驚異の木版画 吉田博の没後70年展が開催

2021/1/20 21:10 虹

▲《日本アルプス十二題 劔山の朝》 大正15(1926)年 木版、紙 37.0×24.8cm


 薄暗い野営地の向こう、尾根が朝日を受けて薔薇色に染まる一枚。
 日本アルプスの印象的な瞬間を描いたこの木版画は《日本アルプス十二題 劔山の朝》、作者は吉田博です。
 繊細な色彩と陰影で構成される吉田博の版画は、平均して30数度摺、中には90を超える摺数のものが存在します。マージンの部分を見ると「自摺」と書いてあるのがわかりますか? これは博が摺において、自ら制作したに等しい作品であることを証明するもの。
 妥協を許さず一途に突き詰める姿勢から「絵の鬼」と呼ばれた彼は、一体どんな画家だったのでしょうか?

 2020年に没後70年を迎えた吉田博。それを記念して、2019年の秋より大回顧展が全国を巡回中です。東京会場は1月26日からの開幕。その前に少しだけ、吉田博の画業について振り返ってみましょう。


▮「ただ一本の線」を描く

▲「落合の自宅アトリエにて」 昭和24(1949)年 岡田紅陽撮影


 1876(明治9)年9月19日、吉田博は現在の福岡県久留米市で生まれました。
 その後父親の仕事の都合で、緑豊かな同市の郊外へと移り住みます。山や川に囲まれた環境で育った博は、そこを歩きながらよく絵を描いていたといいます。この時の経験こそ、後に「山岳画家」とも呼ばれる博の山への想いを築いた原点なのかもしれません。
 その後再び父の仕事の都合で引っ越しをした先で、博は大きな転機を迎えます。中学校の図画の教師が博の画技の高さを称賛。ぜひ養子に迎えたいと申し出ます。これが博の画家としての人生のはじまりでした。

 18歳になった博は絵を学ぶために上京し、洋画家・小山正太郎の画塾「不同舎」に入門。ここで「無駄な線を何本も引かず、ただ一本の線を断然として描く」ことを教わります。吉田博の作品を観ると洗練された凛々しい主線に惹きつけられますが、この時培われた技術を生涯大切にしていたことがわかります。
 その後「絵の鬼」と呼ばれるほど描くことに打ち込んだ博はめきめきと頭角を現し、画壇でも一目置かれる存在に成長します。そして当時来日していたコレクターのチャールズ・ラング・フリーア(フリーア美術館設立者)の後押しもあって渡米、いくつかの幸運が重なり、同行した中川八郎とともにデトロイト美術館で展覧会を開催しました。
 この展覧会は予想をはるかに超える大成功をおさめ、博の活動の場は国内のみならず海外にも広がっていきます。

▲《穂高山》 大正期 油彩、カンバス 108.5×137.0cm



▮木版画の道へ

 ここまできて、「吉田博は木版画家じゃないの?」と思う方もいらっしゃるかもしれません。なんと博が木版画に着手したのは44歳のとき。作品から漂う圧倒的な風格からちょっと意外ではありますが、生涯を通じた画業で考えると実は後半の出来事になるのです。
 博が木版画の世界に入ったのは、縁のあった浮世絵商・松木喜八郎を通じて渡邊庄三郎と出会ったことがきっかけです。そう、伊東深水や川瀬巴水の木版画を世に出した新版画の版元ですね。
 博はこのとき明治神宮奉讃会から依頼された《明治神宮の神苑》を、渡邊版画店より出版しました。
 
 アメリカで日本の木版画がよく売れることを知った博は、思い通りに質の高い作品を制作するために、「自らが版元となってとことん追究した木版画を作ってみたい」と思うようになります。そしてついに49歳で版元となり、以後精力的に名作を生み出すのです。

 版画特有の表現や主版と色版の巧みな使い方、そして日本人であり洋画家であることを意識し、博は作品を制作していきました。

▲《米国シリーズ エル・キャピタン》大正14(1925)年 木版、紙 37.4×25.0cm

 透明感のある色彩は水彩画の経験から生まれたものでしょうか。柔らかな光の陰影や雄大な画面構成は、今までの木版画にはない新しさを感じさせます。

 また、同じ版木を使って別の色を乗せる「別摺」も博が得意とした手法です。渡邊版画店時代にも《帆船》の三部作を制作していますが、関東大震災で版木と多くの作品が焼失。それらを新たにブラッシュアップし、6つの時間帯で展開したのがこの「瀬戸内海集 帆船」です。

▲左《瀬戸内海集 帆船 朝》大正15(1926)年 木版、紙 50.8×35.9cm/右《瀬戸内海集 帆船 夜》大正15(1926)年 木版、紙 50.8×36.1cm

 山を愛し描いた博は、同様に海を主題とした作品も多く残しました。
 数ある吉田博のエピソードの中で最も有名なのがこの《光る海》ダイアナ元妃が自ら購入し、執務室に飾ったことでも知られています。

▲《瀬戸内海集 光る海》大正15(1926)年 木版、紙 37.2×24.7cm


 博は通常の木版画よりも大きな、特大版の制作も行いました。
 長編が約83センチにも及ぶ《溪流》。その大きさに見合うダイナミックな主題のこの作品、水の部分は博自身が彫りを担当しています。全身全霊をかけて集中して彫ったのでしょう。一週間で歯がガタガタになってしまったと言います。

▲《溪流》昭和3(1928)年 木版、紙 54.5×82.8cm


 彫りだけではありません。冒頭に述べたように摺りに対しても博のこだわりは深く、「自摺」の文字に恥じぬよう厳しい監修を行いました。その甲斐あって美しく複雑な色味、絶妙な諧調が表現されています。
 こちらの《亀井戸》はなんと驚異の88度摺‼ 中には96度摺の作品も存在します。よく「版ずれ」を起こさないなと摺師の離れ業に嘆息してしまいますね……。

▲《東京拾二題 亀井戸》昭和2(1927)年 木版、紙 37.5×24.7cm


 アメリカとの行き来が多かった博ですが、アジア諸国を旅したシリーズも見逃せません。《帆船》と同様に別摺りを用いたタジマハルの作品は、幻想的な効果を生み出しています。
 このように見ていくと、様々な伝統技術を使い、水彩画、油画と培ってきた洋画家としての経験を木版画の世界に落とし込んでいく、驚異的なまでに頭抜けたセンスの良さと鋭さを吉田博が持っていたことがわかります。

▲《印度と東南アジア タジマハルの朝霧 第五》昭和7(1932)年 木版、紙 36.2×51.0cm



▮吉田博の木版画を堪能する


 1月26日から東京都美術館で始まる「没後70年 吉田博展」。本展では博の木版画のキャリアに重点を置いてその画業を展覧します。
 初期から晩年までの木版画が一堂に会し、版木や写生帖もあわせて展示されるとのこと。西洋の写実的な表現と日本の伝統的な版画技法の統合を目指した博の、木版画を堪能できる嬉しい機会となりそうです。

 浮世絵以降、明治・大正・昭和の木版画が再評価されている現代。その大きな柱のひとりでもある吉田博の世界、要注目です!

没後70年 吉田博展
会期:2021年1月26日(火)~3月28日(日)
会場:東京都美術館 企画展示室
休室日:月曜日
開室時間:9:30~17:30(入室は閉室の30分前まで)
特設WEBサイト:https://yoshida-exhn.jp/
問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)