【約50年前の名古屋】世界初だった幻のショーも捉えた貴重なカラー映像

2017/6/17 06:25 服部淳 服部淳


どうも服部です。昭和の映像を紐解いていくシリーズ、今回はYouTubeの名古屋市公式チャンネル「まるはっちゅ~ぶ」が公開している「カラフル名古屋(昭和40年制作)」というタイトルをピックアップしました。

昭和40年は1965年、第1回の東京オリンピックが開催された翌年、約50年前の映像です。
※動画はページ下部にあります。


正面に見えるのは、ちょうどこの映像が制作された1965年(昭和40年)竣工の「大名古屋ビルヂング」。2012年に取り壊され、現在は2代目ビルが建っています。屋上には2007年まであった球形の広告サインが見えます。


車線がくっきり引かれていないせいか、車が入り乱れていて、見ているとヒヤヒヤします。


駅前でしょうか。2代目以降はタクシーが連なっています。


左後ろの建物は名古屋駅ビル。1993年(平成5年)まで使われた旧駅舎のようです。


なぜか車線をまたいで走行しているオープンカー。名古屋中心部を東西に走る「桜通」だそうです。


ナンバープレートは「愛」ナンバー。ちょうどこの昭和40年の3月に、「愛」ナンバーから「三河」ナンバーが分離され、同時に「愛」ナンバーは「名古屋」ナンバーに変わりました。


映像の2分39秒ごろからは、名古屋駅の東を流れる堀川を捉えています。川面に材木が浮かんでいるのが見えます。製材所や木材店が川沿いに多く立ち並んでいたそうです。




こちらは堀川沿いの白壁の土蔵。現在では修復されていますが、当時は崩れかけたままにあったようです。前掛けをしたまま犬の散歩をしているお母さんの姿が、郷愁を誘います。


太平洋戦争中の1945年(昭和20年)5月14日の名古屋大空襲で焼け、その後、跡地が公園になっていた名古屋城ですが、1961年(昭和36年)に再建。映像当時はまだ築4、5年の頃です。


映像の4分8秒ごろからは、熱田神宮での七五三のお宮参りの様子。お父さんはスーツ、お母さんは和服がスタンダードの時代でした。




七五三に続いては、ナレーションいわく「名古屋の東部丘陵地帯に新しい町が伸びています」と住宅団地を紹介。名古屋市の統計によると、昭和25年に100万人ほどだった名古屋市の人口は、昭和39年には190万人と、ほぼ倍増していました。


名古屋の都市計画の素晴らしさについての紹介の中、映像の5分14秒ごろには、1974年(昭和49年)に全廃された名古屋市電の姿も映っています。




百貨店の子供服売り場のようです。「ここ(名古屋 ※著者注)には、すでに老化現象を起こしている他の大都会には見られない、明るい暮らしがあります」とナレーション。名古屋愛にあふれています。


映像の5分41秒ごろからは「東山動物園」に場面は移ります。見えにくいですが、後ろにキリンがいます。このフィルム全体を通して、昭和40年には高齢者の和服姿が多く見て取れます。


こちらでは子象の背中に乗った少年の姿。この子象とは違いますが、1945年(昭和20年)の終戦時に日本の動物園で象が生きていたのは東山動物園の2頭だけでした。象を見に行くため、全国から「象列車」が運行されたことでも知られています。


電車ごっこのようなことをしているゴリラたち。2015年にイケメンゴリラの「シャバーニ」が話題になった東山動物園ですが、1963年(昭和38年)から1968年(昭和43年)の間、ナレーションいわく「世界でも珍しいゴリラのショー」が行われており、ゴリラの調教に成功したのはこの動物園が世界初だったこともあり、話題になったそうです。


こちらは楽器を演奏する姿。1959年(昭和34年)にカメルーンから来園したゴン太、オキ、プッピーという3頭で、オキは2010年、飼育されている中では世界で2番目の高齢となる53歳まで生きました(参考資料:日本経済新聞名古屋図書館)。


東山植物園の方も紹介されています。こんなに鮮明な映像で見ていると、とても50年前とは思えません。


映像の7分43秒ごろからは、10月に開催される「名古屋まつり」の様子が伝えられます。約28分の当映像のうち、10分ほどは、このまつりが占めています。


吹奏楽隊やバトンガールたちの行進もあります。


見物している子供たちも楽しそうにしています。


同じく名古屋まつり内、「全日本民謡おどり」が開催されています。


今も昔も、民謡好きはご高齢の方々に多いようです。後ろに見えるのは、東京タワーより前、1954年(昭和29年)竣工の「名古屋テレビ塔」です。




映像の19分43秒ごろからは、名古屋の食文化について。まずは「きしめん」。


のれんをくぐってお皿が運ばれてきました。「きしめんと並んで、にわとりの肉、“かしわ”もまた名古屋名物として有名です」とナレーション。




三世代そろっての外食でしょうか。心温まる光景です。


映像の21分3秒ごろからは、名古屋の産業について。七宝焼や陶磁器工業、自動車などの輸出産業を紹介しています。上の画像は、船に積み込まれるトヨタ車。


映像の26分8秒ごろ。名古屋駅中央口からの眺めでしょうか。右手には名鉄百貨店が見えます。


ナレーションが「日本一の地下街」として紹介しているのは、1957年(昭和32年)に名古屋駅の地下街として開業した「ナゴヤ地下街(現・サンロード)」。

「ナゴヤ地下街の歌」(ご注意:BGMあり)に掲載されている情報によると「1957年に地下鉄東山線開通とともに開業した名駅地下街サンロード。日本最古の地下街になります」とあり、また同ページの「ナゴヤ地下街のうた」の歌詞には「ナゴヤ地下街、ナンバーワン」とあります。


果物売り場の右端には、バナナ専用の棚が設けられています。輸入制限があったことなどで、昭和30年代には超高給果物だったバナナですが、昭和38年に輸入自由化され、手軽に食べられるようになりました。


こちらは、同地下街の化粧品売り場。お洒落なご婦人たちが集まっています。


「名古屋」行き地下鉄が入ってきました。昭和40年の10月に2号線(現・名城線)が営業開始するまで、名古屋唯一の地下鉄だった1号線(現・東山線)です。当時は名古屋と東山公園間を結んでいました。


最後は、冒頭にも登場した「大名古屋ビルヂング」のライトアップされた球体ネオンサイン。他でも見たことあるような……。そう、銀座の不二越ビル屋上にも、かつて似たようなものがありました。


こちらが銀座バージョン。
【昭和30年代の日本をカラーで】見ると、ノスタルジー感が半端なかった」より。



文中にも記していますが、約28分と比較的長めの映像のため、各所で、特に10分ほど割いてある「名古屋まつり」については、ほぼ割愛してあります。名古屋ご出身の方など興味がおありの方は、ぜひ映像でもご覧ください。引き続き、歴史の1ページを紐解いていければと思います。

(服部淳@編集ライター、脚本家)

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【動画】「【名古屋市公式】カラフル名古屋(昭和40年制作)」