【約100年前の横浜ほか】人々のリアルな生活や表情を捉えた超貴重映像

2016/11/21 20:43 服部淳 服部淳

どうも服部です。昭和の動画を紐解いていくシリーズ、今回は「Periscope Film」という米国のフィルム収集会社がYouTubeに公開している、1920年代の日本を映した映像を取り上げました。1920年代というと和暦では大正9年から昭和4年。100年から90年前の時代です。
※動画はページ下部にあります。


元の映像のタイトルはシンプルに「JAPAN」。


サイレントフィルムで、このようにところどころ字幕で場所や状況の説明が入ります。まずは鎌倉へ向かう道だそうです。


赤ちゃんをおんぶするご老人や、


天秤を担ぐ男性に、


荷馬車などを捉えていきます。のどかです。


田植えを映したこの場面では、左から2番目の女性の帽子が風で飛びそうになり、照れ笑いを見せています。時代が違えど、思わず笑ってしまう状況に大きな変わりはありません。


続いて「将軍ヨリモト(頼朝)の墓」として紹介されるのが、


鎌倉の鶴岡八幡宮(墓の場所は異なりますが)。日本の観光地案内フィルムには欠かせない、鎌倉の大仏も捉えられています。


大型船に小型船が群がっているこちらの状況は、場所は変わって長崎だそうです。


何が行われているのかというと、1000人の労働者が4時間の間に小舟150艇分の石炭を大型船に積み込んでいるのだそう。この積み込みの様子は絵葉書にもなっていたので、外国人の間では有名な観光スポットとなっていたのでしょう。

GIFアニメで切り出したのがこちらです。まさにバケツリレー式で行われています。気が遠くなるような作業です(映像をクリックまたはタップすると再生が止まります)。


再び関東近郊に戻り、東海道だそうです。自動車かバイクの荷台から、進行方向と反対側を撮影しています。細い道で馬車とすれ違ったり……、


子供が野次馬に出てきたりと、飽きることなく繰り返し見ていたくなるシーンです。



(映像をクリックまたはタップすると再生が止まります)


「Lake Hakone」と紹介されているのは、箱根駅伝の往路ゴールの地、芦ノ湖のようです。手前には茅葺きの屋根も見えます。


こちらは芦ノ湖畔の「賽の河原」でしょうか。仏像や石塔が立ち並んでいます。




ここからは日本の神道についてです。字幕で「お賽銭箱ごどこにでもあります」と紹介され、小さなお賽銭箱に賽銭を投げ入れている人々が映ります。


この場面はフィルムがやや劣化していますが、神社の「手水舎」のようです。「手や舌を清めることで、簡単に穢れ(けがれ)を払い落とすことができるのです」と説明が入ります。


実際に「手水舎」を使用している場面も収めてあります。皆さん、柄杓(ひしゃく)に直接口をつけて口をゆすいでいます。


陶芸や工芸品の紹介を挟んで、場所は日光に移ります。現在とさほど変わらないようにも見える「日光杉並木」ですが、100年近く若い状態だと思うと感慨深いものがあります。




「山車が境内目指して進んでいる」という字幕に続いて現れるのは、日光二荒山神社で行われる「弥生祭」の花家体でしょうか。


境内はすごい賑わいになっているようです。


画面奥に向かって、「花家体」と思われる山車が進んでいるのが見えます。日光では、他にも憾満ヶ淵の地蔵群なども紹介されています。




そして、このフィルム最後の訪問地となる横浜です。ビシっとスーツを着こなした紳士や人力車などを確認することができます。


自動車の姿も見えます。大正10年(1921年)頃の日本の自動車保有台数は1万台ほど(日本帝国統計年鑑、警察統計報告)だそうで、まだまだ貴重な存在です。


通りが変わったようで、幟が立ち並ぶのは映画館で賑わう「伊勢佐木町通り」でしょうか。右奥に見えるドーム状の屋根の建物は、こちらの絵葉書に描かれているのと同じもののようです。


シルクと象牙の小売地区の「Benton Dori」と字幕で紹介されているのは、恐らく「弁天通り」のことでしょう。横浜市中区役所の「中区の歴史を碑もTalk」によると、横浜の開港直後から外国人向けの商品(絹織物など)を扱う店で賑わっていたそうです。洒落た馬車が通り過ぎていきます。


商店の看板を見ると、英語表記が目立ちます。


カメラマンが何かパフォーマンスをしたのか、多くの人が笑顔でカメラを見ています。


女学生たちが横並びで歩いてきます。


左端の女学生は、後ろを歩いている人の日傘が頭に刺さったようでこの表情。


カメラの前に立ち止まり凝視していく女の子。眼力が強い。






最後に入る字幕は、「人気のクーリーコートは、ここでは下流層の人のみが着用している」という内容のもの。それとともに袢纏(はんてん)を着た労働者たちが捉えられています。1920年代にアメリカで流行した中国の労働階級(クーリー)の服装を元にデザインされたコートのことを意味していると思われます(参考資料)。



100年近く前の時代に暮らす人々の表情が生き生きと捉えられていて、また(バイクの?)後部座席から走行しながら撮影したシーンはまるでその場にいるかのような錯覚が感じられる、とても貴重で楽しめる映像でした。引き続き、歴史の1ページを紐解いていきたいと思います。

(服部淳@編集ライター、脚本家) ‐ 服部淳の記事一覧

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※参考文献
・100年前の日本 絵葉書に綴られた風景-明治・大正・昭和-/生田誠(生活情報センター 2006)
・開港150周年記念 横浜 歴史と文化/財団法人横浜市ふるさと歴史財団・高村直助(有隣堂 2009)

【動画】「1920s JAPAN TRAVELOGUE KAMAKURA NAGASAKI NIKKO 23074」