アルコール依存症は決して他人事ではありません。話題騒然の『アル中ワンダーランド』!

2020/10/5 16:50吉村智樹吉村智樹




こんにちは。
ライター・放送作家の吉村智樹です。


おススメの新刊を紹介するこの連載、第21冊目は話題の文庫本『アル中ワンダーランド』です!


もしもあなたが「この頃、酒量が増えたかも」「ついつい、飲んじゃうんだよな~」と気にしはじめているのなら、あるいは酒癖がよくない知人がいらっしゃるのならば、ぜひ読んでほしい一冊なのです。





■アルコール依存症と診断された人気漫画家


TOKIOの元メンバー山口達也容疑者が酒気帯び運転で逮捕されたり、Twitterでアルコール依存症啓発漫画 「だらしない夫じゃなくて依存症でした」https://www.mhlw.go.jp/izonshou/izonsho_manga_v01.html )がバズったりするなど、「アルコール依存症」に対する報道や記事を目にする機会が増えました。


そんなさなか、絶妙なタイミングで発刊されたのが、文庫版『アル中ワンダーランド』(扶桑社文庫)。アルコール依存症を経験した人気漫画家のまんしゅうきつこさんまんきつに改名)が、断酒のための苦闘の日々を綴ったコミックエッセイです。


この『アル中ワンダーランド』は、5年前の2015年に単行本として発売されました。人気おもしろ漫画ブログ「オリモノわんだーらんど」のブロガーとして名を馳せ、漫画家として引く手あまたとなった、まんしゅうきつこさん。まさか、ブログを更新するプレッシャーなどからアルコール依存症に陥っていただなんて。その事実は多くの人を驚かせ、累計7万部を突破するベストセラーとなりました。


人を笑わせるブログネタが思いつかず、普通すぎる自分を壊して「バカになる」ためにアルコールに頼りはじめた彼女。それまできれい好きだったのに部屋の片づけができなくなったり、趣味は園芸だったのに庭を放置して雑草だらけにしてしまったり、生活習慣に変化が表れだしました。さらに頻繁に記憶をなくしたり、道端で倒れたまま眠り呆けていたりと、暮らしに支障をきたすようになってきたのです。そうして遂にお医者様から「アルコール依存症」と診断され――。





■アルコール依存症と診断されたとき「誤診だ」と疑った


「アルコール依存症か~。たいへんだなあ」と思いながら、昼下がりにプシュッと缶入りアルコール飲料のプルトップを開けたあなた、他人事ではありませんよ。『アル中ワンダーランド』の著者である漫画家の現:まんきつさんは病院で「アルコール依存症です」と診断されたとき、まず「誤診だ」と決めてかかったそうです。


なぜ「誤診」だと思ったのか。自分は飲酒で記憶があいまいになって人前でおっぱいを出すケースはある。けれども暴力をふるったり、普段からろれつが回らなくなったりはしない。つまり自分は、よくいる酔っ払いのひとりだと。生活が破綻する、いわゆる「アル中」ではないのだと。だから、お医者様が誤診をしていると感じたのです。


アル中……アルコール中毒の略。かつてはアルコール依存症をこう呼んだ。意志が弱い人やだらしのない人が陥るものという認識を持たれ誤解を招く恐れがあるため、現在は病状を指す言葉「アルコール依存症」が用いられている。本人が自嘲的に「アル中」という言葉で現状を説明する場合もある。


しかし、お医者様は、こうも続けます。「アルコール依存症は『否認』の病気です


自分はアル中なんかじゃない。単なる酒が好きな人だ。いつでも断酒できるんだ。心のなかで否認の言葉が湧きあがったら、その言葉こそが「アル中ワンダーランド」からの警報なのだそうです。





■文庫版はアルコール依存症との二度目の闘い


単行本が文庫化される際、加筆される場合がよくあります。親本である単行本のテーマが加筆によってさらに深められ、よりいっそう強力な本になって蘇っているケースも少なくはありません。だから文庫本は面白いし、見逃せないのです。


この『アル中ワンダーランド』もまさにそんな強度を増して帰ってきた一冊。5年前に発売された単行本『アル中ワンダーランド』を手に取った多くの人は「アルコール依存症を克服した記録」として読んだはずです。あとがきにも「もう飲むつもりはございません」と書かれています


けれども彼女は単行本の発売後、再びアルコール依存症と診断されました。再発したのです。いや、なおっていなかったのかもしれません。文庫版『アル中ワンダーランド』は、またまたワンダーランドに足を踏み入れてしまった彼女の闘争、第二章が綴られているのです。





■再度飲酒を始めたきっかけは「ネットの誹謗中傷」


彼女の断酒後の再飲酒は、見てはいけないと思いつつ、有象無象が集う巨大掲示板を覗いてしまったことから幕を開けました。当時、それまで積極的に顔出しをしていなかった彼女は、単行本発売のために尽力してくれた出版社の恩義に報いるため勇気を出してメディアへ露出をしていたのです。PRのために水着になる日もあったのだそう。


そうして、決して自分から望んだわけではない露出のあと、魔が差したように覗き見た巨大掲示板に並んでいたのは……「嘘松」「ステマ」「頭がデカい」「鶏ガラ」「チェンジ」などなど、誹謗中傷する汚い言葉の嵐でした。なかには、ここで言葉の意味を解説するのもはばかられる、おぞましい蔑称やスラングも多数あったのです。


汚れた言葉を浴びせられた彼女は現実を忘れるため、一度断酒ができた成功体験を心の支えに、少しだけワインを飲みます。それから彼女は……詳細は避けますが地獄の一夜を体験する事態に陥ります。その後、以前のように通院する日々となるのです。


ネット上の誹謗中傷や罵詈雑言が、人の生き方をこれほどにも狂わせてしまうのです。繊細なデスクワーク・クリエイターに耐えられるものではありません。文庫版『アル中ワンダーランド』にはアルコール依存症のみならず、もうひとつの現代の病巣が描かれている。ここも、この文庫版の大きなポイントです。





■ある意味で必読の巻末対談


この文庫版『アル中ワンダーランド』のさらに恐ろしい点は、「昔から大ファン」だという吉本ばななさんとの巻末対談の内容です。この対談がもう、す、すごい! ていうか真剣にヤバい! この対談部分だけでも、お金を払う価値が充分にあります



巻末対談はたいてい、その本のテーマを総括するページです。それなのに、まんきつさんは自著であるにもかかわらず、しかも一冊を締める重要なフィナーレ部分であるにのに「アル中」というテーマを離れ、尊敬しているはずの吉本ばななさんを相手に執拗に「霊」「オーラ」など心霊現象や精神世界の話をし続けるのです。霊が視える人の話、酒場で邪霊が自分に入ってくる話などを。ばなな氏はゲストでありながら気を遣って本題へ戻そう戻そうとするのです。けれども、まんきつさんはさらに「右手の中指と薬指からオレンジ色の光がぴゅーっと伸びている」などスピリチュアルな話題を続けようとします。


か、噛み合わない……。当書のピークと言える、戦慄をおぼえる部分です。
「まんきつさん、なおっていないのではないか?」。
……僕はそう思ってしまいました。「まんきつさん、ワンダーランドから帰ってきていないぞ」って。そして、アルコール依存症の恐ろしさを身を以って伝える、まさに名著だと感じたのです。


新型コロナウイルス禍以降、日本に住む人々の生活習慣は巣ごもり型へと変移していっています。「仕事がテレワーク化して、昼からお酒を飲むようになった」「Zoom飲み会で気がつけば6時間も連続飲酒をしていた」「妻と飲んでいると楽しくなって喧嘩がなくなるので、潤滑剤としてふたりとも飲むようになった」といった話をよく耳にするようになりました。


あなた、思い当たる節はありませんか? ワンダーランドへ一歩一歩、近づいていますよ。引き返すなら、いまです。



アル中ワンダーランド
まんきつ 著
扶桑社文庫
650円+税

人気漫画家のまんしゅうきつこ(現まんきつ)、お酒に逃げたら、こうなった。

ブログ「オリモノわんだーらんど」で一躍脚光を浴びた漫画家まんしゅうきつこ。
そのブログの存在は瞬く間に世に広まり、各所から漫画・イラストの仕事が殺到した。
しかし彼女はその陰でひとり、アルコール依存症にもがき苦しんでいた――。

アルコール依存症ゆえの大暴走の日々を綴ったノンフィクション漫画『アル中ワンダーランド』は発行部数7万部超のヒットを記録。

そんなまんしゅうきつこのデビュー作が、このたび5年ぶりに文庫化される。

通院してお酒をやめた著者が「その後」を描き下ろしたおまけ漫画や、著者が敬愛する作家とのスペシャル対談を追加収録。

お酒を好きな方もそうでない方も、おかしくも悲しい“アル中の世界”を覗いてみませんか?
https://twitter.com/yuyuwonderland



(吉村智樹)