【1966年】約50年前の東京で行われた「史上最大の作戦」を捉えた貴重映像

2019/2/28 20:02 服部淳 服部淳



再び、旧社屋内です。引越しがどんどん進む中、まだまだ作業中の職員もいます。これは「漢字キーボード」を打っているところのようです。

熊本日日新聞社の新聞博物館によると、「漢字キーボードは、盤面に576個のキーが配列され、1つのキーに4個の漢字や記号類が振り分けられている。オペレータが足踏み式レバーを両足で操作しながら、キーを押すと、1つの文字が選択され、文字や記号類はコード化されて紙テープに鑽孔される。速い人は1分間に約80文字を入力できた」とのことで、今のパソコンキーボードを使いこなすどころではない難易度の高いものだったというのが分かります。


映像の出現順は逆になりますが、こちらがキーボードを拡大した場面。ホント、職人技が必要とされたことでしょう。

ところで、翌日9月23日は休刊日なのに、なぜ作業している職員がいるのかと疑問に思う方もいるかと思いますが、新聞休刊日とは本来、朝刊新聞が配達されない日のことではなく、新聞社側が新聞を制作しない日を意味するもので、9月23日の朝刊は発行され、23日の夕刊と24日の朝刊が休刊になるのです。なので、23日の朝刊分(最終版)の作業が続けられていました。




そしていよいよ、9月23日の深夜0時を迎えました。


その直前には、各支局へ「有楽町からの送信は終わります。明朝、新館からお送りいたします。さようなら、さようなら」との連絡。長年働いてきた方には、感慨深い瞬間だったことでしょう。




今までありがとう!の乾杯が交わされ、万歳三唱が起こります。


時は進んで午前3時の旧社屋内。人の姿は見えなくなりましたが、


テレタイプだけが外伝を受信して、自動タイプしていました。少し前まで伝書鳩を使っていたとは信じられない、先進的な技術がすでにあったのです。




一方、パレスサイド側では、搬入作業のピークにあったようです。緊迫した作業の流れは、なかなか静止画と文章では伝わらないものがありますので、ぜひ映像でご覧ください。


夜が明けると、少し余裕ができたようで朝食タイム。本当にお疲れ様でした。


9月23日の朝刊には、すでに「有楽町よ さようなら」「日通“史上最大”の作戦」という見出しで、大規模となった引越しの様子が紹介されていました。「新屋舎へトラックの列」「七千余人動員」と、紙面上だけでも凄まじさが伝わってきます。






そして、9月24日以降の映像なのでしょうか、新社屋では以前と同じように新聞づくりが行われていました。



50数年前に過密日程の中、このような大規模な引越しが見事に行われたことが知れた貴重な映像でした。24分ほどと、そこそこ長さはありますが、お時間があればぜひご視聴ください。引き続き、歴史の1ページを紐解いていければと思います。

(服部淳@編集ライター、脚本家)

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記事中参考文献
・黒岩比佐子「伝書鳩―もうひとつのIT」文藝春秋、2000年
・泉麻人「昭和遺産な人びと」新潮社、2002年
・吉田和明「三億円事件と伝書鳩 1968~69」社会評論社、2006年

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