【1966年】約50年前の東京で行われた「史上最大の作戦」を捉えた貴重映像

2019/2/28 20:02 服部淳 服部淳

どうも服部です。平成も残すところあとわずかとなりましたが、引き続き、昭和の映像を紐解いていくシリーズ記事をお送りしていきます。今回はYouTubeの「日本通運 公式チャンネル」にて公開されている「新聞はとめられない」という映像を取り上げました。
※動画はページ下部にあります。


日本通運(以下、日通)といえば、「引越しは日通」というキャッチフレーズで、引越しの分野でも知られている企業ですが、この映像は、日通が1966年(昭和41年)に毎日新聞東京本社の移転を請け負った際のドキュメンタリーとなっています。

綿密な計画のもと、見事に行われた引越しの模様の詳細は映像で見ていただくとして、今回の記事では、主に今では見られなくなった光景や道具などに着目して紹介していきたいと思います(映像とは多少順番を前後しています)。


一つ上の画像と同じですが、移転前の毎日新聞社東京本社です。昭和40年代前半までは大手新聞社(読売新聞社、朝日新聞社ほか)が密集していた東京・有楽町駅そば(現在の新有楽町ビルヂング所在地)にありました。


別の角度から。1909年(明治42年)より使われてきたという古いビルで、明治(45年まで)、大正(15年まで)、昭和と3代にわたって使われてきたそうです。と、簡単に言ってますが、関東大震災や太平洋戦争の空襲もくぐり抜けてきたのです。


同新聞社内です。何台も並ぶ黒電話。ダイヤルの9とか0とか、ダイヤルが戻ってくるのに時間がかかる番号は、力づくでダイヤルを速く戻していたのが思い出されます(平成生まれには伝わらない?)。




その黒電話で通話中の職員が、何やらメモを取っていますが、、、


取材先から記者が電話で記事原稿を読み上げているのを書き留めているようです。eメールなどで簡単に文章が送れる現在から見てしまうと、面倒な作業ですね。


それぞれワシントン・ニューヨーク、ロンドン、モスクワ時間を示す時計。デジタル表示ではないので、慣れるまで午前・午後の関係で混乱しそうです。


印刷用としては、現在ではすっかり見なくなった機械も。これは活字を拾っている機械のよう。

毎日新聞北関東コアのウェブサイトによると 「毎日新聞は平成元年12月10日からコンピューター(CTS)で新聞を編集、制作していますが、それまでは鉛の活字などを使っていました。この時代を活版時代と呼びます」とのことで、30年ほど前までは、活版印刷が使われていたのです。


こちらはテレタイプという、タイプライターで打ち込んだ文字が、紙テープ上に電信符号として打ち出され、通信回線を介して受信者に伝送するという、コンピュータ通信のはしりのようなものです。


新聞を印刷する輪転印刷機に、、、


刷り上がった新聞を梱包・発送手続きする職員さんたち。とにかく、新聞社を引越しするには、これらすべてを移動させなくてはないのです。しかも、新聞の発行を休むわけにはいかないので、この年の9月23日の新聞休刊日を使っていっきに引越しすることが決まったのです(映像タイトル「新聞はとめられない」はこれを意味しています)。



【動画】「新聞はとめられない」

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