手のひらに楽園を。牟田陽日が生み出す「美の器」
「個展初日に行列ができて、1人1点の抽選にも関わらず96点が即完売になった作家がいる」
作家の名は牟田陽日(むた・ようか)。
九谷焼の色絵磁器作家で、髪の毛ほどの細い線を使い、めくるめく極彩色の楽園を器の中に生み出していく。
友人が興奮気味にそう話してくれたのが昨年の夏のこと。それから月日が経ち、2020年の8月、一冊の本が出版されました。その名も『牟田陽日作品集 美の器』。
圧倒的な表紙に踊るのは一頭の鯨。ひとたびそれをめくると、その先には驚くべき世界が広がっていたのです。
■異色の九谷焼 色絵磁器作家・牟田陽日
牟田陽日さんは九谷焼の色絵磁器作家ですが、その経歴は初めから陶芸一本というわけではありませんでした。東京造形大学・絵画コースを経たあと、ロンドン大学ゴールドスミスカレッジファインアート科へ入学。そこで立体やインスタレーション、ビデオワークなど、ジャンルに捉われない制作をされました。
牟田さんが本格的に美術を学び始めたのは絵画という分野からでしたが、どちらかというと絵を完成させることよりも、触れ、観察し、考え、手作業に落とし込むことに喜びを感じていたと言います。
ロンドン大学在学中に友人からもらった九谷焼の急須がきっかけとなり、帰国後は石川県立九谷焼技術研修所で技術を学ばれ、その後作家としてデビューされました。
以来めきめきと頭角を現し、専門家が「時代を代表する陶芸家」を選出するパラミタ陶芸大賞展では大賞を獲得。冒頭にも記したように、現在では作品を手に入れるのが難しい作家のひとりとしても知られています。
当前のことですが、「完売作家」であり「入手困難な作品」だから「希少性の高さゆえに価値がある」わけではありません。「器」というものの中に世にも芳しい世界が閉じ込められており、その息づくさまを覗いたら最後、どうにかして自分の手元に置いておきたい、手に入れたいと思わせてしまう──そういった力が牟田さんの器に宿っているからこそ、人はそれを求めるのです。
■描くは筆と窯
牟田さんの作品に描かれた世界は、吉祥や霊獣など東洋の流れを汲むモチーフが多く登場しますが、完全なる東洋美術という括りではなく、色合いや文様にどことなく西洋を感じさせるものも制作されています。
作品集で語られている「影響を受けたアーティストや作品」に、若冲や北斎、蕭白に加えて、ボッティチェリやルドン、さらにはピーター・ドイグの名前が挙げられていることからも、伝統と基本を礎としながら、時に我々が九谷焼に抱いている既成概念を飛び越えるようなハイブリッドな要素を内包していることがわかります。
そういった要素を形作るのが「線」です。
「骨(こつ)描き」と呼ばれる輪郭線は、線の幅こそ細いものの、力強く、時に繊細に器の中に世界を構築していきます。いや、もう、これが本当に素晴らしい。どっしりした手びねりの器に、あるいは大胆に変形した器の中に、生命ごと閉じ込められているように見えるのです。
「線は絵の世界を支える骨であり脈なのだ」と考える牟田さんは、描きたいモチーフのイメージを一本一本の線に反映させていくからこそ、全体の印象と緊張が作り出されるのだと言います。
また、色が何層も重ねられているのも特徴的。
線も色も合わせて一回の窯で焚くのが昔の九谷焼のやり方ですが、牟田さんの作品は一層目に下地、二層目に線、三層目に色、四層目にさらに色……と、細かい層ごとに複数の焼き付けが施されています。
温度帯によって焼き付けの順序が決まっているため、間違えると色や線が飛んでしまうことも。曰く「磁器と釉薬と絵の具の強度を限界まで攻めることで、やっと思い描く美しい調和に辿り着く」という器たちは、まさに筆と窯によって描かれていると言っても過言ではありません。
■楽園を手元で愛でる
山水画を観ていると、時折絵の中に入るような錯覚に陥ることがありますが、牟田さんの器からも同じような感覚をおぼえます。手の中に収めた器を覗き込んだ瞬間、その世界に吸い込まれそうな──そんな気持ちにさせてくれるのです。
作品集を眺めているだけでそう思えるのですから、実物の放つ力はいかばかりか。ぜひ手に入れてみたいと思うものの、いきなり作品を購入するには金銭的なハードルが……ということもあるでしょう。そんな私のような方に嬉しいのがこちらのオンラインショップ。
牟田さんが考案した図案を、九谷焼の転写技術を用いてセラミックに焼き付けた日常の器が、お手頃価格の3,000円(税抜)から購入できます。
現在のラインアップは小皿とカップ。カップは蕎麦猪口にもなりそうですね。それぞれ合わせてカップとソーサーのセットにするのも良さそうです。
いいや、どうせなら一点ものが欲しい! 金ならある! という豪胆な方にも朗報です。9月9日(水)から15日(火)まで、東京の丸善日本橋店3階ギャラリーにて、出版記念の個展が開催されます。絵付の新作が40点前後出展されるとのことなので、今はまだ軍資金調達中の方も実物を拝みに行きましょう。
牟田さんの作品集を手にして、ぜひ「いまトピ」で紹介させてほしいと出版元の編集担当の方に問い合わせたところ、快諾していただくと同時に「超絶イチ推し作家です!」というコメントを頂戴しました。
九谷焼を「プリミティブで人間的」だとして愛する牟田さんは、理想はあれど、それそのものになろうとするのではなく、あくまでもできることを増やしていくだけだと言います。トライアンドエラーを繰り返し、時にエラーと遊びながら作品を追求するという姿勢は実直であり軽やか。そしてまさにプリミティブかつ人間的であるように思えます。
たゆたう美を掬い上げながら、線を引き、色を重ね、器の中に楽園を生み出す色絵磁器作家・牟田陽日──この先も長く注目したい作家です。
作家の名は牟田陽日(むた・ようか)。
九谷焼の色絵磁器作家で、髪の毛ほどの細い線を使い、めくるめく極彩色の楽園を器の中に生み出していく。
▲《鹿猪注連縄図》徳利/牟田陽日
友人が興奮気味にそう話してくれたのが昨年の夏のこと。それから月日が経ち、2020年の8月、一冊の本が出版されました。その名も『牟田陽日作品集 美の器』。
▲『牟田陽日作品集 美の器』芸術新聞社
圧倒的な表紙に踊るのは一頭の鯨。ひとたびそれをめくると、その先には驚くべき世界が広がっていたのです。
■異色の九谷焼 色絵磁器作家・牟田陽日
▲牟田陽日
牟田陽日さんは九谷焼の色絵磁器作家ですが、その経歴は初めから陶芸一本というわけではありませんでした。東京造形大学・絵画コースを経たあと、ロンドン大学ゴールドスミスカレッジファインアート科へ入学。そこで立体やインスタレーション、ビデオワークなど、ジャンルに捉われない制作をされました。
牟田さんが本格的に美術を学び始めたのは絵画という分野からでしたが、どちらかというと絵を完成させることよりも、触れ、観察し、考え、手作業に落とし込むことに喜びを感じていたと言います。
ロンドン大学在学中に友人からもらった九谷焼の急須がきっかけとなり、帰国後は石川県立九谷焼技術研修所で技術を学ばれ、その後作家としてデビューされました。
以来めきめきと頭角を現し、専門家が「時代を代表する陶芸家」を選出するパラミタ陶芸大賞展では大賞を獲得。冒頭にも記したように、現在では作品を手に入れるのが難しい作家のひとりとしても知られています。
▲《清渦龍神図》大皿/牟田陽日
当前のことですが、「完売作家」であり「入手困難な作品」だから「希少性の高さゆえに価値がある」わけではありません。「器」というものの中に世にも芳しい世界が閉じ込められており、その息づくさまを覗いたら最後、どうにかして自分の手元に置いておきたい、手に入れたいと思わせてしまう──そういった力が牟田さんの器に宿っているからこそ、人はそれを求めるのです。
■描くは筆と窯
牟田さんの作品に描かれた世界は、吉祥や霊獣など東洋の流れを汲むモチーフが多く登場しますが、完全なる東洋美術という括りではなく、色合いや文様にどことなく西洋を感じさせるものも制作されています。
▲《Quilin》大皿/牟田陽日 怡土鉄夫撮影
作品集で語られている「影響を受けたアーティストや作品」に、若冲や北斎、蕭白に加えて、ボッティチェリやルドン、さらにはピーター・ドイグの名前が挙げられていることからも、伝統と基本を礎としながら、時に我々が九谷焼に抱いている既成概念を飛び越えるようなハイブリッドな要素を内包していることがわかります。
そういった要素を形作るのが「線」です。
「骨(こつ)描き」と呼ばれる輪郭線は、線の幅こそ細いものの、力強く、時に繊細に器の中に世界を構築していきます。いや、もう、これが本当に素晴らしい。どっしりした手びねりの器に、あるいは大胆に変形した器の中に、生命ごと閉じ込められているように見えるのです。
▲《えびすわんびらき》/牟田陽日 覗き込んでみたい器ナンバーワン。この鳴門の渦のような、または北斎を彷彿とさせるような波の動き。足を滑らせたら大変だと思ってしまうほど迫力のある世界が器の中に広がります。
「線は絵の世界を支える骨であり脈なのだ」と考える牟田さんは、描きたいモチーフのイメージを一本一本の線に反映させていくからこそ、全体の印象と緊張が作り出されるのだと言います。
また、色が何層も重ねられているのも特徴的。
線も色も合わせて一回の窯で焚くのが昔の九谷焼のやり方ですが、牟田さんの作品は一層目に下地、二層目に線、三層目に色、四層目にさらに色……と、細かい層ごとに複数の焼き付けが施されています。
▲《蓬莱山》花卉/牟田陽日
温度帯によって焼き付けの順序が決まっているため、間違えると色や線が飛んでしまうことも。曰く「磁器と釉薬と絵の具の強度を限界まで攻めることで、やっと思い描く美しい調和に辿り着く」という器たちは、まさに筆と窯によって描かれていると言っても過言ではありません。
■楽園を手元で愛でる
山水画を観ていると、時折絵の中に入るような錯覚に陥ることがありますが、牟田さんの器からも同じような感覚をおぼえます。手の中に収めた器を覗き込んだ瞬間、その世界に吸い込まれそうな──そんな気持ちにさせてくれるのです。
▲《山水酔景図 松》 器の形状を使って近景と遠景といった立体的な景色を楽しむことができます。まさか対岸に月が昇る器があるなんて。
作品集を眺めているだけでそう思えるのですから、実物の放つ力はいかばかりか。ぜひ手に入れてみたいと思うものの、いきなり作品を購入するには金銭的なハードルが……ということもあるでしょう。そんな私のような方に嬉しいのがこちらのオンラインショップ。
牟田さんが考案した図案を、九谷焼の転写技術を用いてセラミックに焼き付けた日常の器が、お手頃価格の3,000円(税抜)から購入できます。
現在のラインアップは小皿とカップ。カップは蕎麦猪口にもなりそうですね。それぞれ合わせてカップとソーサーのセットにするのも良さそうです。
▲牟田陽日さんの作品を購入することができるオンラインショップ「irobiyori」
いいや、どうせなら一点ものが欲しい! 金ならある! という豪胆な方にも朗報です。9月9日(水)から15日(火)まで、東京の丸善日本橋店3階ギャラリーにて、出版記念の個展が開催されます。絵付の新作が40点前後出展されるとのことなので、今はまだ軍資金調達中の方も実物を拝みに行きましょう。
牟田陽日作品集「美の器」 出版記念展
牟田さんの作品集を手にして、ぜひ「いまトピ」で紹介させてほしいと出版元の編集担当の方に問い合わせたところ、快諾していただくと同時に「超絶イチ推し作家です!」というコメントを頂戴しました。
九谷焼を「プリミティブで人間的」だとして愛する牟田さんは、理想はあれど、それそのものになろうとするのではなく、あくまでもできることを増やしていくだけだと言います。トライアンドエラーを繰り返し、時にエラーと遊びながら作品を追求するという姿勢は実直であり軽やか。そしてまさにプリミティブかつ人間的であるように思えます。
たゆたう美を掬い上げながら、線を引き、色を重ね、器の中に楽園を生み出す色絵磁器作家・牟田陽日──この先も長く注目したい作家です。
▲《a pollow》/牟田陽日