「蘭字」~日本近代グラフィックデザインの源流~

2021/4/25 22:00 Tak(タケ) Tak(タケ)

「蘭字」(らんじ)と聞いてどんなイメージを思い浮かべるでしょうか。

蘭の花で描いた華麗な文字?それともオランダ(和蘭)関連の何か?はたまた織田信長が所望した正倉院宝物「蘭奢待」に由来するものでしょうか。



「蘭字」の正体を知りたく『広辞苑』や『漢字源』を開いても該当する言葉は掲載されていません。

このように現代では知名度の極端に低い「蘭字」ですが、明治から昭和初期にかけ海外(特にアメリカ)の人々を虜にしたのもこの「蘭字」でした。

さてそろそろ正体を明かすことにしましょう。「蘭字」とは輸出用茶箱(日本茶)に貼られたラベル類の総称です。


「輸出用茶箱」個人蔵

お茶の種類、ブランド、産地、輸出商社、販売店などを主にアルファベットで表記して絵を入れ、茶箱の顔である側面に貼られたほぼ方形のラベルが「蘭字」です。

パリの街中を彩ったトゥールーズ=ロートレックやアルフォンス・ミュシャが描いたポスターは毎年のように日本で展覧会が開催され誰しもがよく知るところです。


蘭字「CHOICEST QUALITY(梅に鶴)」アドミュージアム東京蔵

それと時を同じくして日本にも彼らに負けず劣らぬ優れたグラフィックデザインで海外の人々を魅了した「蘭字」が存在したのです。

「蘭字」は江戸時代全盛を迎えた浮世絵の絵師や彫師、摺師は、幕末明治以降、「蘭字」の製作にも携わりました。

世界を驚かせた他に類を見ない木版多色刷りの浮世絵の技術がそのまま転用されたのですから、注目を集めたことは自然と納得がいきます。


三代歌川広重画 茶箱絵「大日本名勝之内」アドミュージアム東京蔵

どんな中身の良い商品であってもパッケージデザインがよろしくないと、質まで悪く感じてしまうものです。

それとは逆にパッケージが目に付けば必ず興味関心を示し手に取ってもらえる確率がグンと増えます。昔、レコードやCDの「ジャケ買い」をしたことある方ならよくお分かりになるはずです。


蘭字「SHIZUOKAKEN URON& co.」個人蔵

生糸(絹)と並び明治期の主要な輸出品であった日本茶。その茶箱を彩った「蘭字」はまさに日本近代グラフィックデザインの源流とも呼べるものです。

ただ、輸出品であることや商品のパッケージであることから「蘭字」は、国内で知る人ぞ知る存在です。

因みに、「蘭字」という呼称は、中国と最初に茶の取引をした国がオランダ(阿蘭陀)だったことから、そのラベルを「蘭字」と呼ぶようになったそうです。


蘭字「BOSS OF THE ROAD」アドミュージアム東京蔵

こんな魅力的な「蘭字」を広く紹介する展覧会がこれまで東京で行われなかったのが不思議です。(横浜や静岡、埼玉などの輸出港や茶処では開催)。

2013年に和食がユネスコの無形文化遺産に登録され、日本の伝統的な茶文化への注目も高まっている今、ようやく齋田記念館(東京都世田谷区)で「蘭字展」の開催が決まりました。


「輸出用茶箱とアンペラ」個人蔵

お茶の消費地アメリカで発見された大変貴重な資料価値を持つ茶箱とアンペラ。アンペラ(安平)とは、茶箱を保護するためのゴザのようなものです。

中のお茶はすでに消費されて、茶箱とアンペラのみがセットで残っていました。このような例は他になく、現在知られる限り唯一の大変貴重な資料も今回の「蘭字展」に出ます。


蘭字「KANAYA CHOP」アドミュージアム東京蔵

世界は突然現れたウィルスにより大きく様変わりしてしまいました。しかしこんな時こそしっかりと自分の足元を見直す好機です。

約100年前、海外の人の心をがっちりとつかんだ見た目も鮮やかな「蘭字」。そろそろ我々もその魅力を知る時期が来たようです。


特別展「蘭字―知られざる輸出茶ラベルの世界―」

会期:2021年6月7日(月)~7月30日(金)
休館日:土曜(但し第四土曜日6/26・7/24は開館)、日曜、祝日
開館時間:午前10時〜午後4時30分(入館は4時まで)
会場:齋田記念館
http://saita-museum.jp/
協力:アドミュージアム東京、四郷郷土資料館、伊藤邦男氏、冨士美園(新潟・村上)、一言進氏、石部健太朗氏、静岡産業大学デジタルアーカイブ研究チーム
監修:吉野亜湖氏(静岡大学 非常勤講師・茶文化研究者)



『浪漫図案 明治・大正・昭和の商業デザイン』