藤田朋子の『本来ならば満月』第四回「切符で遊んだこと」
こないだロケで、ロープウェイに乗った時に、硬い紙の切符で、改札で切符を切って貰いました。
このフレーズはもう死語でしょうか。「切符を切る」
もうほんとに、信じられないくらい、なくなってしまった動作がありますよね。
ダイヤルを回す。とか、チャンネルを回す、とかね。
で、その切符なんですけど、切符には通し番号が入っていました。
で、ふと思い出したんだな。
小さい頃、電車に乗ったら、この数字を足したり引いたり、掛けたり割ったりして「10」にして遊んだ事を。
大抵4桁から5桁の数字で、だったんじゃなかったかなあ。
それを、色んな方法で「10」にする。
それぞれの数字は一回しか使えない。
例えば「5631」と書いてると…
6÷3=2
2×1=2
5×2=10 いえい!
でも「4980」だと、どうやっても「10」にならない!
でも、暗算で物凄い考えて時間を潰すんだな。
色んな方法を考えながら駅に着く。乗り換えたらまた次の切符で遊ぶ。
やらなくなって久しいけど、私は結構好きな遊びで、たまに運転していて前の車のナンバーで、その遊びをやってみたりします。
算数、点数悪かったけど、これは大好きだったんだなあ。
切符切りしなくなって久しいね。
懐かしいな。
あの切符を切るハサミの音。
切った跡の切り口が駅によって違っていたよね。
あと、切符の印刷が乾いてなくて、指にインクがついちゃったりしたよね。私は顎にひっつけた事あったんだよねえ~。
硬い切符だったときは、びろびろいじって、何枚かに割いてしまったりして怒られたよねえ。
改札の真ん中に人が立っていて、切符を切る、切符を受け取る、これを左右でこなしていたよね。
自動改札になると聞いた時、改札の人の「流れ」が想像出来なかったもの。
出る人、入る人が、まさか同じ改札を通るとは!時々、今でもマル表示の改札に入ろうとして反対側から人がやってきて閉まってしまって焦る事あるけど、やっぱり、ちょっと流れに違和感があるからかもね。
電車での想い出と言えば、ストライキで線路を歩いた事もあるなあ。
今もあるのかな、ストライキで線路歩くって事。
いつもは電車に乗って見る景色を、線路を歩くと、下から見上げる景色になって不思議な感覚だったなあ。小さかった事もあったからかもね。
ああ、また思い出したぞ。
渋谷の駅で、電車賃が足りなくて、駅員さんからお金を借りて、電話をかけて、母に最寄り駅まで迎えに来てもらって、改札でお金を払ってもらった事もあった。
伝言板の黒板に、友人との待ち合わせを書く事が、ちょっぴり大人になった気分だった。
ああ…
どれもこれも懐かしいと思うのは、私がすっかり年をとったって事だわ。
電子マネーがこんなに急速に発展するなんて。
星新一さんも想像していなかったかもしれないなあ。
(藤田朋子)