「たらしこみ」「どは」「ひそうせん」とは…「広辞苑」にも載ってない?!日本美術専門用語

2022/4/7 22:05 Tak(タケ) Tak(タケ)

伊藤若冲や葛飾北斎など江戸時代に活躍した日本の絵師人気はとどまる気配がありません。

奇想の絵師や浮世絵が切っ掛けとなり日本美術に興味関心を持たれる方も年々増えています。



ただ、知らない世界に足を踏み入れると、必ず「言葉の壁」にぶつかるものです。そう所謂「専門用語」の存在が目の前に立ちはだかります。

展覧会に足を運んでも、絵の解説文を読むと何なら見たこともないことばが並んでいて、余計に分からなくなってしまったことありませんか。



勿論、悪気があって鑑賞者を拒むために難解な専門用語を用いているわけでは決してありません。そのことばでしか言い表せないから使っているだけなのです。

どんなジャンルの用語でも、それ以上かみ砕いて平易に出来ないことばがあるものです。しかし逆にそれらを覚えてしまえさえすればぐんとその世界が近づいてきます。

日本美術における専門用語も同じことが言えます。数もそれほど多くないので一度理解してしまえば日本美術をこれまでよりも深く楽しむことが出来ます。

今回はそんな日本美術のことばの中から、『広辞苑』にも載っていない超マニアックなものから、とてもポピュラーなものまで5つの用語について紹介したいと思います。

土坡
(どは)


まずは『広辞苑』や事典にも載っていないことば「土坡」からです。土坡と書いて「どは」と読ませます。iPhoneでも勿論漢字変換候補に出てきません。

土坡とは、地面がこんもりと盛り上がったところ。日本庭園に見られる築山やちょっとしたアップダウンがある場所のことをそう呼びます。

山や丘のような高く大きなものでない、なだらかな地面の起伏した部分のことです。


狩野派「葡萄棚図屏風」桃山時代(16世紀)
東京富士美術館

この屏風絵の下部に描かれている緑のゆるやかな曲線で表現された部分が、土坡です。

急峻な山々を描いた中国の水墨画と違い、なだらかな日本ならではの風景を表現するために描かれた土坡は、一種の意匠と捉えても問題ないでしょう。

皴法
(しゅんぽう)
元々は中国の山水画で樹木の描き方である樹法とともに発達した、岩や山に襞 (ひだ)を入れ立体感を与えた画法を皴法と呼びました。

試しに、ネットで皴法を画像検索すると中国のサイトが多くヒットします。


長谷川等伯「波濤図」(重要文化財)桃山時代(16世紀)
禅林寺

日本美術の世界ではこの皴法はこのような岩肌の表現に、陰影や立体感を出すことに用いられました。

狩野派の絵を観る際にこの皴法を見比べると、巨大絵師集団の手による作品であっても「個性」が皴(しわ)に現れているのが分かってきます。

引手跡
(ひきてあと)
襖を開け閉めする際に手を掛ける箇所を「引手」と呼ぶのは知っていても「引手跡」となるとはて?なんのこととなります。

日本美術の世界では元々は建物内にあった襖絵を屏風などに変えることがあります。

その際に引手は不要となるのでその痕跡だけが残ることに。それを引手跡とよびます。先ほど紹介した長谷川等伯「波濤図」(重要文化財)をよく観てみると引手であった場所がはっきりと残されています。

たらしこみ


俵屋宗達「風神雷神図屏風」(国宝)江戸時代(17世紀)
建仁寺

人の心を掌握したり、他人を騙す「人たらし」とは全く関係のない、日本美術特有の墨の滲みを活かした技法をたらしこみと呼びます。

生没年不詳でありながら琳派の創始者として多くの絵師にリスペクトされている俵屋宗達が編み出した技法とされています。

何でも、絵具や墨が乾かないうちに、濃度の異なる絵具や墨で描き足すと、二つが混じり合い独特の「むら」が出来るそうです。ある意味自然の偶然が為す技。

この宗達が考案した滲みをたらしこみと呼び、以降琳派の絵師たちが好んで用いました。

肥痩線
(ひそうせん)
年齢を重ねるとほうれい線が気になり出し、アスタリスクの力を頼るものですが、日本美術における「肥痩線 」(ひそうせん)とは一体どんな線のことなのでしょう。

肥えたり、痩せたりする線、つまり一本の線が場所により細くなったり太くなったりと変化をしている線のことです。


伝宅間勝賀「十二天像」(国宝)鎌倉時代(12世紀)
東寺

左の月天像を見れば肥痩線は一目瞭然。一本の線でありながら抑揚があります。ただこれをいざ墨で描くとなると相当な技量が必要です。一歩間違えば全て台無しです。

今後有難い仏画を観る際には是非、肥痩線にも注目して下さい。尚これとは対照的に太さが均一の線を「鉄線描」(てつせんびょう)と言います。どちらも上手い比喩を用いていますね。

日本美術のことばが分かるとお寺巡りも今まで以上に有意義なものになってきます。



「国宝 十二天屏風」は東寺でも公開される機会が限られており中々目にすること叶いませんが、小学館から出た 隔週刊 古寺行こう(2)東寺ではしっかりと紹介されています。

しかも、肥痩線が一番よく分かる月天像を大ききな画像で掲載してくれているのでとても助かります。



『隔週刊 古寺行こう』は、これまでのシリーズとは違い、絵画や仏像など日本美術を見るための場所として古寺がある、というスタンスで編集されており、寺宝を大きく見せるなどの工夫を凝らした構成になっています。

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