見る者の生命力を鼓舞するデザイン:「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」

2020/12/4 09:00虹

▲M.バタフライ 1988年(ニューヨーク)/1989年(東京) ストレートプレイ 舞台美術・衣装デザイン:石岡瑛子

 2020 年 11 月 14日より、東京都現代美術館にて「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」が始まりました。あらゆる分野のデザイナーとして活躍し、惜しくも 2012 年に亡くなった石岡瑛子の、おそらくこの規模では最初で最後になるであろうと言われている大回顧展です。
 センセーショナルな響きを持つ展覧会タイトルは、石岡自身の言葉から。「血が、汗が、涙がデザインできるか」とは、一言でいうなら「感情をデザインできるか」であり、常に作品を通じてメッセージを発信し続けた彼女の生き方に通じるものがあります。

 石岡瑛子の名前を聞いたことがない人でも、前田美波里のポスターパルコのポスター、または山本海苔AGFコーヒー「マキシム」のパッケージデザインビョークの「コクーン」のミュージックビデオ映画『落下の王国』の衣装デザイン……と挙げていけば、そのビジュアルに思い当たるのではないでしょうか?

▲「山本海苔」や「マキシム」(AGF)のパッケージデザインなども石岡瑛子の仕事。

 一度見たら忘れられない、記憶に深く刻まれるデザイン。その作品の多くは、他者との共同作業の中で生まれています。「二番煎じは作らない」をモットーとする彼女が、そこでどのようなクリエイティビティをスパークさせていったか──本展ではその熱気を共有し、石岡瑛子が「サバイブ(生き残る)」した軌跡に触れることができるようになっていました。


▮Timeless: 時代をデザインする
 会場は大きく分けて3つの章で構成されています。「Timeless: 時代をデザインする」と題された第1章では、デザインを通じて人々に新しい価値観と生き方を示しながら、同時に時代を超える自らの核を模索した石岡の日本での仕事を紹介します。

▲会場風景

 東京藝術大学美術学部を卒業後、資生堂の入社面接で「お茶汲みとしてではなく、男性と同じようにグラフィックデザイナーとして、同じ待遇で採用してほしい」とはっきりと申し出た石岡は、化粧品であれファッションであれ、男性が考えて発進したものを女性は「受け取るだけ」とされていた時代の風潮に真っ向勝負をしかけました。
 この「女性を観客としての立場から、送り手としての立場に逆転させよう」という謂わば「マイノリティが大衆に向けてメッセージを発信する」姿勢は、その後も彼女の中で屋台骨となり、生涯貫かれます。

▲右:資生堂 1966~1968年 ポスター/左:シンポジウム 1965年 ポスター

 石岡はそれまでお人形のような美人ばかりが使われていた化粧品のポスターに、「太陽の下でへこたれない生命力」というパワフルなイメージを投下。前田美波里を起用した資生「BEAUTY CAKE」のキャンペーンは、ポスターの盗難が続出するなど社会現象を巻き起こすほどになりました。
 その後数々の名作を生み出していった石岡は、ついに大阪万博の公式ポスターデザイナーに抜擢されます。そして活動の場はグラフィックデザインにとどまらず、テレビ CM、パルコの文化展開、装丁、パッケージデザインへと広がっていったのです。

▲石岡瑛子によるパルコの歴代ポスターが並ぶ

 第1章は 60~70 代の方にとって、懐かしさで胸が熱くなる作品で満ちていると思います。しかしその下の世代にとっても、新鮮で普遍的に優れたデザインであることには違いありません。力強く、生命に満ちた美しさ。見る者の生命力を鼓舞するような力を、石岡瑛子はこの時すでにデザインに落とし込むことに成功しています。


▮Fearless: 出会いをデザインする
 第2章では「Fearless: 出会いをデザインする」と称して、日本を離れてニューヨークに拠点を移した石岡の活動を紹介。違うジャンルの表現者たちとの出会いの中で、自らの限界を恐れることなく「(本人曰く)ボクシングをするように」才能をスパークさせていきました。
 石岡は自身の作品集『石岡瑛子 風姿花伝 EIKO by EIKO』を制作し、それを名刺代わりに飛び立ちます。そして世界に怯むことなく自らの意思を丁寧に、情熱をもってプレゼンしていったのです。

▲『石岡瑛子 風姿花伝 EIKO by EIKO』初版1983年 表紙は1979年のパルコのポスター 『西洋は東洋を着こなせるか』より。 この本がその後の彼女のキャリアにおいて、大きな鍵となる。かのマイルス・デイヴィスもターセム・シンも、この作品集を見て石岡に仕事を依頼している。

 マイルス・デイヴィスによる「TUTU」のアルバムアートワークは、石岡、マイルス、そして写真界の巨匠アーヴィング・ペンという3つの異なる才能の「ハイブリッドな表現」によって誕生し、見事グラミー賞最優秀レコーディングパッケージ賞を受賞します。日本人がグラミー賞を受賞したのはこれが初めてでした。

▲プリントのためのメモ アーヴィング・ペンサイドへのプリント指示。たとえ相手が自分の憧れの人であろうと、臆せずしっかり意見を伝えるところが石岡瑛子らしい。ここでは細部まで焼き込みへのこだわりが感じられる。

▲マイルス・デイヴィス:TUTU(US盤/日本盤)

 次いで石岡はブロードウェイの演目『M.バタフライ』で舞台美術と衣装、小道具を担当。この仕事もトニー賞にノミネートされます。
 そのほか、フランシス・フォード・コッポラとジョージ・ルーカスが総指揮を執った三島由紀夫をモチーフにした作品『ミシマ─ア・ライフ・イン・フォー・チャプターズ』(コッポラ作品は「地獄の黙示録」の日本版ポスターも)ではカンヌ国際映画祭芸術貢献賞を受賞するなど、彼女の国際的な評価は高まっていきました。

▲ミシマ─ア・ライフ・イン・フォー・チャプターズ 映画セット再現(『金閣寺』より) 1985年/映画 監督:ポール・シュレイダー/プロダクションデザイン:石岡瑛子

 そしてついにコッポラ監督作品の『ドラキュラ』の衣装デザインで、石岡はアカデミー賞に輝くことになるのです。

▲ドラキュラ 1992年/映画 監督:フランシス・F・コッポラ/衣装デザイン:石岡瑛子

 この恐ろしくも耽美な世界観が特徴の『ドラキュラ』という映画はコアなファンが多いことでも知られていますが、本展ではこの展覧会のために再制作された衣装を含め、7着展示。さらに石岡による衣装デザインのドローイングがずらりと並んでいるという、ファン垂涎の空間となっています。

 石岡が常に意識していた「二番煎じにはならない」という、唯一無二の独創性が遺憾なく発揮されたこれらの衣装は、多くの作り手を高揚させたのでしょう。以降石岡瑛子のもとに、衣装デザインの仕事が殺到します。
 しかし石岡は「巨匠の大作」のような仕事は一切受けることはありませんでした。
 代わりに彼女が選んだのは無名の映画監督、ターセム・シン。『石岡瑛子 風姿花伝 EIKO by EIKO』を自身のバイブルにしていた彼は、「いつか映画監督になることができたら石岡瑛子と仕事がしたい」と夢見ており、それを実現すべく彼女にオファーをしました。そんな彼の中に、石岡は自分と同じ「本当に冒険に乗り出す勇気」を見出したのです。


▮「Borderless: 未知をデザインする」

▲ザ・セル 2000年/映画 監督:ターセム・シン/特殊衣装デザイン:石岡瑛子  映画製作初期段階にターセム監督に送られたアイデアドローイング。あえて資料等は一切見ずに、石岡の頭の中にあるイメージを吐き出すようにして64枚ものアイデアをFAXで送信した。

「Borderless: 未知をデザインする」と名付けられた第3章の内容は、石岡瑛子の円熟期であり、真骨頂ともいえるでしょう。映画やオペラ、サーカスから果てはオリンピックに至るまでの様々な仕事の中で、石岡の姿勢は一貫していました。それは人間の身体をカンヴァスに、可能性の無限の広がりを、そして未知をデザインすること。衣装デザインの仕事が増えた彼女は、次のような言葉を残しています。

「私は衣装をやっているのではなく、視覚言語をつくっているのだ」

 皮膚の延長ともいえる衣装を、石岡はまさに演じる人間の「血、汗、涙」を、その「キャラクター」を、視覚的に伝える媒介としてデザインしていきました。そして何よりも未知のものであること。誰も見たことのないものを生み出そうという意思は、前述の映画監督ターセム・シンのコンセプトとも共通します。

▲落下の王国 2006年/映画 監督:ターセム・シン/衣装デザイン:石岡瑛子

 ターセムとの映画の仕事は全部で4本、石岡瑛子が亡くなる直前まで続きますが、中でも構想24年、撮影に4年、CGを一切使わない映像美を追求した映画『落下の王国』。こちらは今なおカルト的な人気を誇っており、それもそのはず、石岡瑛子の才能が冴えわたる1時間57分は、この世のものとは思えないほどの素晴らしさなのです。
 新型コロナウイルスの影響で『落下の王国』衣装は1点のみの展示となっていますが、主人公が纏う盗賊の服を間近に見ることができる稀有な機会には違いありません。

▲ソルトレイクシティオリンピック 2002年/オリンピック・サプライウェア コンセプトデザイン:石岡瑛子、石岡瑛子デザイン室  試合前の集中する時間に着目したウェアは、なんとマイナスイオンが出て音楽を聴くことができる空間になっているのだとか。コンセプトは“コクーン(繭)”!

 このほか冒頭で挙げたビョークの「コクーン」におけるミュージックビデオおよびアートワーク、ソルトレイクシティオリンピックでの日本のスポーツウェアブランドのサプライウェアデザイン、アーティスト蔡國強の推薦で依頼のあった北京オリンピック開会式のコスチュームディレクター、パルコのキャンペーンでもモデルに起用していたグレイス・ジョーンズのツアーを手掛けます。
 そして惜しくもこのコロナ禍で経営破綻に追い込まれてしまったシルク・ドゥ・ソレイユが2002年に初公演を行った「ヴァレカイ」の衣装デザインと、文字通り世界中を舞台に活躍の場を広げていきました。

 何と言っても本展の白眉はオペラ『ニーベルングの指環』でしょう。会場に並ぶ34着の衣装は、もう圧巻の一言!
 リヒャルト・ワーグナーが26年の歳月をかけて作り上げたオペラの中のオペラともいえるこの大作を、見事に石岡流に表現しています。
 ハイカルチャーの象徴ともいえるオペラは、大衆に向けた表現者である石岡とは対極の存在。そこで彼女は伝統に囚われず、服飾という領域を超えて登場人物たちの内面を表現するようなデザインを次々と生み出していったのです。


▲えこの一代記 1957年頃/絵本  恐ろしくクオリティの高い作品。年齢で力を判断してはいけないとわかっていても、「高校生の頃にすでにこれだけのものを……」と思ってしまう

 展覧会の最後を締めくくるのは、彼女がターセム監督とタッグを組んだ最後の作品「白雪姫と鏡の女王」と、彼女の最初の作品である『えこの一代記』
おそらく高校生の頃に制作されたであろうこの絵本には、「えこ」という女の子が世界に羽ばたいていく物語が描かれています。
 ──世界中を旅して、美味しいものを食べて。私の夢が叶いますように!
そう綴られた通り、石岡瑛子は亡くなる前年のインタビューにて「仕事をしているというよりは、ずっと長い創造の旅を続けている感覚ね」と答えています。

▲石岡瑛子 1983年/ポートレート 撮影:ロバート・メイプルソープ  石岡瑛子のポートレート。フォトグラファーは、モデルの内面を表現することに長けたロバート・メイプルソープ。その才能は石岡瑛子と共通する。

 決して妥協せず、二番煎じを厭い、常に「マイノリティから大衆に向けてメッセージを発信する」ことに挑戦し続けた石岡瑛子。パワフルな彼女の軌跡を辿ってみると、夢は見るものではなく実現させるものなのだと実感します。

 なんとなくはっきりした道が見えない人、茫洋と生きてしまうことに歯がゆさを感じつつも暗中模索な状態から抜け出せない人、本展を通じることで目の前の霧が晴れるかもしれません。また、今はすっきりと晴れなくてもあと一歩で道が見えてくる──石岡瑛子展はそんなふうに、私たちの生命力に呼びかける力を持っていました。

石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか
会場:東京都現代美術館(企画展示室1F、B1F)
会期:2020年11月14日(土)~2021年2月14日(日)
休館日:月曜日(11月23日、2021年1月11日は開館)、11月24日、12月28日~2021年1月1日、1月12日
時間:10:00~18:00(展示室入場は閉館の30分前まで)
料金:一般1,800円/大学生・専門学校生・65歳以上1,300円/中高生700円/小学生以下無料
▶展覧会特設ページ


▮図録について
 様々な理由があって展覧会に訪れることが難しい方もいらっしゃると思います。本展の図録は通信販売でも購入することができます。胸を打たれる会場の解説の収載はもちろん、なんとクリエイティブディレクションに石岡瑛子氏の妹・石岡怜子氏を起用した豪華な内容となっています。
 行きたいけれど行くことができない……という方は、ぜひ通販を利用してみてください。
▶NADIFF
※図録は2021年1月中刊行予定のため、予約販売になります。