❝すべてはすべてである❞ゲーム
タレスは言った。❝すべては水である❞と。
スピノザは言った。❝すべては神である❞と。
ダリルアンカは言った。❝すべてはエネルギーである❞と。
ハンスホラインは言った。❝すべては建築である❞と。
七尾旅人は言った。❝すべてはうたである❞と。
親父は言った。❝すべては金である❞と。
僕は言ってみよう────
❝すべてはすべてである❞
と。
❝すべては湘南である❞…?
『ね大西、』
「ン」
『熱海って湘南なの?』
「熱海?なんで?」
『湘南っていったら神奈川じゃん。静岡まで行ったら違くね?』
「何、地元民のプライド?」
『違うけど』
「別にでも、同じ相模湾に面してんじゃん」
『湘南=相模湾沿い、なの?…じゃあ伊東とかも?』
「いとうってどこ?」
『熱海の下。まあ湘南か。じゃあ下田は?』
「……」
『てか、相模湾ってこれどこまで相模湾?もう距離的には館山とかも湘南になってくるんだけど』
「……w」
『大西的にはどこまで湘南なの?』
「…どうでもよくね?w」
『えー、決めようよ』
「………」
『…………』
「……………」
『………………』
「…………なんか」
『うん』
「僕の、さぁ、持論みたいなのがひとつ、あって」
『なに』
「❝すべてはすべてである❞っていう。つまりさ、任意の概念は、拡張していけばいずれ森羅万象を包含するんだよ」
『……ほんとか?』
「概念ってさ、少なくとも僕らが日常あつかう形而下的なものって、デジタルな境界とか定義とか、所与じゃないじゃん?」
『どういうこと』
「ハゲのパラドックスだよ。これは数で拡張できるからわかりやすいけど、別にあらゆる概念で同じようなことできると予想していて。だから、僕的には、自明に全宇宙が湘南であって、そのテの議論には参加する価値がない」
『ちょっと待って』
❝すべてはお酒である❞
『あ́ら́ゆ́る́概念?』
「そう。何でもできる。…例えば君がいま飲んでるその酒あるだろ?」
『おん』
「すべてはお酒なんだよ」
『は』
「……酒ってさ。アルコールが1%でも混じってれば全体が酒じゃん。つまり、いま酒を飲んでる君の体液って、酒になってるよね」
『おう。おう』
「ところで果実酒とかって果肉、つまり固体が混ざってんじゃん。発泡酒は気体が混ざってる。つまり、液体である必要はないんだよね。だとしたら君の体液を含む君全体がお酒であって、君を含むこの居酒屋の個室も一杯の枡酒であって。そうやって拡張してけば結局全宇宙は、宇宙っていう一つのお酒なんだよね』
『……ま言ってみればね』
「言ってみれれば勝ち」
❝すべてはセーターである❞
『え、じゃあ俺がなんか適当に概念言ったらそれ宇宙にできる?』
「まぁ、たぶん…一般名詞なら」
『じゃあねー、……、セーター』
「ぜったい僕見て言ったじゃん」
『そうw』
「セーターって何だっけ、……編み物でできた上着ならセーター?」
『だと思う』
「そっか。…まぁまず上着ってのはハゲと同じ要領で、丈がこっからここまでっていうのが言えないから、ネックレスからワンピースまで含まれるよね」
『初手が怖いなw あ、でも首はぜったい通らないといけないよ』
「……首って人間のじゃなくてもいいよね、ほら、犬用のセーターとかあるから。これもこの動物からダメとか言えないはずなんで、線虫用のセーターとかでもよくて」
『待ってww』
「編み物である以上穴は空いてるから、すべての編み物はセーターってことになるよね」
『そうなっちゃうなー。じゃああとは❝すべては編み物である❞が言えればいいわけだ』
「編み物もさぁ…繊維が絡まってれば編み物でしょ?」
『怒られるよ?』
「知り合いにタンジモトヒロってニットアーティストの人いるんだけど、すごいぐちゃぐちゃな立体作ってて」
『怒られるよ?』
「まあ、で、けっこう色んなもの繊維でできてるじゃん。木とか、紙とか…カーボン」
『いやいや、でもさすがにすべてではないじゃん?水とかさ、空気とか』
「超ひも理論っていうのがあって」
『あっもう大丈夫です』
❝すべては了解である❞
『これ面白いね、俺もできるかな』
「死んだ方がいい」
『じゃあ何かお題くれ』
「了解」
『………』
「…あ、了解、っていうお題」
『おいww お前、形而下って言ってなかった?最初』
「まぁ…すべては形而下だから」
『うわヤバこいつ』
「はい、❝すべては了解である❞ね」
『了解、って何だっけ……調べるか…』
「大事」
『…あー……了解するって理解するみたいな意味あるね。俺たちは、この椅子を座るものだと了解している。そういう了解がある。みたいな』
「あるね」
『……なんか哲学的だけどさ…俺たちにとっての椅子の本質って、座るものだっていう了解にあるんじゃないかな』
「いいぞwww それで?」
『つまり、俺たちが認識してるのって、そのもの自体ではなくて、そのものに対するいろんな側面からの、了解、なんだよね』
「わかるよ」
『だとしたら…主観的には世界って自分の認識してることがすべてだから、すべては了解ってことだよね』
「いけんじゃん」
『…いけたわ。すげえ詭弁だった気がするけど』
「すべては詭弁」
『やっぱ論理って濫用してこそみたいなとこあるよね』
「濫用するためのものだからね」