今こそ「お酒への愛と感謝」を綴ろう!『無職、ときどきハイボール』

2021/7/14 14:00 吉村智樹 吉村智樹




お酒、お好きですか? お酒にまつわる規制が理不尽なまでに日増しに厳しくなり、酒好きは肩身が狭い世の中になってしまいました。


そんな時代に背を向けるかのように「酒LOVE」な想いが溢れた書籍が登場し、話題となっています。


おススメの新刊を紹介する、この連載。
第58冊目は、一人飲み動画で人気のYouTuber「酒村ゆっけ、」さん初のエッセイ集『無職、ときどきハイボール』(ダイヤモンド社)です。






(C)酒村ゆっけ、


■お酒が目の敵にされる緊急事態宣言


お酒が悪いの? お酒のせいなの? ねえあなた。


演歌の歌詞ではありません。
いま、お酒がたいへんな苦境に立たされています。


「“まん防”(まん延防止等重点措置)が明けたら、店内飲酒への緩和や容認が進む。土日も飲めるようになる。各自治体からの時短要望などまだまだ措置はあるのだろうけれども、それでもやっと人目をはばからずに冷たいビールが飲めるぞ~」


まん防が明ける日を心待ちにしていた人、多かったのでは。


ところが……まん防の解除どころか、東京では4度目の緊急事態宣言へ突入がほぼ確定。沖縄も延長になりそう。まん防の延長を要請したり検討したりしている府県もあります。ふぅ。新型コロナウイルス禍との長い闘いは、まだまだ続きますね……(ため息)。


新規感染が四たび拡大している状況をかんがみると、いたしかたない。感染力が高いデルタ株は脅威ですから。コロナワクチンの供給減少により、医療機関が二度目の接種のキャンセルに追われる混迷の昨今、「正しい我慢ならばしたい」と私は考えるのです。


けれども、ですよ。
西村経済再生相が語ったとされる「休業要請に応じない飲食店に対し取引金融機関から働きかけるよう求める」考えは、さすがに「我慢ならねえ」と多くの非難の声が挙がりました。西村大臣の更迭を求める動きにまで発展しかねないため発言はのちに撤回されましたが、これは市民どうしの監視密告を推奨した、実質の禁酒法ですよね。


酒税で国を支え、消毒に使うアルコールが不足したおりには蔵で製造して助けてくれたのに。お酒に対する仕打ちがあまりにもむごい。





責めるべきはお酒ではない。「複数名でワイワイ」のはず。お酒の提供を規制するばかりではなく、酒造やお酒を販売する人たちに圧をかけるのではなく、YouTuber「酒村ゆっけ、」さんのように、お酒を一人で静かにじっくり楽しむスタイルをもっと提唱すべきなのでは。


■一人飲み動画で超人気の「酒テロ系」YouTuber


「酒村ゆっけ、」さんというYouTuberが人気です。


酒村さんのYouTubeチャンネル「世界一のゆっけ」は、ぼっち、無職、独身という無敵三原則な彼女が「一人飲み」の様子を独白スタイルで映像化しているのが特徴。


文学の香りがたちのぼる一人語りに味があり、なんと総再生数は4000万回を突破! 「目覚めたら午後」「深夜三時にサッポロ味噌ラーメンとビールの禁断の夜会を開く」など、愛らしい堕ちっぷりが共感を呼んでいます。「酒テロ系」と呼ばれるほど、おいしそうに一人飲みする酒村さん。決してテンションは高くないけれども、幸せそうな日常を淡々と映しだしたゆるーモラスな動画は、多くの視聴者を酔わせているのです。





■過労と対人ストレスの日々。「富士そば」のビールに救われた


しかし、酒村さんがお酒を愛するようになった背景は、酔いもさめるほどシビア。大学を卒業し、新卒で入社した彼女に待っていたのは、社会の厳しさ。残業どころか早朝出勤をも強いられ、朝6時に家を出て終電間近で帰る日々。


肉体的にも対人ストレス的にも疲れ果てた酒村さんの唯一の楽しみは終業後に飛び込む23時台の「富士そば」。コロッケそばをアテに胃に流し込む冷えたビールだけが彼女に寄り添ってくれたのだそう。どんな場所でも想像力をフル稼働させ、その場を居酒屋にしてしまうスタイルは、キツい会社員時代にうまれたものなようです。


このまま会社勤めを続けると自分の心が壊れてしまう。危険を感じた酒村さんは退職し、無職に。もともと人とのコミュニケーションが苦手で友人が少ない彼女は、部屋で一人、お酒を飲むようになります。そして初めて「お酒に味がある」と気がついたのです。


モラトリアムを謳歌し鯨飲していた大学時代、現実逃避のために飲んでいた会社員時代には気がつかなかった、お酒のおいしさ。それから彼女はYouTuberに転身(酒村さん曰く“ネオ無職”)。レモンサワーやウイスキーなどの味をしみじみ堪能しつつ、自分と向き合いながらソロ飲みする日々を公開し、人気を博すこととなりました。





■文章もストロングゼロなみに切れ味バツグン


私小説を朗読しているような孤高で文芸性に富んだセルフナレーションを聴いていて「この人はきっと文章がうまいだろうな」と思っていたら、やはり出版されました。エッセイ集『無職、ときどきハイボール』が。才能があれば、放っておかれはしないのですね。



(C)酒村ゆっけ、 (C)ダイヤモンド社


読んでみると……気軽に読める“お酒にまつわるトホホおもしろエッセイ集”かと思いきや、確かに笑えるページはたくさんあるのですが、それよりも友達は多くいるべきという呪いを解き、「酒とともに生きる」という硬質で崇高な理念を強く感じました。


■「自分らしい幸せの作り方を、私は酒に教えてもらった」


引っ込み思案な酒村さん。無職になっていっそう単独行動が基本となり、鳥貴族は「ヒトリキ」が当たり前。


さらに彼女は「終電後の吉野家(コロナ前)」、サイゼリヤ、くら寿司、ガスト、バーミヤン、さらにお菓子の食べ放題「スイーツパラダイス」などなどに出向いては、ハイボールや「ストゼロ」(-196℃ ストロングゼロ)などの「彼氏」を注文。イマジネーションでその場を居酒屋に仕立てます。ぼっちだって寂しくなんてない。2杯注文し、右手と左手でセルフ乾杯すればいい。そうしてうまいお酒が注がれたグラスを次々と「枯らして」(飲み干す、ではなく“枯らす”)ゆくのです。



(C)酒村ゆっけ、 (C)ダイヤモンド社


飲みバリエーションを発見したり広げたりするのも積極的。相模原にある中古タイヤ市場の自販機コーナーを居酒屋にするため、わざわざコークハイ用のウイスキーを持参するほど。知りませんでした。『野郎ラーメン』の野菜トッピングは「茹で」と「焼き」が選べるなんて。おつまみを注文しなくても、ラーメンの具が充分、お酒のおともになるわけです。


単なる工夫ではない。「自分らしい幸せの作り方を、私は酒に教えてもらった」。彼女はお酒に感謝を込め、そう語ります。さまざまな場所で酒を飲むのは、幸せになるため求道でした。


■群れずに生きる決意と静かなる闘志


なんらコミュニティに属さず形成せず、有益情報もなく、教祖になどならずとも、チャンネル登録者数 32万9千人、Twitterフォロワー6万4千700人強を誇る酒村さん。彼女はひたむきに「無職という職業」への道を拓いています。リットン調査団の水野さんの名言に「夢の職と書いて、夢職」があります。酒村さんは無職というより「夢職」ですよね。長く不景気が続くなか、働く選択肢が増えるなんて、これほど輝く夢がありますか。そして「普通」から外れた場所に新たな選択肢があるのだと、彼女は教えてくれます。


友だちがいなくても大丈夫。
家にこもっていても大丈夫。
一人で飲んでもヘンじゃない。
ダメ人間でもかまわない。
いい人でなくても問題ない。
性格は明るくなくたっていい。
同調圧力的な飲み会になんて出なくていい。
コミュニティに属さなくても生きてゆける
会社に仕えるだけが仕事じゃない。
「女子はこうあるべき」「社会人はこうあるべき」なんて固定観念の外に出たって、生きていける。


「ぼっち」で飲む「酒村ゆっけ、」さんのYouTube動画やエッセイからは、群れずに生きる決意と、静かなる闘志が、サワーの泡のようにしゅわーっと湧きあがっています。


そして彼女の姿勢こそが新型コロナウイルス禍のなかで人が酒と付きあう、かなりの好例であるはず。西村大臣にも、ぜひともお読みいただきたい一冊です。



無職、ときどきハイボール
酒村 ゆっけ、著
定価:1430円(本体1300円+税10%)
ダイヤモンド社

SNSフォロワー累計60万人超! YouTube総再生数4000万回超! 酒テロ動画で話題沸騰中のクリエイター、酒村ゆっけ、初のエッセイ。IKEA、サイゼリヤ、吉野家、セブンイレブン、くら寿司、公園……酒さえあれば、どんなところも居酒屋認定! 酒村ゆっけ、ワールド全開の酒テロエッセイ爆誕。

酒を愛し、酒に愛される孤独な女。
新卒半年で仕事を辞め、そのままネオ無職を全う中。
引っ込み思案で、人見知りを極めているけれど酒がそばにいてくれるから大丈夫。
ハイボール、ビール、ストゼロ……たくさんの酒彼氏に囲まれて生きている。
食べること、映画や本、そして美味しいお酒に溺れる毎日。
そんな酒との生活を文章に綴り、YouTubeにて酒テロ動画を発信している。
気付けば、画面越しのたくさんの乾杯仲間たちに囲まれていた。

お金はない、友人も少ない、仕事もほとんどない、でも時間はある。
そんな世間的には〝終わっている〞と言われても仕方がない私が、それでも幸せに生きていけているのは酒のおかげだ。

飲み方次第で、酒は人生を楽しく彩ってくれる。

この本は、そんな私なりの幸せな飲み方を書いたものだ。
これを読んで、少しでも誰かが飲みたいと思ってくれ、
ほろ酔いな幸せ気分を共有できるなら、それが何よりうれしいなと思う。

「一緒に飲もうよ。」
https://www.diamond.co.jp/book/9784478111093.html



吉村智樹