知られざる天才絵師【渡辺省亭】 待望の回顧展が開催!

2021/4/22 20:50 虹



 近年、明治期に活躍した作家に再び注目が集まっています。

 それを強く意識したのは、2014年に三井記念美術館で開催された「超絶技巧!明治工芸の粋」でした。そこに並んでいたのは、どれもこれも驚くほどの一級品で、圧倒的な技術を誇るものばかり。なのに、作家はなじみの無い名前が多い……というギャップを感じたのを覚えています。

▲「超絶技巧!明治工芸の粋 -村田コレクション一挙公開-」(2014年 三井記念美術館)より
牙彫の彫刻家・安藤緑山も名前が埋もれてしまっていた作家のひとり

 なぜこういったことが起こるのかというと、いくつか理由があるのですが、そのうちのひとつに、明治時代に美術品や工芸品が海外に多く輸出されたことが挙げられます。当時優れた美術品や工芸品は、国内よりも海外へ売ることを目的として作られました。よって名作が海外に散逸することとなり、作家の名前や作品が一般に知れ渡る機会が極めて少なくなってしまったのです。

 また、もうひとつの要因として、画壇に属さなかったり、弟子を取らなかったりすることによって名前が埋もれてしまうことも挙げられます。弟子を取れば「〇〇門下」などの形で名前が公に出る機会が増えますが、そうでないと画家が没した後、時代と共に名前が忘れられてしまうことがあるのです。


▲《牡丹に蝶の図》 明治26年 絹本着色 1幅 個人蔵

 今回ご紹介する渡辺省亭(1852~1918)もその一人。研究者の間では存在を知られていたものの、一般的な知名度はそれほど高くありませんでした。

 だからと言って、パっとしない絵を描いていたわけではありません! むしろ逆!
 東京は四ツ谷にある、威風堂々とした迎賓館赤坂離宮。その「花鳥の間」と「小宴の間」を飾る七宝額の下絵を描いた人こそ、他でもない省亭でした。しっとりと水気を含んだ草花と、柔らかな羽をまとった野鳥たちの様子は、野生の持つ気高さまでもが描きこまれているようです。

▲迎賓館赤坂離宮 七宝額原画《鶉に蓼・野菊・釣鐘人参》 絹本着色 東京国立博物館蔵 ※前期展示:3月27(土)~4月25日(日)


 現在、東京藝術大学大学美術館で開催中の展覧会「渡辺省亭―欧米を魅了した花鳥画―」は、明治・大正と活躍した省亭の画業を112件で振り返る、初の大規模な回顧展となっています。
 2017年、省亭の没後100年を記念して、京橋の古美術専門店・加島美術で渡辺省亭展が開かれました。同時期に東京国立博物館や山種美術館など、都内数カ所で省亭が紹介され、一気にその名前が広まったのです。

▲手前《春野鳩之図》 絹本着色 1幅 加島美術蔵

 特に日本美術ファンの間では「とんでもない絵師がいた!」と人気が急上昇。「いつかまとまった状態で省亭の作品を鑑賞したい」という声も上がるようになりました。
 その後2018年に再び加島美術で省亭展が開催。さらに高まりを見せる省亭人気の水面下で、本展の準備は着々と進められていたのです。
 当時は世界に散逸してしまったと思われていた省亭作品ですが、調査を進めるうちに国内にも多数存在していることを確認。そして2021年春、満を持して大規模な回顧展の開催に至りました。

▲左:《七美人之図》 絹本着色 1幅 クラウス・F・ナウマンコレクション 右:《石山寺》 絹本着色 1幅 個人蔵 ※前期展示:3月27(土)~4月25日(日)/《七美人之図》は開催直前に急遽ドイツより出品が決まった作品。各美人の髪には艶を表現するために漆が使われています。コロナ禍にもかかわらず、本展には海外からも多数作品が来日されています!


 さて、こうして初期から晩年までの作品が集められると、自ずと省亭の稀有な特徴に気づきます。
 省亭の稀有な特徴──それは、最初期から晩年まで完成された質の高さをキープしているということ。もっとはっきり言えば、いつが全盛期かわからないくらいの超絶ハイクオリティを最初から最後まで保ち続けているということです。
 通常、こういった回顧展では「画風の変遷を見る」という鑑賞のしかたがありますが、省亭に至ってはほとんどそういったものがありません。その代わり最初からクライマックス、一貫して「うっとりしっぱなし」の世界を味わうことができます。これはなかなか珍しい体験です。


西洋の画家をも魅了した 「どうやって描いているのかわからない」 世界

 省亭は16歳から3年間、菊池容斎のもとで修業をしたあと就職し、輸出工芸品の図案や下絵を制作する仕事に従事します。容斎からは絵の手ほどきを受けることはなく、ひたすら臨書をするよう言われていたため(とはいえこの経験が超人的な筆さばきの基礎となる)、仕事の場で琳派などを学びました。

▲《名号》 紙本着色 双幅  個人蔵 / 絵に添えられる筆跡とはまた違った力強い字も。


 27歳で第1回内国勧業博覧会に出品した作品が、いきなり花紋賞牌を受賞
 その際同時に描いた《群鳩浴水盤ノ図》が選考の結果パリ万国博覧会に出品されることになり、一気にスターダムへのし上がります。

▲右:《群鳩浴水盤ノ図》 明治10年 絹本着色 1幅 フリーア美術館蔵 / 今回こちらの作品は来日していませんが、会場にてバナーで鑑賞することができます。

 新人らしからぬ圧倒的な貫禄と、瀟洒で上品なスタイル。この時すでに、西洋画の特徴である写実的な描写と、東洋画特有の心情を表す描写を取り入れた省亭独自の様式が完成されていることがわかりますね。ちなみにこの時、省亭はパリで印象派の画家たちとも交流を持ち、バレリーナの絵で有名なエドガー・ドガに席画(その場で即席の絵を描くこと)を贈るなどしています。

 パリ万博に出品されたこの作品を購入したのは、エドゥアール・マネの弟子。彼は省亭の絵を模写しようと筆さばきを研究したものの、一体どうやって描いているのかわからず、その技術の高さに模写を断念したという逸話が残っています。

▲《雪月花》 絹本墨画 双幅 個人蔵 / 通常「雪月花」というと三幅対のスタイルですが、こちらは双幅。 粉雪の散る月夜と、春雨に舞う桜の花弁が描かれています。ちなみに本展担当の古田教授が「強いて推すなら」と教えてくださったのがこの作品。決して派手ではありませんが、省亭らしい品の良さと絶妙且つ粋な構図に思わず見入ってしまいます。

 流れるようにあっさりと軽やかなのに、しっかりとした存在感を持つ筆遣いに対し、「どうやって描いているのかわからない」というのは言い得て妙かもしれません。
 それは彼の落款にも表れており、桜の花弁がはらはらと散るような、なんとも風情のある字を書いています。絵も字も卓越した筆遣いのなせる業。これは画像では伝わらない部分なので、ぜひ絵に対峙して感じてみてください。


床の間芸術を極める


▲手前:《雪中鴛鴦之図》 明治42年 絹本着色 1幅 東京国立近代美術館蔵 ※前期展示:3月27(土)~4月25日(日)/ 伊藤若冲の《動植綵絵 雪中鴛鴦図》のオマージュ。実際に省亭は若冲の《雪中鴛鴦図》を観る機会があったそうです。

 省亭に「絵を指南してほしい」と願う人がたくさんいたことは想像に難くありません。しかし彼は一切弟子をとることはしませんでした。
 省亭曰く、自らの師である容斎はとても厳しい人で、自分は「教える」というやり方をそれしか知らない。けれど自分の弟子となる人に、そういったスパルタ教育はしたくない。そして何よりも彼はわずらわしい人付き合いが苦手であったため、一人で黙々と制作することを選んだのです。

 その人付き合いを避ける様子は、画壇に属さなかったというところにも現れています。省亭は決して気難しい変わり者ではありませんでしたが、日本美術院のメンバーに誘われても断り、どこにも属することなく生涯一人で活動を続けました。
 しかし画壇で功績を納めなかったからと言って、絵が売れなかったわけではありません。むしろその逆で、注文は引きも切らない状態でした。


▲会場風景

 会場に掛軸が多いのはそのためです。
 個人の家で楽しめるもの──いわゆる床の間芸術を省亭は描き続けました。前述の通り世界に散逸してしまっていると思われていた省亭作品ですが、調査を進めるうちに現時点で国内に500作品以上あることが確認されたそう。
 画壇に属することをしなかったため展覧会に出品する必要もなかった省亭は、自分の作品を欲しいと言ってくれる人のために、ただただ絵筆をふるったのです。


唯一無二の超人タッグ

▲迎賓館赤坂離宮 七宝額原画 左より《真鴨に葦》《海の幸》《山翡翠・翡翠に柳》 絹本着色 東京国立博物館蔵  ※前期展示:3月27(土)~4月25日(日)

 冒頭でもご紹介した迎賓館「花鳥の間」、そして「小宴の間」。ここで省亭が下絵を担当した花鳥画は七宝に描かれているため、半永久的に色褪せることなく存在することが可能です。しかも省亭特有の描写を損なうことのない高い再現性は、まさに驚きのひと言。
 その神業を成し遂げたのが明治期に活躍した七宝家のひとり、濤川惣助でした。七宝における流麗なグラデーション表現を可能にした、超人的な技術「無線七宝」の生みの親です。
  無線七宝とは、釉薬を差すための金属の線を配して模様を描き、焼成する前に金属線を取り除く技法。こうすることにより、絶妙な「ぼかし」を表現することができるのです。

 仕事に妥協のない省亭は、七宝のための下絵ということを理解した上で、バリバリの日本画を仕上げてきました。しっとりと滲むような繊細なグラデーションと複雑な筆跡を見て、惣助は「これを七宝にするの⁉」と焦ったはず。
 しかしそこは超人。こうなったら意地でも再現してやるぞ!と奮起したのでしょう。
 結果は御覧の通り、花鳥の間には素晴らしい七宝作品が生まれました。
 会場には二人のコラボレーション作品がいくつか展示されています。ぜひ無線七宝で表現された省亭の世界を味わってみてください。

▲《小禽図長方形七宝皿》(渡辺省亭原画:推定 濤川惣助作)七宝 1枚 東京藝術大学蔵



 類まれなる画力を持ちながら、明治・大正を市井の画家として生きた渡辺省亭。今までまとまって紹介される機会が少なかったため、本展で省亭を知る方も多いと思います。
 実際に作品を観れば、間違いなく今後当たり前のようにその名前が知れ渡るだろうと確信するほど、高い技術を持っていることがわかると思います。しかし今回展覧会を担当された東京藝術大学大学美術館・古田亮教授はこう仰います。

「ぜひ力を抜いて、軽い気持ちでご来館ください。力んで、一生懸命作品を見に来るというのは、省亭がもっとも好まないことなんです(笑)。だから、気軽に、リラックスして楽しんで頂ければ嬉しいですね。(広報事務局インタビューより)

 そうなんです。省亭の絵は、洒脱で軽やかな画風が特徴。隅々まで技量を見るぞと力まず、こういう絵が床の間にあったら良いなという気持ちで親しむと、思わぬ発見があるかもしれません。
 心も体もつい緊張してしまう昨今、密を避けて流れるような日本画に触れてみてはいかがでしょうか。



渡辺省亭―欧米を魅了した花鳥画―
会期: 2021年3月27日(土)~5月23日(日)
   ※月曜休館 ただし、5月3日(月・祝)は開館
時間: 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
会場: 東京藝術大学大学美術館 本館 展示室1、2、3
▶「渡辺省亭展」公式サイト
※本展は事前予約制ではありませんが、今後の状況により変更及び入場制限等を実施する可能性があります。来館前に再度ホームページにて最新情報をご確認ください。
※岡崎市美術博物館、佐野美術館へ巡回


 折りしも4月24日からは、加島美術にて「省亭・暁斎・是真 ーパリ・フィラデルフィア万博、海を越えた明治の日本美術ー」が開催。渡辺省亭展とあわせて、省亭尽くしを楽しむチャンスです!

省亭・暁斎・是真 ーパリ・フィラデルフィア万博、海を越えた明治の日本美術ー
会期: 2021年4月24日(土)~5月5日(水・祝)
時間: 午前10時〜午後6時
※会期中無休/入場無料/販売有
会場: 加島美術
▶「加島美術」ホームページ