日光東照宮の三猿で修復ミス!?…「ファンシー絵みやげ」で振り返る三猿(1/2)

2017/9/8 12:00 山下メロ“院長” 山下メロ“院長”

お久しぶりです。平成元年あたりのカルチャーを発掘調査している山下メロと申します。80年代とも90年代とも違うその時代を、平成レトロとして愛好しております。



当連載では、80年代から平成初期に流行した「ファンシー絵みやげ」から、当時の流行を紹介していきたいと思います。「ファンシー絵みやげ」とは80年代からバブル経済期~崩壊を挟んで90年代まで、日本の観光地で若者向けに売られていた、かわいいイラストが印刷された雑貨みやげのことです。



「ファンシー絵みやげ」については連載第一回をご覧ください。

■ 日光東照宮の三猿修復事件

今年の三月、栃木県日光市にある日光東照宮の陽明門や神厩舎が大規模な修復を終えました。その中で、神厩舎に彫られた猿について修復前と大きく違うことが春からたびたび話題となりました。

日光「三猿」なぜ目が大きくなった? 専門家が問題視

十六匹彫られた猿によって人間の一生を表したというこの作品の中で、特に有名な幼少期を表す「見ざる言わざる聞かざる」のいわゆる三猿の顔が大きく変わっているのではないかと注目を集め、最近でも再びニュースになるなどしています。


↑2015年10月に保護活動に出かけた際、日光東照宮の石碑の横で写真を撮った。手にはファンシー絵みやげ暖簾。

■ 三猿とはなんなのか

まず一番重要なのは、三匹の猿を用いて「見ない、言わない、聞かない」を表現するモチーフは世界中にあり、古代エジプトにも見られるということです。世界的なSNSなどの絵文字に「見ざる」「言わざる」「聞かざる」の三猿があるのも、世界で知られているためなのです。


↑こちらも2015年10月に日光東照宮で撮影。修復前のものである。

日本には中国から庚申信仰の1つとして入ってきました。庚申の夜、三尸虫が天帝に悪事を報告しに行くといわれ、それを避けるために夜通し起きている風習である庚申待ち(庚申講)。それを18回(3年)続けたことを記念して建てられることの多い庚申塔(庚申塚)に、青面金剛とともに三猿が彫られているものがあります。


↑先日、渋谷区代々木上原駅近くで見つけた庚申供養塔。中央の青面金剛の足元に三猿が彫られている。

また、世界では猿以外の動物で表現されることもあるようです。日本では「見ざる言わざる聞かざる(見猿、言わ猿、聞か猿)」のように、気の利いたダジャレになっていますが、海外では必ずしもそうではないようです。また、中国には「せざる」を含んだ三猿ならぬ四猿というものもあります。


↑オーストラリアの三コアラ。日本とは違い、右から「聞かねえぞコァラァ!見ねえぞコァラァ!言わねえぞコァラァ!」の順になっている。文言は勝手に作った。

■ 日光東照宮の三猿

徳川家康公の眠る日光東照宮の三猿は、神厩舎に彫られた十六匹の猿のうちの一部であることは前述いたしました。神厩舎はその名の通り神馬を繋ぐ厩です。猿は馬の病気を治すと言われることから、ここに彫られたようです。また、三猿と同じく有名な「眠り猫」を、架空の人物とされる左甚五郎が彫ったと言われていることから、三猿についても左甚五郎の作と考える説もあるようです。


↑こちらも2015年10月に撮影。架空の人物・左甚五郎が彫ったとされる。

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