6万5000人が「存在しない本」に熱狂! Twitterで話題「ない本、あります」

こんにちは。
ライター・放送作家の吉村智樹です。
緊急事態宣言の延長が発表され、対象地域が追加されました。新型コロナウイルス禍は、いっこうに収束の気配を見せません。
しばらくは自宅で読書をしたり、会えない人たちとSNSで交流したりしながら、新規感染拡大の防止につとめたいものです。
おススメの新刊を紹介する、この連載。
第49冊目は、Twitterから誕生した超話題の本「ない本、あります。」です。
■6万5000人が「ない本」に熱狂!
「ない本」 https://twitter.com/nonebook というTwitterアカウントをご存知ですか。
「ない本」は、リプライで送られてきた画像をもとに、存在しない文庫本をつくりだす人気アカウント。フォロワー6万5000人を超えるインフルエンサーです。

(C)大和書房
「ない本」アカウントを運営しているのは能登崇さん。1991年生まれの、おそらく30歳。家電量販店の販売員、Webライター、キッチン雑貨店の販売員、会社員を経て、2018年にTwitterアカウント「ない本@nonebook」を開設。現在のお仕事が謎な点も「ない本」運営者らしいなと感じます(*のちに、広告デザインをしておられるサラリーマンとの情報をいただきました)。
能登さんのTwitterアカウント「ない本」が人気を博した理由、それは、Twitterユーザーから届いた「なんでもない画像」が洗練された架空小説(のかたちをした文庫本)へ変身する点。

(C)大和書房

(C)大和書房
送られてきた画像から飛躍してゆく能登さんの発想が、とにかく素晴らしい。いやあ、よくできているんです。「玉造高校巨獣配膳部」「ベストシーズンライクアドリーム」などミステリーやホラー、SF、ジュブナイル、ライトノベルなどに「ありそう」なタイトルとデザイン。想像上の出版社。ワクワクが禁じ得ないあらすじ。バーコードまで再現する芸の細かさ。どこもかしこもディティールが凝りに凝っていて感心します。「ない、って言ってるけど、本当はあるんでしょ?」と逆に疑いたくなるほどリアル。
画像投稿者のなかには人気YouTuberのデカキンも。しかもこれら文庫化(?)サービスが「無料」なのが本当にどうかしています。本はない。お金の動きはない。なんにも存在しないエンタテインメントなんです。
■「ない本」が遂にマジ書籍化して「ある本」へ変身
そんな「ない本」が、ついに現実に書籍化されました。ツイートで好評を博した28冊が、アンソロジーというかオムニバスというか……なんせ作者がひとりも実在しないのでジャンル分けしようがないのですが、とにかく新刊「ない本、あります。」(大和書房)へと進展したのです。


(C)大和書房
書籍化にあたり「ない本」たちはさらなる過激な展開を見せます。「ない本」の書きだしであったり、テキストの一部であったりが、なんと実際に書き下ろされているのです。もともと大学のミステリー研究会に属していた能登さんの文章は、どの本も「このまま一冊、書き下ろして!」と懇願したくなるほどうまく、おもしろい。ショートショート小説として上質、秀逸なんです。

(C)大和書房
さらに架空作家たちのプロフィールの数々から、謎めいた文芸結社や血縁関係が浮かびあがってくるなど、すみずみまで遊び心たっぷり。いい意味で「悪ノリ」しまくっていて、もう最高。
登場するどの本も、古本屋さんで100円~300円台で購入した文庫本のような、シブい味わいがあります。休日になんとなく街へ出かけ、たまたま見つけた古本屋さんの店頭ワゴンに投げ込まれた色褪せた文庫本。背表紙に書かれたあらすじに惹かれ、1000円札一枚でおつりがくる程度の数冊を購入。しかし買った瞬間にピークを迎え、家に帰っても結局は読まずじまい。「いつか自分はこの本をきっと読むのだろう」と明日の自分に押し付けたまま何年も本棚の肥やしになっている。そんな背徳感がどの「ない本」からも漂ってきて、チクッと心が痛むのです。
能登さんが読書家で、本を読む喜びだけではなく哀しさも知っていないと、この滋味は出せないでしょう。
■「ない本」は無から感動を生みだす新発明
書籍の世界には「存在しない本を楽しむ」カルチャーがあります。たとえば実際には出版されていない本のあらすじや書評が100パターンも綴られた90年代のベストセラー「偽書百選」だったり、存在しない書籍の装丁や造本までやってのける工藝ユニット「クラフト・エヴィング商會」一連の仕事だったり。
しかし、この話題の新刊「ない本、あります。」は、過去の偽書遊びの類とは、ありようが大きく異なります。Twitterのユーザーが能登さんに画像を送り、その画像から「ない本」を生みだし、返信というかたちで納品する。その間柄には「読者と発行人」のコミュニケーションが確実に存在するのです。ないのは肝心の「本だけ」という。単なるパロディでは終わらないんですよね。
注文した側に「ないもの」が届き、しかもそこに感謝や愛着の感情が芽生えるのですから驚き。これはSNSが生んだ新しい遊びだし、文化ですよ。もっと大きく言うと、電子の力によって、これまではなかった感情が人の心のなかに開花しているのでは。
それくらい画期的な本です。能登さんが始めたこの「ない本」発刊サービスは、もっと評価されるべきでしょう。

(C)大和書房
わざわざ一冊一冊に存在しない文庫レーベルのロゴマークをデザインし、出版社によって微妙に異なる文字のフォント、級数、文字送り幅など細かいところまでレイアウトする。虚構のリアルを表現するために存分に遊び尽くした「ない本、あります。」。なんと贅沢な一冊なのでしょう。

(C)大和書房
こんな優雅なひととき、新型コロナウイルス禍以降、久しく味わってなかったな。「不要不急の行動は慎め」「なくても生きていけるものは断て」と命じられ、もうそろそろ一年。「ない本、あります。」は、枯れた心に潤いを与えてくれました。ないものに救われるなんて不思議ですよね。
……といった本の書評を書きたい、そう思いました。けれども、読もうとするたびに目の前からなぜか消えるのです。なんとか探しだし、少し読んでは、消え失せ。見つけだし、少し読んでは、また行方がわからなくなる。奇怪な現象が何度も起きました。いまとなっては「ない本、あります。」という本が実在するのかさえ、自信がありません。

ない本、あります。
著者:能登崇
定価:1650円(税込み)
出版社:大和書房
読みたくても読めないもどかしさを打ち破って、待望の読める「ない本」が生まれました。
本が好きな人も、最近読めていない人も楽しめる「ない本」です。
Twitter公開時に好評だった28冊の「ない本」を新たに撮影、"本文"にあたるショートショートを全編書下ろしで収録しています。
https://friedricefool.wixsite.com/my-site-2/5th-project
吉村智樹