗅ぐたびに、A君を思い出す。

誰よりもスパイシーな彼の事を。



西園寺C子



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