高橋名人がスケボー!? SMAPと光GENJI…「ファンシー絵みやげ」で振り返るスケートボード(1/2)
お久しぶりです。平成元年あたりのカルチャーを発掘調査している山下メロと申します。80年代とも90年代とも違うその時代を、平成レトロとして愛好しております。
当連載では、80年代から平成初期に流行した「ファンシー絵みやげ」から、当時の流行を紹介していきたいと思います。「ファンシー絵みやげ」とは80年代からバブル経済期~崩壊を挟んで90年代まで、日本の観光地で若者向けに売られていた、かわいいイラストが印刷された雑貨みやげのことです。
「ファンシー絵みやげ」については連載第一回をご覧ください。
■ ローラースケートからスケートボードへ
前回の連載ではローラースケートをとりあげましたが、今回はローラースケートをもとに作られたキックスケーターから生まれたスケートボードを見て行きたいと思います。通称・スケボーと呼ばれるスケートボードは、競技性や趣味性の高いローラースケートとは異なり、ストリートカルチャーと結びつきました。
1980年代のスケートカルチャーを象徴するのは映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の中で、マイケル・J・フォックス演じるマーティ・マクフライが過去に戻ってスケートを開発(?)するシーンではないでしょうか。1985年ではハイスクールにスケボーで通っていたマーティが、1955年に戻った際、子供のキックスケーターのハンドル部分を外してスケボーのように使うシーンがあります。
↑スケートボードは、そもそもキックスケーターのハンドルを外したものから派生したと言われており、それをマーティの行動によって生まれたように描いている。この映画にはエンターテインメント要素のあるタイムパラドックスがいくつも出てくる。
■ 光GENJIからSMAPへ
前回、ローラスケートが特徴だった光GENJIなのにスケートボードというアイテムを紹介しました。
そこへ、中野にあるSHOP謎の店の店主・てれこまさんから、さらに驚愕のアイテムの報告がありました。
↑謎キャップをかぶった彼がてれこま。手にはローラーパニックのディスクとともにとんでもない箱が……
なんと、キーホルダーというレベルではなく、スケートボードそのものです。こんなものまで作っていたとは驚きました。確かに、かつてSMAPが光GENJIのバックダンサーだった頃は、「スケートボーイズ」という名称の集団で、スケートボードに乗っていました。
↑パッケージの写真を見てみると、どこか不安そうである。やはりローラースケートが特徴なのにスケボーを作っていいのか……という不安を抱えているのであろう。
■ ファミコンの中のスケートボード
なぜか毎回レトロゲームネタを放り込んでいますが、ファミコンにもスケートボードは登場しました。アイテムとしてスケートボードが登場するソフトとして有名なのは『メトロクロス』と『高橋名人の冒険島』でしょう。
後者はハドソンの社員だった高橋利幸さんを「ゲームの上手い名人」として売り出すという宣伝戦略の中で、セガのアーケードゲーム『ワンダーボーイ』のキャラを名人に差し替えて作られました。そのため高橋名人のイメージとは一致しない「原始人のような恰好で石斧を投げる」や「スケボーに乗る」などの謎の要素があふれています。
↑高橋名人はオートバイという印象が強いため、スケボーには違和感がある。