「紀州のドン・ファン」ってどんな人? 今あえて読む「美女4000人に30億円を貢いだ男」

2021/5/19 13:40吉村智樹吉村智樹




こんにちは。
ライター・放送作家の吉村智樹です。


おススメの新刊を紹介する、この連載。
第50冊目は、新刊ではありませんが、いまお伝えしたい話題の本「紀州のドン・ファン 美女4000人に30億円を貢いだ男」です。


■結局「紀州のドン・ファン」って、どんな人?


この記事を書いている現在、「紀州のドン・ファン」と異名をとる和歌山県田辺市の資産家、野崎幸助さん(当時77)を殺害したとして、和歌山地方検察庁は2021年5月19日(水)に元妻(現25)を「殺人などの罪で起訴する方針」を固めた、そう伝えられました。


「紀州のドン・ファン」こと野崎幸助さんが自宅にて急性覚醒剤中毒で死亡し、容疑者である元妻が出演したAVが軒並みネットで再生数をあげたり、東野幸治さんと容疑者との2ショット画像が出まわったりするなど、大いに話題となっています。


4月29日(木)に彼女が送検されて以来、下世話な関心を呼び起こし続けるこの事件。マスコミは元妻の過去を暴こうと躍起になっています。けれども、ふと思ったんです。「そもそもの発端である“紀州のドン・ファン”とは、いったいどんな人物だったのか。正直に言って、はっきりとは知らないな」と。


そういうわけで、故人が2016年に出版した自叙伝「紀州のドン・ファン 美女4000人に30億円を貢いだ男」(野崎幸助・著/講談社+α文庫)をひもときながら、好色一代男の人生を振り返ってみましょう。





■「いい女を抱くためだけに、私は大金持ちになった」


「いい女を抱くためだけに、私は大金持ちになった」


大きく帯に書かれたこの言葉は、野崎さんが世間に遺した、言わば辞世の句です。


野崎さんの言葉を信じるならば、氏は77歳になるまでに4000人もの女性と交際。そのためにおよそ30億円を費やしました。しかも、おつきあいした女性のほぼ全員が20代前半~20代半ばのグラマラスなタイプ。「10代の女子には絶対に手を出さなかった」。それが氏の誇りでした。法律に従う。そむかない。野崎さんが貫いた信念だったのです(いやあの……だからって! と読み進めるうちに思ってしまうのでありますが)。


野崎さんは昭和16年、和歌山県の田辺市で生まれました。地元の中学校を卒業後、鉄屑拾い、コンドームの訪問販売員、金融、酒類販売、不動産、梅干しの販売などさまざまな商売を手掛け、裸一貫で巨万の財を成したのです。


童貞喪失は14歳、中学2年生のとき。秋祭りの夜に畑の小屋のムシロのうえで、同級生と結ばれました。野崎さんは甘露な夜に酔いしれつつ、「いい女とエッチするためには、お金が必要だ」と考え、鉄屑を拾いはじめます(ちなみに野崎さんは性行為を一貫してエッチと表現します)。


ここが正直、読んでいて戸惑う点です。「モテたい。だからカッコよくなりたい」でも「モテたい。だから出世したい」でもなく、野崎さんは14歳にして、いきなり「お金を払ってエッチをしたい」と考えるのです。


思えば戦後まもなくで、食糧がまともにない時代。家は貧しく、栄養失調で身長が160センチ台と低かった。そんな野崎さんにとって、コンプレックスは軽々と乗り越えられる障壁ではなかったのでしょう。その壁を乗り越えるには、お金しかないのだと。そして「お金を払ってエッチをしたい」という考え方は殺害される77歳まで更新されることのない、野崎さんの基本理念となるのです。





■紀州のドン・ファンを有名にした「6千万円窃盗事件」


そんな野崎さんは、なぜ有名になったのか。それは、2016年に起きた「50歳年下の愛人に大金を持ち逃げされた事件」がきっかけでした。結婚を視野に入れながら交際していた(と自分では思っていた)自称モデルで自称「ジェシカ」自称27歳から、自宅にあった現金およそ600万円や高級時計、貴金属、宝飾類など5400万円相当を盗み出され、全国に報じられたのです。


ジェシカは野崎さんの留守中に部屋の宝石箱を叩き壊し、その際に深い傷を負い、血を流しながら飛行機に搭乗して逃げたといいます。このように、なにからなにまで雑な事件でした。容疑者は50歳も年齢が離れた、言わば孫世代。警察はむしろ野崎さんの保険金詐欺を疑い、すぐには被害届を受理しなかったのだそう。


ちなみに野崎さんとジェシカは和歌山では6度しか会っておらず、野崎さんはそのあいだ彼女に400万円を注ぎこんでいたといいます。野崎さんが言う「おつきあい」の観念がどういうものなのかが、このエピソードからもわかりますね。私たちが知る恋愛とは、ちょっと違うようです。





■27歳の女性と交際する70代男性を世間は面白がった


マスコミ対応のために玄関を出た野崎さん、いつもはスーツなのですが、たまたま昼寝をしていたためラクダのシャツに股引(ももひき)のみというラフすぎる姿。20代の女性と交際する男性としてはギャップがありすぎ、被害者でありながらド助平ジジイ扱いに。さらに部屋にあがりこんだカメラマンが映し出した1億円に対し、「一億なんて紙くずですよ」と言ってのけ、ワイドショーをにぎわせました。そうして一夜にしてトリックスターに。週刊誌など「3回エッチして6000万円」など悪ノリして報じました。何度も言いますが野崎さん、被害者なのに!


以来、興味本位で家にあがりこんだ報道スタッフの数は、なんと380人! しかもその際、ラクダのシャツ&股引姿に「着替えてほしい」と頼まれたのだとか。僕も報道番組に携わっていた経験がありますが、ニュースでもヤラセ的な演出って普通にありましたからね。そうしてついたニックネームが、浪花のモーツアルトに比肩する「紀州のドン・ファン」でした。





■実は「ドン・ファンみ」がない人物だった



「紀州のドン・ファン」と呼ばれるようになった野崎さん。けれども実際はドン・ファンとは大違い。戯曲に登場するドン・ファンのように傍若無人に放蕩するタイプの人物ではありませんでした。


小柄で、腰は低く、喧嘩は好まず、目立ちたがらない。酒を販売しつつも飲む日は少なく、酒場へは顔を出しません。外食するなら「ガスト」という倹約家。酒のみならず「オッパイは吸うけどタバコは吸いません」。ギャンブルは一切せず、風俗も「女性側に客を断る権利がないのはフェアじゃない」と行きませんでした。飲む・打つ・買うの正反対。早朝3時から仕事をする朝型で、夕方には仕事を終え、そこから「ダイナマイトボディ」の女性と「エッチ」するために「ガールハント」にいそしむのです。


真面目なのか、なんなのか。ストイックなのか、どうなのか。倫理観がどこかでバグっているように感じてしまいます。むしろ規則正しく生きていたからこそ固定観念を更新する機会に恵まれなかったのかもしれません。


■女性を口説く不気味なキメ台詞


野崎氏には、キメ台詞といえる口説き文句がありました。それは「ハッピー・オーラ、ハッピー・エレガント、ハッピー・ナイスボディ。あなたとデートしたい。エッチしたい……」。そして言い終わると声を小さくし、耳元で「おつきあいしてくれたら40万円あげるよ」とささやく。


前者の呪文には、きっとなんの効果もないでしょう。逆効果はあれども。効果があるとすれば後者となるのでしょうし、野崎さん曰くあるらしいのですが、もちろん疑問符だらけです。だってそれ、「売春」でしょ?


ここからが野崎理論の始まりです。氏が言うには、断じて売春ではない。その理由として「交際クラブ」での紹介を経た「交際」なのだからと。恋人に高級レストランでごちそうをしたり、ハンドバッグやアクセサリー、ときに現金で想いを伝えたりして、なにが悪い。野崎さんは、かのジェシカとも交際クラブで知りあっていました。そして事件が起き、「あんなに大切にしたのに、裏切られた」と感じたと言います。


大切に……。う~ん。ここ、野崎さん、きっと本気で言っているんです。女性を大切にするとは、すなわち、お金を渡すことなのだと。「売春していない」は言い訳ではなく、氏のなかでは本当にそれが「おつきあい」「交際」の形態であるようなんです。つまり4000人の女性たちとは「交際」だった。無理やろ! この独特な倫理観、ページをめくるたびにグレーの波が襲ってくるので「どう読めばいいんだ!」と戸惑いました。





■殺害容疑者にとっての「野崎攻略本」になった?


お亡くなりになったあとにこの本を読むと「符牒が合う」点が多々あり、背筋が凍ります。20代前半~20代半ばの「ダイナマイトボディ」の女性と、結婚(再々婚)を念頭に置いて交際。それがこの本に書かれた野崎さんの希望。出版後、まさに夢がかない、理想の女性と巡り会えたのです。そしてピークで人生は幕をおろしました。「唯一の家族」と心のよりどころにしていた愛犬イブとともに、手をつないで散歩をする、そんな暮らしを夢想していたかもしれません。


価値観をアップデートする機会が得られず、明らかにジェンダー的に問題があるオピニオンを貫き、最期は殺害という最大の応報によって、比喩ではなく本当に昇天した野崎さん。
反社会勢力には徹底して近寄らず、クスリなんてもってのほか。そんな野崎さんの死因が急性覚醒剤中毒だったのは「なんという罰ですか?」と天に問いたくなります。


氏の一生を、世の男たちは嗤ったり否定したりできるのでしょうか。読み進めるながら「そんなバカな」とヒきつつ、野崎さんと同じ身長の僕は、どうにも他人事だとは思えないのです。どこか同じ穴に落ちている気がしてなりません。


そして、物語には続きがあります。野崎さんはその後、回春法を説いた「紀州のドン・ファン 野望編 私が『生涯現役』でいられる理由」(帯には奇しくも予言となった言葉『オレは死ぬまで美女を抱く!』)をリリース。さらに死後、過去2冊を構成した吉田隆さんが「紀州のドン・ファン殺害『真犯人』の正体 ゴーストライターが見た全真相」を上梓しています。しかも、同じ講談社+α文庫から








好色である以外に美青年ドン・ファンとの共通点がなかった野崎さん。こうして語り継がれながら、本当に戯曲のドン・ファンのような存在になっていくのかもしれません。



紀州のドン・ファン
美女4000人に30億円を貢いだ男
著:野崎 幸助
定価:858円(税込み)
講談社+α文庫

とんでもない男がいた!
幼いころから「美人と付き合いたい」と願い続け、そのためには大金持ちになるのが近道と、鉄屑拾い、コンドーム訪問販売、金融業など様々な商売を経て、裸一貫から成り上がった男の痛快自伝。

商売が上手くいくコツ、金持ちになるための心構え、女性を口説く技から、75歳になってクスリいらずの生涯現役法まで、すべてを赤裸々に語った!
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000208113



吉村智樹