有給休暇で南極へ!? 話題の本「0メートルの旅 日常を引き剥がす16の物語」

2021/3/11 15:23 吉村智樹 吉村智樹




こんにちは。
ライター・放送作家の吉村智樹です。


皆さんのなかで「有給休暇を使って南極へ行った人」、おられますか?


おススメの新刊を紹介する、この連載。
第41冊目は、南極をはじめ70ヵ国を訪れた無類の旅好きサラリーマンが書いた話題の本『0メートルの旅 日常を引き剥がす16の物語』です。





■新型コロナウイルスは旅路を断ってしまった


東京、神奈川、埼玉、千葉の首都圏1都3県に発令されている緊急事態宣言の解除が、3月21日(日)まで延期となりましたね。


うーん、いたずらに商店や施設をいじめているだけで有名無実と化している気がしますが……。とはいえ、新型コロナウイルス新規感染の拡大を防止するため、医療現場を守るために、いたしかたない措置です。


春は行楽のシーズン、旅行のシーズン。
旅がしたいですよね~。
しかしながらソーシャルディスタンスなどの制約が新たに生じ、旧来と同じような伸び伸びとした旅は難しいでしょう。海外旅行に至っては、そもそも移動そのものが困難をきわめます。悲しいかな、世界は分断されてしまいました。





■そもそも快適な旅って、おもしろい?


でもですよ、旅って快適さだけを求めるものでしょうか。


電車に乗り遅れる。荒天のために飛行機が飛ばない。路線バスに乗り間違え、ワケのわからない場所で立ち往生。目的の観光地でどしゃ降り。ホテルの予約がとれていない、しかも満室。楽しみにしていた飲食店が臨時休業。名物料理がクソまずい。マッチングアプリで待ち合わせの約束をした異性にブッチされる。などなど異郷ではさまざまなアクシデントが勃発します。そんな緊急事態を噛み潰して飲み込んでしまう苦行もまた、旅の醍醐味では。


僕などは性格が悪いものですから、青い海、きれいな空、おいしい空気、最高のベッドで心身ともにリラックスできた予定調和な話よりも、どうしても現地で財布を落としたり、迷子になったりしたエピソードのほうがだんぜん聴きたい土産話なのです。





■南極から自宅まで、距離を超えた16の旅


新刊『0メートルの旅 日常を引き剥がす16の物語』(ダイヤモンド社)が話題です。著者は会計ソフト開発会社の会社員ライター、岡田悠さん。昨2020年にオモコロに書いた”自宅内全国縦断”記事「エアロバイクをGoogleマップに連携して日本縦断の旅に出ます」が爆発的にバズりたおしたので、岡田さんをご存知の方はきっと多いでしょう。


旅好きな岡田さん初の単行本となる『0メートルの旅 日常を引き剥がす16の物語』は、有給休暇を利用して16350000メートル離れた南極へ辿り着くところから幕を開けます。そうして、アフリカや中東、日本、近所へと距離が近づき、新型コロナウイルス禍にあえぐなか最終的には「自宅の室内」、つまり遂には0メートル圏内を旅する話へと収束するのです。


普通、旅の本といえば、自宅からじょじょに距離を伸ばしてゆくもの。この本は逆なんです。なのでレンズがどんどん自分に近づいてくるような不思議な読後感があります。フィッシュマンズの「宇宙 日本 世田谷」を思わせるものがありますね。


南極ではペンギンのくささに辟易とさせられ、女子が当たり前に銃を背負うイスラエルで寒さに震え、ウズベキスタンでは円を両替できず、ほぼ一文無しに。そのようなハプニングに見舞われながら、南アフリカ、モロッコ、イスラエル、パレスチナ、インド、日本国内でありながら上陸が困難な青ケ島と、距離を詰めてゆきます。岡田さんの旅は、ヤモリだらけの部屋に泊まらされるなど、自身が生みだしている会計ソフトのようにスマートには動作しません。いや、緻密と正確を求められる仕事だからこそ、不正確で大雑把な旅に惹かれるのかも。





■想像力さえあえば、ご近所だって「旅」ができる


この本は「世界珍百景ガイド」としても「ハードコアな旅のリポート」として読んでも充分に面白い。しかし、本質はそこではない。南極を旅したときと同じ気持ちで、ご近所を、さらには自宅内でさえもクレイジーなジャーニーができる。旅が自分を変える機会であるのならば、それは物理的な距離だけがもたらすものではない、そう教えてくれるのです。


たとえば岡田さんは、スマホに江戸時代の地図をダウンロードし、ご近所を散策します。江戸時代の地図をもとに歩くので、もちろん現在の地形とはコースが異なります。眼の前にあるのに地図上には存在しない、歩けるけれど歩けない道が現れるわけです。


そうして岡田さんは仕方なく迂回するうち、ご近所にもかかわらず踏破した経験がない道や、知らなかった店に出会うのです。時空を超えたご近所旅、そこで初めて巡りあった店で飲むビールは、どれほどおいしいでしょう。これが麦酒なるものか、あっぱれ、よいものよのう、と。





そんなふうに日常を引き剥がす16の旅のリポートがここにあります。機知に富んだ岡田さんの文章は、うまく、おもしろく、甘く、苦く、笑え、切なく、泣けます。壮大なのにセコい。けれども、お金がないのにゴージャスです。読んでいて、自分自身の固定観念が引き剥がされる痛みもある。それはまさに旅の醍醐味そのものの味わいです。


見えないウイルスとの闘いは、残念ながらまだまだ続きそう。鬱屈した日々を乗り越える方法は、想像力を駆使すること。再び自由に世界を旅できる来るべき日に備え、まずはご近所500メートルくらいを旅してみませんか。



0メートルの旅
日常を引き剥がす16の物語
岡田悠 著
1,600円+税
ダイヤモンド社

「遠くに行く」だけが、旅じゃない。
予定不調和と非日常を愛する心があれば、すべての行為は「旅」になる。
南極から家の中まで、日常をぶち壊す16の物語。
記事累計300万PVの会社員ライター鮮烈のデビュー作!
https://www.diamond.co.jp/book/9784478110898.html



吉村智樹