「いっそ死にたい」執行猶予明けの清原和博が、地獄のような日々を振り返る『薬物依存症』
こんにちは。
ライター・放送作家の吉村智樹です。
「新型コロナウイルスは暑さや湿気に弱い説」はどこへやら、梅雨に入り新規感染者が増大。首都圏では「休業要請が始まるのでは」と懸念が広がっています。
首都圏のみならず、日本中が第二波襲来に脅威をおぼえている状態。7月22日から「Go To キャンペーン」がスタートしますが「心から旅を楽しめる心境にはなかなかなれない」のが誰しもの本音では。
こんな時期だからこそ、お家でゆっくり自分と向き合える「おススメの新刊」を紹介します。
第11冊目となるスイセン図書は、衝撃の逮捕から4年。6月15日に執行猶予満了を迎えた清原和博さんの新刊、逃げも隠れもしない書名の『薬物依存症』です。
■覚せい剤使用で逮捕された、あの男
ときどき思うのです。「もしもコーヒーが脱法ドラッグに指定されたら」と。
きっと僕は飲用をやめられません。高額な闇コーヒーに手を出していたでしょう。そして警察に踏み込まれ、ヤバい豆やフィルターが押収され、逮捕収監されていただろうと。決して大げさではありません。ヒロポンは昭和25年まで合法でした。眠気覚ましとして日常的に使われていたのです。2000年代に入ってから使用・所持が違法化されたハーブも少なくはありません。
幼い頃からコーヒーが大好き。少なくとも1日10杯、多い日で20杯は飲んでいます。コーヒーを飲まなければ眠れないくらいに。それほど長きに亘りコーヒーを愛し、ズバリ「依存」しています。そんな身体の一部と化したコーヒーがもしも禁止されたら……法をおかさない自信がありません。
ほぼ同い年の清原和博さん。功績が違いすぎ、自分とは比較はできません。けれどもこと依存に関してだけならば、清原さんが違法な覚せい剤で、僕はたまたま合法だったコーヒー。その違いでしかない。同じ離婚経験者で共感する点も多々あり、清原さんを責める気にはあまりなれないのが正直なところです。
■6月15日、清原和博の執行猶予が明けた。しかし……
かつて「球界の番長」と呼ばれた清原和博さんの最新刊『薬物依存症』(文藝春秋)。これは逮捕の原因となった覚せい剤に清原さんが真正面から向き合った著書。発売日は執行猶予が明けた6月15日。訊き手は前著『清原和博 告白』と同じく、スポーツ誌『Number』の元編集者、鈴木忠平さん。
テーマは書名の通り野球ではなく「ドラッグ」。清原さんにとっても鈴木さんにとっても全編を貫いて薬物依存症を克服すべく立ち向かう姿を語ったり聴き書きしたりするのは初めてでしょう。インタビュイー、インタビュアー、ともに覚悟を感じる一冊となっています。
この『薬物依存症』は、清原さんが覚せい剤取締法違反で現行犯逮捕された2016年2月2日から、この本の出版を決意するまでの期間が描かれています。カーテンを閉めきって自室に閉じこもり続けた前半2年間、自助グループへの参加、新型コロナウイルスの影響で親戚を集められなかった最愛の母の一周忌(つい最近!)など、知られざるこの4年間が赤裸々に語られているのです。
ひとりの人間の心の闇と光を描いた本です。なので現役時代のエピソードを多く読みたかった方にとっては、期待とは異なる内容かもしれません。ただし、かつてピアスや態度を批判した故・野村克也氏に理解を示すなど、野球史的にも重要な証言がたくさんあります。
■かつてのヒーローは、驚くほどの寂しがりやだった
ページをめくるたびに清原さんの苦しみや淋しさが指から伝わってきます。そのたびに喉がからからになるのです。決して昔の自分を回顧した内容ではなく「現在進行形」で、ここまで苦しみ続けているのだなんて!
まず現行犯逮捕されたときに薬物を使った理由は、別れた妻の側にいる息子の少年野球の試合を観に行ったら「いなかった」、その寂しさからなのだそう。それが理由だなんて……なんというメンタルの絹こし豆腐さ。
そして、
オーバードーズに陥り、意識不明となり、頭に電流を通して回復した。
入院中に院内で暴れる。
使用した覚せい剤の量が致死量を超えるほどで、現在も禁断症状がおさまらず、治療が続いている。
薬物依存症に伴う「大うつ」も併発している。
さびしさを紛らわせるためアルコールを多量に飲むようになり、こちらも依存状態である。
睡眠薬を何錠も飲まないと眠れない。
眠れば、観るのは悪夢ばかり。
割腹自殺をするため、刀職人から短刀を購入しようとした。
などなど「どれもこれも今の話なのか!」と驚き、読んでいて胸の痛みをおぼえます。
■心のバランスをとりながら生きるのは難しい
清原さんはサヨナラ本塁打の日本記録所持など、明るい世界のヒーロー。でありながら日焼けサロンでギャルおやじ化したり、胸や背中、脚に龍の刺青を入れたりするダークヒーローでもあります。その両面性が魅力なのです。そして清原さんはその両面の均衡がとれなくなり、分断してゆく人格をクスリで接合しようとしたのでは、と感じます。
そういえば現役時代「上半身を鍛えるあまり大きくなりすぎ、下半身がそれを支えられなくなっている」という指摘をよく受けていました。バランスをとる生き方が苦手な人なのでしょう。覚せい剤にこそ手を出さないにしろ、記憶がなくなるまでお酒を飲んでしまうタイプの人なら、理解できる部分もあるのでは。心を整えるために、身体をいじめてしまう。心身の安定感を保ちながら生きるのは、本当に難しいです。
■残酷なまでに「衰え」と向き合わなければならなかった
清原さんが再起しようと決意したのが2018年。
自分がもっとも輝いていた「甲子園」、これの100回大会の決勝戦を観るのだと誓った日から始まります。
「甲子園で決勝戦を見るだけなのに、なにがそんなにたいへんなの?」と思うかもしれません。
しかし身体の筋肉が落ちきり、うつと不眠に悩まされる清原さんには、甲子園へ向かうためだけでもリハビリテーションが必要だったのです。
甲子園へたどり着くために筋肉を鍛えるうち、自分の身体が、かつての自分のものではないと気がつく清原さん。
そこから「敗け」を認めねばならない機会が続きます。
息子に腕相撲で敗ける。
息子とのキャッチボールで完全に形勢が逆転する。
かつて球界のスターだった自分との乖離を思い知らされ続けるエピソードの数々に、落涙を禁じえませんでした。
『薬物依存症』を読んで強く感じたのは「たとえ球界を去っても、人生のホームランをもう一度」と、清原さんに再び「お祭り男」キャラを期待するのは「酷だ」ということ。極端に視力が落ち、目が見えにくくなっているという清原さんに、ファンが自分の夢を重ね、だんじりに乗せようとするのはまだ早い。むしろ「番長の座から退く」「負ける」「堕ちる」を受け容れたときの人間の強さをこそ、僕たちは学ぶべきだと思いました。
現役時代、球界史上歴代最多「196」もの死球を身体に刺しこまれた清原さん。しかし、これからは人の力を借りなければ生きていけいない現実を飲みこむことが、もっとも痛いデッドボールだったでしょう。清原さんは、それを受けとめたのです。なんと尊いのでしょうか。
再起とは、再び勝者になることではなく、カッコ悪くても再び生きることなのだと、この本は教えてくれます。
薬物依存症
清原和博 著
1,500円+税
文藝春秋
覚醒剤取締法違反による衝撃の逮捕から4年。
執行猶予が6月15日(発売日)に明けるの機に、罪をつぐなった清原氏が、薬物依存の怖さ、うつ病との戦い、そして、家族の支えについて語る。
――清原氏が本書で語った胸中――
「10年も薬物をやめていた人が再犯で逮捕を聞くと怖くなる」
「(薬物を)最後の1回だけ、と考えている自分がいるんです」
「執行猶予が明けたからといって、僕が立派な人間になれるわけじゃない。それを期待されているんだとすると、辛いです。一生、執行猶予が明けなければいいとさえ、思ってしまいます」
「この4年間、うつ病にも罹り、本当にキツかった。
マンションのバルコニーから下を見て、死にたいと思ったことは、一度や二度ではありません」
「息子たちと再会して顔を見るなり涙があふれて『ごめんな』とただ泣いていました。長男は『大丈夫だよ』と笑ってくれて、涙が止まりませんでした」
「元妻の亜希は、息子たちに僕の悪口を言わなかったらしい。どう感謝したらいいのか……」
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163912288
(吉村智樹)
*画像はすべてこちらで撮り下ろしています。