熱い!『描きたい!!を信じる 少年ジャンプがどうしても伝えたいマンガの描き方』はマンガを描かない人の心にも刺さる
こんにちは。
ライター・放送作家の吉村智樹です。
各地で3度目の緊急事態宣言が発令される見込みです。地域によっては、またしばらくステイホームの日々が蘇ります。好きなマンガの単行本を買い込んだり、ダウンロードをしたりして、家ごもりに備えましょう。
とはいえ緊急事態宣言も3度目となると「もうマンガは読み尽くしたぁ~。いっそ自分で描きてぇ~」と考える人が現れてもおかしくはありません。
おススメの新刊を紹介する、この連載。
第47冊目は週刊少年ジャンプの編集部が書き下ろした『描きたい!!を信じる 少年ジャンプがどうしても伝えたいマンガの描き方』(集英社)です。
(C)集英社 週刊少年ジャンプ編集部
*登場する漫画家の皆さんの名を今回は敬称略とさせてください。
■意外とたくさん出版されている「マンガ入門」
漫画家が書く「マンガ入門」の本は、これまでたくさんありました。手塚治虫、石ノ森章太郎、里中満智子、赤塚不二夫ら偉大なる巨匠たちが書きのこしたマンガの指南書は、後続する若手たちに大きな影響を与えたのです。
なかでも『鳥山明のヘタッピマンガ研究所 あなたも漫画家になれる! かもしれないの巻』は異色のマンガ入門でした。読者から送られてきた超ヘタなマンガを決してけなさず掲載し、ヘタウマを越えたヘタヘタマンガたちは現代美術として評価されるようにさえなったのです。
近年では、しりあがり寿が大人向けに書いたマンガ入門の新書や、ギャグ漫画家としてすでに確たる位置にある中川いさみがストーリー漫画家デビューを目指して奮闘する『マンガ家再入門』も話題となりました。
このように漫画家自身によるマンガ入門が数多く出版される一方、マンガ雑誌の編集部が直々に手掛けるHOW TO本も、少ないながら存在します。1984年に週刊少年サンデー編集部が『めざせ! まんが家』を発売。2014年には同編集部が『めざせ! まんが家 PCでまんがを描こう!』と、デジタルでの執筆ノウハウ本を出版しました。単行本ではありませんが少女マンガだと月刊LaLaが公式Webサイトで『教えて! マンガ仮面』 というLaLa流漫画の描き方を教える連載していますね。
■貴重な原画など満載。読めばうっとりするマンガ入門
しかし新刊『描きたい!!を信じる 少年ジャンプがどうしても伝えたいマンガの描き方』は、これまで出版されたマンガ入門とは少々様子が違います。マンガの描き方というより「マンガへの夢をあきらめない方法」に重きを置かれているのです。
この本は『ONE PIECE』(尾田栄一郎)の原画(に近い入稿データ)で幕を開けます。めったに見られないそのデータはカラーページに掲載され、もう美術品。迷いがない筆致、繊細なトーンの貼り方、カメラワークと呼んで差し支えない構図の素晴らしさ、惚れ惚れします。かすかに残る下描きの跡が愛おしい。
さらに『約束のネバーランド』原作の白井カイウ、『食戟のソーマ』の附田祐斗、『ぼくたちは勉強ができない』の筒井大志、『銀魂』の空知英秋ら錚々たる人気作家たちが同じお題のもと、2ページのネーム(コマ割り案)を描きおろし。言わばネーム大喜利。「作家ってネームの段階でこんなに構図を考えるのか」「ネームで、すでにこんなに面白いのか」と感動させられます。まだペン入れしていないのに、しっかりスリルや緩急が伝わってくるのです。
『呪術廻戦』の芥見下々はネームを描き始めるまでに悩んで12時間もかかるといいます。『鬼滅の刃』の吾峠呼世晴はネームを描く前にまず文章にするのだそう。素人には粗く描いているように見えるネームですが、プロの闘いはすでに始まっているのですね。
(C)集英社 週刊少年ジャンプ編集部
原画やネームなど眼福な画像を鑑賞していると、アメトーーク!の「絵心ない芸人」を笑えないほど絵心皆無な僕ですら「マンガ、か、描いてみたひ」とうっとりしてしまいます。
■初心者が知りたかった本当の「マンガの描き方」
そうして読み進めると……「こ、こんなに細かく?」と驚くほど微に入り細に入り漫画を描くためのノウハウを伝え、初心者をフォローしていきます。たとえば原稿へのトレーシングペーパーのかけ方、pixivやTwitterとの付き合い方などなど。これまでのマンガ入門には載っていない、けれども知らないでは済ませられないことがらが掲載されているのです。『ゆらぎ荘の幽奈さん』などデジタル作画をするミウラタダヒロに、もしも執筆中にタブレットが熱を持ったらどうするのか、エアコンをつけるのか否かなんて、よそでは訊けませんよ。
とにかく、どんな初心者も置いてけぼりにはしません。みんなはじめは、なにも知らないのです。尾田栄一郎はネームがなになのかを知りませんでした。『チェンソーマン』の藤本タツキはデジタル作画だったので紙の原稿のサイズを知りませんでした。さらに『灼熱のニライカナイ』の田村隆平はなんと漫画家になってからもホワイト(修正液)の存在を知らず、描き損じると原稿を一から描きなおしていたのだそう。こういったいまをときめく人気漫画家の新人時代のドタバタも載せ、「マンガを描いてみたい」気持ちが芽生えた読者を安心させてくれます。読者をひとりも取りこぼさないぞという熱意と配慮を感じました。
■「好きなことを描け」「流行なんか気にするな」
意外だったのが、とにかくひたすら「好きなことを描け」「好きを突き詰めろ」「流行なんか気にするな」と繰り返している点。少年ジャンプの代名詞のように語られるイメージに「アンケート至上主義」があります。ジャンプは、てっきりアンケートなどマーケティングを重要視しているのだとばかり思いこんでいました。実際、僕にとってジャンプは、そうとしか考えられない時期がありました。
けれども現在は漫画家に、こういう表現はやめよう、こちらの方向はいかないでおこうといった提言をするケースは、ほぼない様子。小賢しい市場調査などではヒット作は生まれないという真理に辿り着いたのか、本書では「必ずおもしろくなる法則は、ない」と明言しています。
そして、漫画家が描きたい好きな世界を読者に伝えるためにどうすればいいのかを編集者は考えるのだと。少年ジャンプの編集部自身が幾度もアップデートを繰り返し、現在のかたちになったのでしょうね。もしも旧来の価値観のままだったら、人気がある鬼滅の刃はきっと完結させなかったのではないかな。
■マンガを描き続けるのが難しい時代
では、なぜそこまで初心者をフォローをするのか。マンガを描き始めることはできても、メンタルをおだやかに保ちながら描き続けるのが難しいからです。
SNSなどでボロカスに誹謗中傷されるなど、以前よりも漫画家が傷つく機会が増えました。また、発売したばかりの単行本のネタバレや、ページを丸ごとスキャンされるなど生活に支障をきたすレベルの被害を受ける場合だってあります。志半ばで筆を折ってしまう人は多いのです。新人だけではなく中堅ですら読者不信に陥ってモチベーションを保てなくなり、描けなくなってしまうケースも少なくはないのだとか。そういった荒波や辛苦を乗り越えてなおマンガを描く行為は楽しいのだと、この本は説いています。
週刊少年ジャンプの編集部が書いた本であるにもかかわらず、たとえ少年ジャンプでダメでもあきらめないでほしいといった内容の記述があります。その言葉に勇気がもらえる人がいるだろうし、反面「それだけマンガをあきらめてしまう人が多いのだな」と悲痛に受け取る人もいるでしょう。夢を抱き続けるのが難しい時代なんですよね。
本のタイトルにある「どうしても伝えたい」という文言は、描き手にも読み手にも漫画を愛し続けてほしい、でないとヤバいんだという緊急事態宣言ではないか、そう感じました。「漫画家になりたい」だけでは続かない。「マンガへの愛がある」「描きたいマンガがある」でないと。芯が弱いと、描きたい世界を実現できると信じ続けないと、人はある日突然、心がポッキリ折れてしまいます。
これって漫画家に限らないと思いませんか? 僕はライターと放送作家を兼業しています。周りを見渡すと、「ライターになりたい」「放送作家になりたい」だけの人はみんなやめてしまいました。熱意を維持できないんです。続いているのは「書きたいものがある」人。
一冊を貫く「どうしても伝えたい」想いは、少年ジャンプを読んだ経験がない人、さらには漫画家になろうなどと一度も考えなかった人の胸にさえも、きっと響くでしょう。「マンガの描き方」と銘打たれていますが、すべての仕事、すべての生き方にエールを送る普遍的な内容なのです。
個人的には、人気が出ずコミックス3巻ぶんで終わってしまった『フォーエバー神児くん』(えだまつかつゆき)を編集部が現在も愛してくれていると知って、泣けてきました。ヒット作しか価値がない、バズらないマンガは無意味だなんて、そんな時代、寂しすぎますものね。
(C)集英社 週刊少年ジャンプ編集部
描きたい!!を信じる 少年ジャンプがどうしても伝えたいマンガの描き方
990円(税込)
週刊少年ジャンプ編集部
集英社
漫画を描くときに必ず出てくる疑問から練習法、描けない時の壁の超え方などから、ジャンプの大ヒット漫画家たちの描きおろしネームやアンケートを大ボリュームで収録!!
<収録内容>
第1章 技術論の前に「描きたいもの」を育てる
第2章 2ページ漫画を描こう
※描きおろしネーム掲載作家…白井カイウ先生/空知英秋先生/附田祐斗先生/筒井大志先生
第3章 ジャンプ作家アンケート
回答掲載作家(五十音順)
芥見下々先生(『呪術廻戦』)/尾田栄一郎先生(『ONE PIECE』)/久保帯人先生(『BLEACH』『BURN THE WITCH』)/吾峠呼世晴先生(『鬼滅の刃』)/佐伯俊先生(『食戟のソーマ』作画担当)/篠原健太先生(「SKET DANCE」「ウィッチウォッチ」)/白井カイウ先生(『約束のネバーランド』原作担当)/空知英秋先生(『銀魂』)/田村隆平先生(『べるぜバブ』『灼熱のニライカナイ』)/附田祐斗先生(『食戟のソーマ』)原作担当)/筒井大志先生(『ぼくたちは勉強ができない』)/出水ぽすか先生(『約束のネバーランド』作画担当)/藤本タツキ先生(『チェンソーマン』)堀越耕平先生(『僕のヒーローアカデミア』)/松井優征先生(『暗殺教室』『逃げ上手の若君』)/矢吹健太朗先生(『To LOVEる-とらぶる-』シリーズ 『あやかしトライアングル』)
第4章 悩んだら「やれるところから、好きなように」に戻ろう
第5章 デジタル作画のコツーーミウラタダヒロ先生に訊く!
第6章 アナログ作画のための道具選びーー四谷啓太郎&田代弓也両先生が語る!
https://books.shueisha.co.jp/items/contents.html?isbn=978-4-08-790022-4
吉村智樹