もはや紙!おそらく日本一薄いおかき「うすばね」を焼く匠に会ってきた!

2017/10/3 10:29 吉村智樹 吉村智樹


▲おそらく日本でもっとも薄い幻のおかき「うすばね」。厚さはわずか1.5ミリ。菓子職人の技術の高さの証しだ。口に含むとほろりと崩れ、はかなくもたちまち溶けてなくなってしまう


こんにちは。
関西ローカル番組を手がける放送作家の吉村智樹です。


こちらでは毎週、僕が住む京都から耳寄りな情報をお伝えしており、今回が49 回目のお届けとなります。





■薄ッ!超絶の薄焼きおかき「うすばね」とは?


早いもので、もう10月。
各地で新米の収穫がはじまる季節です。


お米といえば、「あられ」「おかき」など、お米を焼いたお菓子もおいしいものです。
奮発して高級な日本茶を淹れ、香ばし~いおかきをカリンとつまめば、しみじみと“深イイ”時間が過ごせます。


「でも、おかきなんて、地味でしょ? インスタ映えもしないし」


いえいえ、そんなことはありません。
世界に誇る製菓職人の街・京都には、おいしいだけではなく、見ても驚けるフォトジェニックな「おかき」があるのです。
それはなんと、(おそらく)「日本でもっとも薄いおかき」!


■創業140年の老舗が魅せる超絶テク


驚異的な日本最薄のおかきを求め、やってきたのは「島原」と呼ばれるエリア。


室町時代から昭和の永きに渡り日本最古の花街として知られた、つやのある情緒が漂う場所。
遊女たちがいた時代の名残りである、東入口にあたる通称「島原大門」は、京都市の登録有形文化財に指定されています。



▲かつて遊郭があったここ「島原」には、東側入り口にあたる大門が現存している。そばに立つ柳は「見返り柳」と呼ばれている。遊郭で遊んだ男が、帰り際に柳のそばで名残を惜しみ、後ろを振り返ったことからその名がついたと言い伝えられる


うれいを含むふるき街並みに店を構えるのが、創業は明治9年、今年で140年目を迎える「菱屋」(ひしや)。



▲ともすれば見落としがちな目立たぬ外観だが、実はここに「日本一のおかき」がある


お茶屋さん(芸妓さんと遊べるお店)で供されるお茶請けの菓舗として永く愛された手焼き京あられ京おかきの専門工房兼店舗。
格調をいだきながらも敷居の高さを感じさせぬ、飾り気のないたたずまいです。


*「京あられ」「京おかき」とは“国産米”を“京都府内の自社工場”でつくりあげた京都ブランドの米菓のこと。そうでなければ名乗ることはできない。


そしてこの方が「菱屋」の四代目、藤田光一さん(70歳)。
焼き米菓子職人のキャリアはおよそ50年に及ぶという、おかきの匠。



▲「菱屋」四代目のおかき職人、藤田光一さん。背中にある機関車の写真はご自身が撮ったもの。このように店内は藤田さん撮影の鉄道ギャラリーの様相を呈している


店内に貼られた数多くの機関車の写真は、なんと、ご自身でお撮りになられたもの
15歳の頃から京都はもとより各地のSLを撮影してまわった成果であり、どれもきわめて貴重な画像。
鉄道ファンにとっても意外な穴場です。



▲おいしそうな京おかきが並ぶ店頭。店名をあらわしたローマ字の木工は藤田さんご夫婦のお手製なのだそう



▲かつて遊郭があった島原の置き土産といえる「太夫あられ」も人気



▲およそ10~15種類の京おかきが日々、店頭に並ぶ


■もはや紙!風に飛ばされるほどの薄さ


ではいよいよ、ウワサの薄いおかきをいただきます。



▲指でつまむのも躊躇する薄さのおかき「うすばね」


その名は「うすばね」
もともとは「薄羽」(うすばね)と書き、羽のように軽やかであることをあらわした商品名です。
確かな文献は残っていないものの、明治時代に創業した初頭から存在したと思われます。


▲「うすばね」は菱屋の代表的商品


そーっとつまむと、うわ!


食べる前に指で触っただけでも、その薄さと軽さ、繊細さに驚かされます。



▲薄すぎて、風に飛ばされたり割れたりしないように苦労しながら撮った


まるで顕微鏡に乗せるガラスのプレパラートをつまんでいるかのよう。
さらに灯りにかざすと、光が透過します。



▲「スケルトン」と呼びたくなるほど光を通す


ご主人の藤田さんにノギスで計っていただいたら、その厚さはなんと1.5ミリ
焼く前の欠き餅に至ってはたったの0.2~0.4ミリしかありません
これはもはや紙! 取材中も風で飛ばされそうでたいへんでした。



▲焼いて膨らませたお菓子なのに、厚さはまずか1.5ミリ



▲焼く前の「欠き餅」に至っては0.2~0.4ミリしかなかった


■繊細でドラマチックな風味と食感


そして口に含むと……はあああ。


さくさくと2、3度、歯にあたり、そのままほろほろと崩れ、たちまち溶けてなくなり、ほんのりと醤油と焼き餅の上品で豊かな味と香りだけが残ります


そのはかなくももろい食感は、まるで風を食べているかのよう
明け方にみる夢のごとく、おぼろです。
こんなにデリケートなおかき、食べたことがない。


ていうかこれ、本当におかき?
いや、原料、製造工程をたどっても、これはおかきに違いありません。


■コストは合わない。でも焼くんだよ!


藤田さん、こんなに薄いおかきを焼いているお店は、ほかにあるのでしょうか?


藤田
「ほかの店ではやらないでしょう。焼くのが難しいうえに湿気に弱い。雨が降ってる日は作れない。それくらい弱いんです。コスト的にも合わない。少しでも割れたり欠けたりしてしまったらもう売れません。うちは夫婦ふたりやからやれているけれど、人を雇ったらとてもやないがよう出しません」


そうなんです。
実はこの「うすばね」は、焼くのにたいへんな時間と労力を要するのです


「うすばね」づくりは、原料となるお餅を藤田さんが自らつくところからはじまります。


1)滋賀県産の高級もち米「羽二重糯(はぶたえもち)」を10貫(およそ37.5キログラム)ぶん、丸一日、水にひたす。

2)水分を吸った「羽二重糯(はぶたえもち)」を丸粒蒸し(蒸篭等で米粒のまま蒸しあげる)製法で炊き、蒸し米で餅をつく。

3)つきあがったお餅を冷蔵庫で4日から一週間かけて冷やす。

4)冷蔵庫から取り出した餅を充分に乾燥させる(季節や気候によって乾かす日数は大幅に変わる)。

5)乾燥しきった餅をかんなで薄く(0.2~0.5ミリに)削り「欠き餅」をつくる。

6)削った薄い欠き餅を切って四角く形を整える。

7)薄い四角形の欠き餅を網の上に並べ、2日ほど天日で乾燥させる。

8)乾燥させた欠き餅を網で焼く。

9)焼いた欠き餅が冷めたら薄口しょうゆとみりんを合わせた調味料を塗り、再び乾かす。


すべての工程において、風味を損ねないよう、乾燥はすべて自然にまかせ、強制的に乾かすことはいっさいしていません。
このように、ひとつの「うすばね」を焼きあげるまでに、およそ2週間もかかります


餅が乾燥しきっていないと、おかきはおいしくなりません。
雨が降ると餅の生地が湿気を吸ってしまい作業ができず、さらに乾燥させる時間が延びます。
紙片のように薄くて小さな欠き餅を、風に飛ばされないようにしながら網の上へ並べてゆく作業は特に「しんどい」のだとか。


■まばたきしている一瞬で火が通る!


さらなる強烈な工程が、欠き餅を網で焼くこと。
欠き餅が薄くて小さいため、ほかのおかきとは異なる注意が必要となります。


藤田
「はじめは失敗ばかりでした。火加減、焼き加減がほんま難しい。あっという間に火が通るから、目も耳も鼻もぜんぶ効かせていないと、たちまち焦げてしまう。大げさではなく、まばたきしているあいだに焦げることがあるんです

まばたきをしている間に焦げる……。
それほど気を遣う商品なので予約をしないと、ほぼ手に入りません
また、いつ焼きあがるかという確実な約束は必ずしもできないとのこと。
そんな、まさに幻のおかきなのです。


■なぜこんなに薄いのかは「わからない」


では、そもそも、なぜこんなに薄いおかきが誕生したのでしょうか?


藤田
「なぜこんなに薄く焼いたのかは、文献も言い伝えも残っていないから、わからないんです。ただ、京都には蕪(かぶ)を薄く削る『千枚漬け』という漬物がありますよね。あれと同じで、おかきも欠き餅をかんなでどれだけ薄くスライスできるかが職人の腕の見せどころでした。当時はそれを店ごとに競い合っていたのやないかなと思います」


なるほど。
あくまで推測ですが、どれだけ薄く削れるかが明治の職人たちの技術の証しであり、誇りだったのですね。
そして先先先代は、その闘いを勝ち抜いた超絶の技術者であったようです。


では、もっと薄く削ることも焼くことも可能だったのでは?


藤田
「これより薄くすることはできます。ただこれ以上、欠き餅を薄くすると、焼いても膨らまないんです。ほんまにただの紙きれになってしまう。おかきにならない。おかきの味がぜんぜんしいひん。おかきは膨らまんとあかん。おかきとしておいしく味わうのは、これが限界の薄さなんやと思います」


薄いだけではなく、あくまでおかきとしておいしくいただけるということ
薄さとおいしさ、せめぎあうそれぞれの限界に挑戦したのが、この「うすばね」でした。
そして四代に渡り、この技術が継承されてきたことが素晴らしい。


藤田
「うすばねを焼く上で言われ続けたことは “透けて見えるかどうか” です。『透けて見えんとあかん』と先代の父親から厳しく教えられました」



▲皿の柄が透けるほど薄い欠き餅。この薄さ、この技術こそが『菱屋』の伝統なのだ


触れるだけで壊れそうに精妙な、激的に薄いおかき「うすばね」。
しかしその薄さは、製菓職人たちのぶ厚い技術と想いのたまものでした。
まるで透けるように、それが伝わってくるのです。


手焼き京あられ京おかき「菱屋」
住所 京都市下京区薬園町157
電話 075-351-7635
営業 9:00~19:00
定休日 不定休 註 *2017年10月12日(木)までご主人は不在です
*料金は税込み



(吉村智樹)
https://twitter.com/tomokiy