あなたはもう埼玉の魅力から逃れられない。埼玉「裏町メシ屋」街道旅
こんにちは。
ライター・放送作家の吉村智樹です。
おススメの新刊を紹介する、この連載。
第26冊目は「埼玉『裏町メシ屋』街道旅」です。
■誰しも埼玉なしでは生きていけない
担当者に教えてもらうまで知りませんでした。毎年11月14日は「埼玉県民の日」なのだそうです。
というわけで今回は埼玉県の魅力に深く迫る話題の新刊グルメ本「埼玉『裏町メシ屋』街道旅」(刈部山本著/光文社知恵の森文庫)を紹介します。
あなたは1日に何時間、埼玉県について考えていますか?
「埼玉県について……ですか? す、すみません。1秒も考えていませんでした!」
いやいや、もう一度、よーく振り返ってみてください。あなたが日々、眼にしたり耳にしたりしていることがらの多くは、実は埼玉県と密につながっています。
たとえば「さいたまスーパーアリーナ」。いまやライブステージとしての威光は東京の武道館をしのいでいます。
そして「となりのトトロ」。埼玉の所沢は宮崎駿監督の自宅があり、所沢の雑木林は宮崎監督がトトロの構想を練った場所として知られています。その縁があって11月4日(水)に所沢駅前にトトロとネコバスのブロンズ像が設置され除幕式が開かれました。11月3日(火祝)からは映画で使われた曲が発車メロディーとして使われているのです。
お笑いファンならば、名だたるコンテストのファイナリスト「すゑひろがりず」「GAG」が大宮ラクーンよしもと劇場からブレイクしたこともご存知でしょう。そういえば「しまむら」「サイゼリヤ」も本社は埼玉。このように埼玉は、あなたの暮らしにしっかり根づいています。
ワタクシごとで恐縮ですが、僕は現在、収入の多くを出版社「双葉社」に依存しています。双葉社といえばクレヨンしんちゃん。クレヨンしんちゃんといえば春日部。つまり双葉社を支えているのは春日部であり、そんな双葉社の仕事をするオラは京都市民でありながら埼玉県に食べさせてもらっていると言って大げさではないのです。埼玉様、いつもお世話になっております!
■埼玉が「ダサい」時代が終わった
そんな埼玉には仕事で何度も訪れた経験があり、個人的には本気で好感しかありません。大宮の街の雑多なムードは一瞬で肌に合いました。浦和や所沢の開放的な雰囲気もよかったな。よく埼玉出身のタレントさんが言う埼玉あるあるのひとつ「うまい、うますぎる」のCMでおなじみ銘菓「十万石まんじゅう」や山田うどんの「パンチ定食」、揚げていない「フライ」を初めて見たとき、「これかー!」と、まるでスターに会えたような気がしたものです。
かつて「ナウい」という言葉が流行した時代がありました。対して、盛んに「ダサい」と呼ばれていた埼玉。そもそも「ダサい」の語源は「駄埼玉」だという説を聴いたことがあります(それが真説であるかは知りません)。完全に関東から生活圏がかけ離れていた僕には当時、埼玉がダサいかどうかなんて知る由もないはず。それなのに白状すると埼玉=ダサいと鵜呑みにしてしていました。ヤバい、ヤバすぎる。タイムマシンがあったら往時の自分を「お前ダサいねん」と叱り飛ばしたい。
「翔んで埼玉」がなぜ30年以上のときを経て大ヒットしたのか。それは「かつて埼玉を嘲笑する視点があった」こと自体が、そういう概念がない若者には信じられず新鮮に映った部分もあったからではないかと思います。
■埼玉の街道を巡る「裏町メシ屋」探しの旅スタート!
さて、大衆食堂や街歩きに特化したライター刈部山本(かりべやまもと)さんが上梓した文庫本「埼玉『裏町メシ屋』街道旅」は、話題が多いわりに正体がよくわからない謎のエリア「埼玉」を実際に歩きながら、真の姿を見ていこうとする、とても知的で猛烈に面白い新刊でした。
本書は埼玉で生まれ育った刈部山本さんが、川口、西川口、蕨(わらび)、大宮、川越、行田(ぎょうだ)、熊谷、深谷、秩父などを通る街道を巡り、地元に根づいた飲食店を探して食べ歩きながら歴史や庶民生活をひもといてゆく構成。
なので出てくるフードがどれも暮らしに密着しています。観光客向けではないものばかり。正直、地味です。刈部山本さん自身も出版社から依頼されたとき「本当に埼玉でいいんですか!?」と耳を疑ったのだそう。
■埼玉県民には当たり前。でも他府県では知られていない食べ物がいっぱい
でもこの地味目な埼玉のソウルフードがもぉ、おいしそうで、おいしそうで。パチンコ店の駐車場にあるプレハブのうどん屋さん、鉄板が敷かれた駄菓子屋さん、オートレース場などワイルドな場所(総称:裏町メシ屋)へおもむき、豚の頭の焼鳥「カシラ」(埼玉の一部では豚の串焼を焼鳥という)、小麦粉を水で溶いて少量の野菜と焼く「ぼったら」、パンのようなものに辛みそを塗った「ばんばん焼き」、熊手市に出没する露店の「玄米パン」、カレーと名がついているのにカレー粉を使っていない「スタカレー」、刈部山本さんが一貫して支持し続けるアンチパラパラな町中華「しっとりチャーハン」などなどを食します。
食べ物自体が知らないものばかりなうえに「ポクポクの食感」「身がミチミチ」など味の表現のシズル感がリアルで、よだれでマスクが湿って仕方がありません。いやあ、読めば読むほど「埼玉は東京の隣の県」という感覚がなくなります。東京とは異なった個性がある、独自進化を遂げている“埼玉という星”なのだと。
もちろん単なるグルメリポートに留まらず、なぜこの食べ物がこの街に生まれたのかを実地検証しています。この行動力がすごい。特に埼玉に広がるラーメンチェーン店「ラーショ」こと「ラーメンショップ」を一軒ごとバスで巡っていく章は、魔界を旅しながら花嫁を探すRPGのごとき気迫を感じました。
■意外に食べたことがない「地元のローカルフード」
新刊「埼玉『裏町メシ屋』街道旅」を読み、強く気づかされる点がふたつありました。
ひとつは「知らなかった埼玉県の魅力」。紹介された一軒一軒をめぐって、自分も秩父ホルモンの「シャコシャコした歯ざわり」や「ガチムチ系」の田舎そばなどを追体験したくなります。その地方を理解するためには「食べる」行為はとても大事なのだと、文中にほとばしる豊かな擬音表現からそれが伝わってくるのです。
もうひとつは「人は自分が住んでいる都道府県について、実はよくわかっていない」という点。自分は京都に住んで10年になります。けれども行動範囲は、せいぜい市内をうろついた程度。以前に福知山を訪れたとき「ゴム焼きそば」という謎のローカルフードが当たり前にあって、京都に住んでいるのに知らなくって驚きましたもの。武蔵野うどんが埼玉の味であるように、ゴム焼きそばだって、これはこれで京料理じゃないかと。あなたが住んでいる県にも、まだ食べたことがない地元食があるのでは。
■東京が捨てた食文化が埼玉に残る
刈部山本さんは調査を続けるうちに、東京で誕生したり流行したりした食文化が街道を通じて近隣県へと広がり、東京で廃ってしまったあとも埼玉に残存しつつ独自の進化を遂げている、という考察をします。この説はとても面白く、うなりました。刈部山本さんには今後、千葉や神奈川、「都道府県魅力度ランキング」で最下位となったため県知事が抗議した栃木など北関東にも足を運んでいただき、さらに「食と街道の関係」を深掘りしてほしいです。
それとともに「なぜ裏町メシ屋メシをあんなに食べているのにスマートでいられるのか」についても、どこか媒体にお書き願いたい。裏町メシ屋を発見しては、行田の「フライ」や「しっとりチャーハン」をはじめ、ラーメン、うどん、オムライス、どんぶりに定食にコッペパンにと、炭水化物を御岳山のごとく壮大に摂取しておられる。米と小麦をたらふく食べているのに、お写真を拝見する限り、とてもシュっとした体型でいらっしゃる。
自分は食べたぶんだけ素直に体重に上乗せされる体質。大盛りライスを頼めば翌日は自分自身の体重も大盛りになる無駄に素直な構造なので、羨ましいこと山のごとし。食べても太らない秘訣は、もしかしたら埼玉食にその謎が隠されているのかもしれません。あるいは埼玉のロードサイドに豊富に残っているレトロなスーパー銭湯(刈部山本さん言うところの“スパ銭”)による発汗作用でしょうか。新たなダイエット法の鉱脈が、埼玉にはあるのかも。
埼玉「裏町メシ屋」街道旅
刈部山本/著
860円+税
光文社知恵の森文庫
町の生活に根ざした店で食事をすることで、単なる観光では味わえないその土地ならではの文化や空気を感じたい――
「東京『裏町メシ屋』探訪記著者による、埼玉のメシ屋を辿る旅。
旧街道沿いをメインに、歴史と文化、食が交差する。
歩いては食べ、食べては歩き、銭湯で休んで最後に一杯。
これまでなかった埼玉グルメ本。
https://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334787899
(吉村智樹)